「本当に大丈夫?」
葛城がぼくの身体を隔てて柚原に問いかけた。
こういうのは苦手だ。
自分の立ち位置が不透明になるからだ。
「今日は柄にもなく張り切り過ぎたよ」
「確かに。
わたしもね、そう思った」
葛城は冗談っぽく頬を緩めて言った。
「泳ぐなんて本当に久しぶりだったんだ」
もちろんぼくたちの通う高校にもプールはあり、体育の授業でも水泳の時間はある。
しかし、今年は一年生の体育のカリキュラムに水泳は含まれていなかった。
「一年振り、なんて言わないでよ」
柚原は首を振り「もっとかな」と首を傾げ言った。
その様子を見て、葛城はその件に関してそれ以上訊ねようとはしなかった。
「プールに誘った理由、言ってなかったでしょ」
何に気まずさを感じてか、葛城は背筋を伸ばしながら言った。
いつの間にかトレードマークの赤茶色の縁メガネをかけていて、ガラスの向こうの瞳は真剣みを帯びていた。
「夏休み前に約束したから」
葛城が発した緊張感を和らげるかのように、次は柚原が冗談っぽく微笑みながら言った。
「むしゃくしゃしてたから」
柚原に続けてぼくも答えてみた。
しかし葛城はぼくたちの回答には触れようともせず、話を進めた。
「こんなことになった後で言い難いんだけど。
今日はね、千昭くんに、お願い。
芽衣を刺した犯人を見つけて欲しいの」
柚原は顔色変えずにぼくと葛城とを見比べた。
「なんで柚原なんだよ。
犯人探しは警察の仕事だろ」
「芽衣以外の被害者は二人とも亡くなってるから、その二人に犯人の名前教えてもらう」
妖とコンタクトが取れる柚原にしかできない依頼というわけだが。
でもそれではまるで柚原の能力目当てのようで。
数学が得意だから数学の宿題を教えてもらうとはわけが違う。
野球が上手いから野球を教えてもらうとも違う。
なんだかうまく言えそうにないけど、とにかくぼくには葛城の依頼が不満だった。
「それ――」
「それはできない」
ぼくが言うよりも早く、柚原はきっぱり言った。
「やっぱり、そうだよね」
「ぼくは霊媒師じゃないから、それはできない」
葛城は柚原の回答に一瞬驚いたような表情を見せた。
きっと彼の「できない」が、不可能を意味していたことに安楽したのだ。
少なくともぼくはそうだった。
じゃあ、もしも可能であったなら、柚原は葛城の依頼を受けていたのだろうか。
「それにね、彼女たちは犯人の名前を言わないと思う」