「わたしね、昨日芽衣のお母さんから事件のことを訊いてすぐに病院に行ったの。
芽衣は集中治療室で手術中だった。
そこで警察の人に訊かれたの。
交際している男がいるか知らないかって」
それは、今日聞いた噂の中にもあった。
「犀川の持っているヴィトンの財布、男に買ってもらったものらしい」
「違う、違う。
あれは芽衣がお小遣い貯めて買ったの」
「男と歩いているところを見たやつもいるらしい」
「それは、わたし知らない」
「親友にも話せないことだってあるさ」
「そんな」
「そんなもんだ」
「シュウくんにもあるの?」
「何が」
「親友に話せないことよ」
「そうだな、――いや、」旧友二人を思い浮かべたつもりが、そこにはなぜか葛城と柚原の顔もあり、ぼくは思わず言葉を詰めたが、「話さないのかもしれない」とぼくは続けた。
「なによそれ、同じじゃない。話せないから話さないんでしょ」
「上手く言えないけど、違うんだ。
他人に自分の全てを知ってもらう必要なんてあるのかな。
誰にだって秘密はある。
秘密があるから自分で自分を守れる。
自分しか知らない『自分』、他人から見た自分では気づけない『自分』、この二つがあるからこそ自分は存在できる。
だから、きっと、自分を守るためにぼくは『話さない』んだと思う。
それがいくら親友でも」
「哲学っぽくて解らないよ」
「言ってる自分でも、良く解らない」
「人って、難しいね」
葛城と一瞬目が合ったが、そのときにはもう、ぼくの瞳にはプールの青が映っていた。
本当に、ちらっとだけ様子を窺うだけのつもりだったのに、まるで咄嗟に目を逸らしたようになってしまったのが気まずかった。
一瞬だけ瞳に映った葛城の顔を思い出してみると、泳いで濡れた前髪はすっかりと乾いていた。
「両親も知らないのか、男のこと」
気まずさを解消しようと、ぼくは前を向いたままで話を戻した。
「知らないって。
でもね、誰にも気づかれないなんてことなんてないと思う」
「なぜ、そう言える?」
「いくら相手に口止めされても、誰かに愛されている幸せはね、押し殺せないの。
それが女ってものよ」
そう言うと一度言葉を区切り、咳払いをして続けた。
「実はね、心当たりがあったの――」
彼女がそう言い終わるか否かでぼくはかけ出し、プールへ飛び込んだ。
そのままプールの中央手前までクロールで進み、プールの底を覗いた。
数メートル先で、柚原は沈んでいた。