新庄知慧のブログ

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私のいろんな作文です。原則として3~4日に一度投稿します。作文のほか、演劇やキリスト教の記事を載せます。みなさまよろしくお願いします。

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「か、かなしい」

 

トミオは、ぼそりといった。

 

「どうしました、大丈夫?」

 

私が尋ねても、トミオは無表情のまま、悲しい、悲しい、と繰り返した。

 

私はいやな予感がした。

 

「ひょっとして、ヒロエさんが。ヒロエさんの身に、何か起こりましたか」

 

「死んだ」

 

「え!?」

 

私はトミオの目の前に進み、手をつかんだ。

 

「ヒロエさんが、死んだんですか?」

 

そうきいても、トミオは呆然としているだけだった。

 

そして、しばらくして、ぽつりと、いった。

 

「葬式だ」

 

くるりと後ろを向き、てくてくと歩きだした。歩きながら、手を顔にあてて、うなり声をあげ、そして嗚咽した。

 

トミオは、大変なショックを受けているようだった。私は無言で富雄の後についていった。

 

・・・ヒロエが死んだというのか。だとしたら、すぐにミミクソに知らせる必要があるが。

 

正確なところをトミオに確認したいが、この様子では何をきいても、まともな返事はかえってこないと思われた。

 

私は仕方なく辛抱し、トミオの後を無言で歩き続けた。

 

トミオはその町内の、両側に長屋の立ち並ぶ狭い通りを、てくてくと歩いた。

 

ハーモニカ長屋というのが昔の日本映画に登場したことがあったと思うが、そんな日本映画を思い出させる、終戦直後か高度成長期の初期にあったような町並みが続いた。

 

振り向くと、マリンタワーが遠くに見えるのだが、その町内から見ると、マリンタワーというよりも通天閣という感じだった。

 

二十分近くトミオと歩き続けた。

 

長屋の家並みの終わりに近いところで、道を右に曲がり、さらに狭い通りを歩いた突き当たりに、急な傾斜地を切り開き整地して建てた家があった。

 

大昔に流行ったプレハブ住宅だった。

 

何の装飾もない、住むということに必要な最小限の造作だけの家だった。その家で葬式が行われていた。

 

粗末ながらも花輪がいくつか飾られ、狭い路地や、その住宅へ上る石段やらに、喪服姿の弔問客たちの、焼香の順番を待つ列が続いていた。

 

「葬式は、ヒロエさんのじゃないですね・・・」

 

私がいうと、トミオはうなずいた。そして、悲しい、悲しい、といい、また涙を流した。

 

・・・いったい誰の葬式なのか。

 

尋ねようと思っても、トミオにはとりつく島もなかった。

 

弔問客たちは、この町内の人たちらしく、質素な・・というより、貧しい感じの人が多かった。

 

しかし上場企業の重役然とした感じの人もちらほら見え、貧しい長屋奥の葬儀にきわめて不釣合いだった。

 

ひときわ背の高い、外国人の姿も見えた。

 

アメリカ人?きれいな白髪の老人で、ビング・クロスビーに似た端正な顔だちに、銀縁の眼鏡をかけていた。

 

そのすぐ前を、このご町内の人らしい、背の曲がった、みすぼらしい喪服姿の老婆がよたよた歩いているのが、きわめて不釣合いで奇妙だった。

 

 

・・・つづく