梟塚妖奇譚 ・ 雲外鏡 【八】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。


はじめはクロールで泳いでいた柚原だが、半分ほど進んだあたりで苦しくなったのか、平泳ぎに切り替えた。

その泳ぎのフォームを見ると自己流というか、まあ言ってしまえば彼はそれほど泳ぎが上手くはないようだ。


「ああ、くたびれた」


ようやくこちらに到着した柚原はそう言ってからすうっと水の中に消えたと思うと、再び水中で壁を蹴って泳ぎ始めた。


「懲りないなあ」

「動いてる千昭くんって、なんだか不思議」

「確かに。あんなに動いている柚原なんて、珍しい気がする」


教室では大抵座って本を読んでいる。


「わたしも泳いでくる」


葛城は柚原を追いかけるようにして、平泳ぎで向こうへと泳いでいった。

長い間水中で浮いているだけだったから、ぼくの周りの水は照り続ける太陽熱ですっかりぬるくなっていた。

別に今日は泳ぐ気分でもなかったし、葛城に付き合っただけだ。

それに、本音を言うと、たったの五十メートル泳いだだけなのに、ぼくはひどく疲れていた。

ぼくは早くもプールから上がることにした。


甲子園どうなったかな、なんて考えながら日陰に戻るとタオルを敷き、二人の泳ぐ様子をぼんやりと眺めていた。

いつの間にかプールの端ではぼくたち以外に三人の小学生がマシンガンみたいな水鉄砲で撃ち合ってはしゃいでいた。

そういえばそんな遊びもしたなと、懐かしい気持ちになって、気付けば保育園のことを思い出していた。


夏になると保育園でもプールの時間があった。

プールといっても運動場に広げた大きなビニールプールだ。

その日のプールの時間には、水鉄砲など水遊び用遊具を持ってきてもいいことになっていた。

水鉄砲など持っていないぼくは、もちろんいつも通りの準備で通園するつもりだった。

思えばぼくはあの頃から割と冷めていたのだ。

しかし、父はそれを許さなかった。

そのとき父が機転を利かせてぼくに持たせてくれたのは、台所洗剤の空容器だった。

これが意外にもそこらの拳銃タイプの水鉄砲よりも飛距離があった。

そのまま放っておいたらゴミとなってしまうはずだった台所洗剤の空容器は、一日にして保育園中の人気「物」となった。


「シュウくん」


あの頃の園児たちの歓声と、プールではしゃぐ小学生たちの歓声が重なり合っていて、同時に弾けた。

呼ばれた先を見ると葛城がプールサイドに両腕を掛けてこちらを見ていた。


「泳がないの?」

「うん。疲れた」

「疲れた?だらしないのー」


そう言ってプールから上がるとぼくの横にやってきて、タオルを肩から掛けて腰を下ろした。

葛城の長い髪は後ろで綺麗に纏められていて、そこからぽたぽたと数滴、塩素を含んだ水滴が肩のタオルへと滴り落ちた。



梟印1