梟塚妖奇譚 ・ 雲外鏡 【六】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。


プールに行くなんて何年振りだろう。


ぼくが泳ぎに行くといったら、それは専ら近くを流れる川だった。

その川には、まるで縄張りのようにぼくたちの泳ぐ場所が決まっていた。

そこには木々が肌けた岩壁があって、足場こそないが壁に張り付き、前向きでも後ろ向きでもいい、川へと飛び込む遊びをよくしていた。

高さは五メートル程度で、高すぎず低すぎでもない、子供のぼくたちにとっては丁度良い飛び込みスポットだった。

川の流れは緩やかで、そう深くもない。

しかし急に深くなっている場所が一か所だけあって、そこにだけは近づかないようにしていた。

近くにはダムがあって、放水の合図のサイレンが鳴るとぼくたちは慌てて川から岸へと上がった。

岸では砂利で作った囲いの中に川の水を入れ、飲み物を冷やした。

ダムの放水が終わるまで、良い具合に冷えたそれでのどを潤し、一休みした。


葛城、柚原とは午後一時に市民プールで待ち合わせることになった。

ことになった、とは言っても、全てを決めたのは葛城だ。


もちろんプールに行く予定なんてなかったわけで、ぼくたちは一度家に戻ることとなった。

市民プールは、ぼくの場合は学校に向かう途中、学校の手前辺りに小ぢんまりとした施設がある。

幼児用プールと五十メートルの競泳用プール、楕円状の流れるプールとが並んでいたはずだ。

ぼくは帰り道、向こうに見えるそのプールを横目に家へと向かった。

またここまで来るのかと思うと少々憂鬱だが、致し方がない。


今日の昼食は蕎麦にしようと決めていたから、井戸水が溢れる石受けの中でわさびを冷やしておいた。

家に入る前にそれを井戸水の中から取り出した。

わさびはしっかりと冷えていて、ぼくは左手の親指と人差し指で摘まむようにして台所まで運んだ。

すりおろすと、つんと鼻を突く香りがする。

この香りだ。

今日のような暑くて気だるい日には、このわさびが良い。


居間のテレビを付けると甲子園はすでに二回戦が始まっていた。

アナウンサーと解説者は、たとえ選手がミスをしたとしても決して非難したりしない。

どんなプレーをしたとしても必ず褒める。

それは彼ら高校球児に対する期待、いや、ぼくは広義でぼくたち若者に対する期待だと捉えることにしている。

それもこの全国高校野球選手権大会の醍醐味でもある。


ぼくは食事に手を付けず、しばらくテレビ画面を眺めていた。

アナウンサーが一回戦の試合結果について説明を始め、それを聞き終わったぼくは、ようやくそばをすすり始めた。



梟印1