「犀川芽衣さんにも、同じものを振る舞ったのですね」
柚原が言った。
三人の視線が一気に柚原に集まった。
柚原はたじろぐ様子もなく、左手にカップを持ったまま五月を真っ直ぐ見つめている。
ぼくは横目で五月の様子をうかがう。
五月もまた表情を変えずに柚原を見つめている。
ぼくたちはまるで時が止まったように固まっていて、雨が窓を打つ音が静かに耳に流れ込んでくる。
「君たちは犀川さんのお友達?」
五月が微笑んで答えた。
「五月さんは、芽衣を知っているんですか?」
「君たち、一体どういうことかな?状況が全くわからないよ」
葛城が口を開きかけ、柚原はそれを静止した。五月は視線を葛城から柚原に移した。
「犀川さんは今病院にいます」
「病院?」
「ご存じないですか?」
「そうだね」
「心当たりはありませんか?」
「さあね」
「数か月前からこの地域では女性を狙ったと思われる通り魔事件が発生していました。
犀川さんはその三番目の被害者です。
出血多量で病院に運び込まれて、今まだ意識不明の重体です」
「詳しい説明をありがとう。
ええっと、君、名前は?」
「柚原千昭です」
「柚原くんね。
うん。
それで柚原くん?」
「はい」
「君たちはどうしてぼくのことを知ったんだい?」
「気になりますか?」
「そりゃあねえ。
いきなり訪ねて来られて知り合いのことを理由もなく根掘り葉掘り訊かれるのはねえ」
「理由もなく?
それは間違っています」
「と、言うと?」
「犀川芽衣を刺したのは、あなたです」
五月はソファに深く腰掛けてすうっと息を吐いた。
柚原は指を組んで前のめりに語りかける。
ぼくと葛城は二人の様子をただ観ているだけ。
「もっと正確に言うと、あなたが通り魔事件の被害者三人を刺した犯人です」
「言いがかりにも程があるよ、柚原くん」
「被害者は皆、背中の左側に傷がありました。
ちなみにこの情報、オフレコですよ。
今の警察はとても優秀です。
その刺し傷から、どの角度からどちらの腕で指されたのか、簡単に割り出せる。
どうやら左利きと思われる、かなり高身長の人によって刺されたようですよ」
「ちょっと待ってくれ。
もし本当にそうだったとしたら、ぼくには犯行は無理だよ」
五月は自身の右手で左腕をさすって言った。
「ほら、この通り。
ぼくの左腕は事故で不自由になんだ」
柚原は首を振って言葉を返す。
「関係ありませんよ。
犯人はあなただ」
「ふざけるな」
「ふざけていません。
五月さん、方向は右と左だけじゃあない。
上も下もある。
前と後ろもね」