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「そうですか、まあ、こちらへどうぞ」
灰色ブレザーは勝手に合点して私の腕を横から軽くたたき、部屋の奥へ行くよう促した。
デスクの並ぶ列から少し離れたところに、書類の山に囲まれて、小さな応接コーナーがあった。
私をその応接席に座らせると、ブレザーは自分のデスクに行き、ノートとペンを手にして再び応接席に戻ってきた。
横にある給茶機で紙コップに緑茶をいれた。その茶を私の前に置きながら、
「社会部の曽根と申します。本日は、わざわざ、ご足労いただきまして」
灰色ブレザーのポケットから名刺を取り出した。一瞬、それが手品に見えた。
「玖村と申します。本日は、沢口ヒロエさんの件でお邪魔したといえば、そういうことにもなりますか」
「え」
私から差し出された名刺を見て、ブレザー曽根は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった。
勘違いだった、しまった、という顔。
私は構わずにまくしたててみた。
「ヒロエさんのこと、息子さんに頼まれましてね、ずっと捜索しております。もう数週間も前から、行方不明なんですよ」
「・・・そうですか」
曽根は、私の話に少し興味を示した。
「それで、ヒロエさんが行方不明になったきっかけに、お宅の米川記者が関係しているらしいんです。
それで、電話で何度も、米川記者に面会を申し込んだんですが、ずっとお休みされているとうかがいまして。
それで、米川さんの周囲の方からでも、何か手がかりが得られないかと思い、伺った次第です」
「うちの米川が・・・」
曽根は、訝るような顔をした。何か思い当たる節がありそうな顔に見えた。私は続けて、
「三十年前のある事件に関する資料の提出をヒロエさんに頼んでいたようです。それがきっかけで、ヒロエさんは行方不明になったらしい」
「あ。はあ。いや・・・」
どうも、人違いでした。あなたは、私どもの待っていた方とは違います。と、曽根の顔には書いてあった。
しかし、曽根はそれをいうタイミングを失ってしまった。私は曽根のセリフを飲み込んでしゃべり、会話をリードした。
「ええ、わかります。どなたか知らないが、あなたたちが待っていた方とは、私は違うようですね。
しかし、沢口ヒロエという点に、共通項があるようですよ。おたがいに、情報の交換をして、メリットがありそうですよ」
曽根は言葉を押し込まれて、それを返せない感じだった。いかにもブレザー・スーツに着られた、かけだし記者、かけだし社会人の感じだった。
私はさらに、
「で、沢口ヒロエさんに、何かあったんですか」
「え・・・」
ブレザー・スーツ曽根は、虚をつかれた顔をした。
・・・・つづく
