８

ご本人はそれを美だと思い気にいっている、ということなのでしょうか、あるいは、それ以外に化粧法を知らないということなのでしょうか・・・。

ツタンカーメンのように、顔は厚めのドーラン塗り、目の周りを濃いラインで塗り、眉毛までくっきりと手書きしています。

その下の眉毛が、もともとないのか、何かの理由で消失してしまったのかは、まったく謎でした。

「ホラ、たべなさいよ」

迫る萩野さんを正面に見て、熱田くんは緊張したかのように無言でした。

萩野さんは決して悪い人ではありません。

仕事ぶりについて言わせてもらえば、仕事には熱心なのですが、能力ひくく、もう相当の年齢だから、やたらミスが多いという、それだけの話なのです。

課長は毎日萩野さんのミス始末をするわけなのですが、立腹したことはありません。悪い人ではないのです。

しかし、その独特の風貌と化粧のせいで、彼女に闇夜に急に出くわしたら悲鳴をあげるかもしれませんし、正面から、あんなふうに食事を強要されたら、かなり恐いかもしれません、いや、恐いだろう！

「････」

熱田くんは、へなへなした笑顔をつくり、萩野さんのすすめるそのマトンを食べました。

「もう、飲まないのか？ほら飲みなさい。シュワっち！」

天野調査役はスペシウム・ビール（再度説明：昭和時代に流行ったビール）をすすめます。熱田君は顔を歪めて笑い、その液体を胃に流し込みます。

「そんな、無理にすすめるんじゃありません。何やってんの天野さん。天野さん、ホラ、しつこかぞ、おっさん！やめんか！」

天野調査役を叱責するのは、アカネ職員です。恐怖の手抜き職員です。

三十歳代半ばで、博多女とだけはわかっていますがが、それ以上のことは、課長は知りません。知りたくもありません。

この方は恐ろしく口が達者で、課長はとても太刀打ちできませせん。それどころか職場のみんなが太刀打ちできません。

社内にしたたかな人脈をつくり、自分は無能かつ手抜き女なのです。人に仕事をやらせ、事故は人のせいにしてしまうのです。

うっかり手向かえば、そのシンジケートによって抹殺されてしまうのです。

その容姿は、いわゆる「ケバい」「エロい」「男好き」の容姿で、前出のセクハラ支店長によくちょっかい出され、巧みに応じており、何のことはない、支店長も、彼女のシンジケートに取り込まれていたのです。

「わかりましたよ、ええ、すみませんでしたあ」

天野調査役は思い切り悪びれて返事し、ビールを自分で飲みました。アカネ嬢は熱田くんを派閥内にろう絡しようと、大きな目の睫を、パチパチまたたかせながら、やさしく話しかけるのです。

「つらいことがあったら、何でも相談してね。あたし、力になるわよん」

こういう迫り方もひとつの心理的恐怖を生み、驚異驚愕を与え、目が見開いてしまいます。熱田君はまた緊張してしまい、目を見開いたまま、豆腐を口に運ぶのです。

「またお豆腐？ううん、いいのよ熱田くん、いいのよ、お豆腐で。それで、あの女課長、どうなの？いい人なんでしょう？だから、お仕事もたくさんさせてくれるんでしょう？」

アカネ職員は上目づかいに熱田くんを見つめ、あの朝倉女課長が悪いのね、お姉さん、わかってるわよん、安心おし、と、表情で語りかけました。

・・・・つづく

大手町のゴースト2024 8 ホラ、食べなさい、ほら、飲みなさい