真夏の快晴におよそふさわしくない光景を見た。
少年が一人、道の向こう側を歩いていた。
黄色の長靴、黄色の雨合羽、黄色の傘。
傘を傾けて空を眺める少年は小学生低学年くらいだろうか。
自転車であっという間に通り過ぎたが、振り返り、少年の後ろ姿を見た。
先を行く葛城は気が付かなかったのか、何も言わない。
ぼくの後ろの柚原も何事もなかったように自転車を漕ぎ続けている。
少年の姿は遠く小さくなっていたが、鮮やかな黄色の衣装は少年の存在を示していた。
ぼくたちはプールを出て公園に向かっていた。
葛城によると学校近くの小さな公園だという。
高台にあって眺めがとてもいいらしい。
もちろん向かう目的は景色を眺めることではない。
犀川芽衣の一件である。
すっかりと乾いてしまったぼくの右足を懸命によじ登ろうとするアリがいる。
何の漫画だったか、草むしりに飽きて庭のアリを眺める主人公が、アリさんは偉いなあ、文句も言わずに働いて、とつぶやくシーンを思い出した。
アリさんにも種類がたくさんある。
今ぼくにまとわりついているアリさんはクロヤマアリだ。
実はこのクロヤマアリ、サムライアリに奴隷として支配される働きアリだ。
サムライアリの、いわゆる「奴隷狩り」は、蒸し暑い夏の午後に行われる。
そう、丁度今日のような。
アリさんには申し訳ないが、ぼくはアリさんを右足から払い落とすと、葛城の「犯人の住んでるところはわかる」という発言に問い返す。
「どういうことさ?」
「事件が起きるちょっと前から、芽衣の様子、少し変だったの。
朝、学校に行くときに時々芽衣と一緒になることがあったんだけど、事件のちょっと前くらいから寄り道するようになったみたい。
学校の近くの高台に小さな公園があるんだけど、その公園で景色を見下ろしてた。
ほとんど畑と木しか見えないんだけど、ちらほら建物もあって、その中に景色に不釣り合いなほどお洒落な家があるの」
「それを犀川は眺めていたと?」
「絶対、そう」
絶対、ときたか、とぼくは思った。
「でも、何かあると思う。
ほら、よく言うでしょ。
いつもと違うことが重要だって。
推理小説とかでさ」
「結局、どうしたいと?」
「その家に行ってみる。
――シュウくん、何よ、その嫌そうな顔」
ぼくは目を瞑って眉間にしわを寄せていた。
葛城がやると言い出したら止めることはできないと分っている。
ぼくは半分以上諦めて話を進める。
「住人に会って話を聞くのか?」
「そう」
「もしその住人が犀川と関係があって、もし犯人だとして――、それをどうやって判断するんだ?」
「犯人は左利きよ」
ぼくは目を開くと葛城の顔を見た。
これは新情報だった。
「刑事さんに聞いたの。
もちろんオフレコよ。
三人の被害者は背中を刺されているの。
その刺し傷が左側だって」
「いや、でも、それだけじゃなあ」
「潮見くん」
今まで黙っていた柚原が口を開き、行ってみようよと言った。
葛城の表情がぱっと明るくなったのが独特の雰囲気で良く判った。
「左利きの割合は十人に一人、世界人口の八~十二パーセント。
右利きの犯人を捜し出すよりも、ずっと可能性は高いと思うよ。
ね、葛城さん」
こうして、柚原千昭の鶴の一声で、この一件に乗り出すことが正式決定した。