梟塚妖奇譚 ・ 雲外鏡 【弐】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

今年の梅雨は想像以上にあっけなかったなと、ぼくは思った。


今日も空は透明感のある青色で、雲は一つもない。

今朝の天気予報によると、明日も明後日も晴れるらしい。

確かに、また雨かと思うような時期もあった、ような気もする。

しかしその雨だって午前もしくは午後だけだったり、ゲリラ的な大雨だったり、はたまた真っ黒な雨雲だけ現れて気付いた頃にはぴーかんだったり。

いずれにしろぱっとしなかった、今年の梅雨は。


高校生になって初めての夏休みは半分を過ぎようとしていた。

暦でいうと八月の前半が終わり中旬に入る直前だ。

八月の別名は葉月である。

その名の由来は諸説あるが、木の葉が落ちる「葉落ち」の月であるという説が有名である。

しかし梟塚の木々は未だ葉落ちする気配もなく、その緑の木々に居座り、やいやと鳴き騒ぐ蝉たちがぼくには不愉快でならなかった。

ああ、今日もヤツらは何かに腹を立てている、そんな愚痴を心の中で吐き出しながら、ぼくは自転車を走らせていた。

向かうは我が学び舎である。

夏休みにもかかわらずぼくが学校に向かうのは、昨夜、全校集会開催の緊急連絡網が回ってきたからだ。

緊急連絡網なんてこれまで九年間の学生生活で使ったことなかったため、次の人に電話するときには妙にどぎまぎしてしまった。

いや、ぼくがどぎまぎしてしまったのはそれだけが理由ではない。

今回、緊急に全校集会が開かれるのは、ぼくの通う高校の一年生、つまりぼくの同級生が「連続通り魔殺人事件」に巻き込まれたからだ。

電話の時点では、一年生の女子生徒が刺されて意識不明の重体、ということだけ知らされたが、さすがに朝のニュース番組では大きく報道されていた。


犀川芽衣(さいかわめい)という名前に聞き覚えはなかった。

この連続通り魔殺人事件の最初は今年の六月だ。

女子大生が背中を刺されて殺害され、同様に会社員の女性も犠牲になった。

出身も年齢も違う女性が狙われたこの事件は、一件目と二件目の間に約一か月も間があり、さらにその約一か月後、今回の犀川芽衣の事件が起こった。

これまでの事件と違い、犀川の事件はまだ殺人事件にはなっていない。

人通りの少ない路地が現場のようで、これまで同様背中を刺され、大量出血しているところを偶然通行人に発見された。

ただ、今もまだ病院で、意識不明の重体らしい。


自転車を漕ぎ、学校へ向かいながら犀川芽衣について少しだけ考えてみた。

本当に犀川芽衣という同級生を知らないのだろうか、と。

ぼくは如何せん人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。

小学校からの親友たちには「覚える気もないだろ」と言われる始末だ。

まあ、まんざら外れているわけではないのだが。


さて、同じ中学から一緒に高校進学したメンバーは両手で数えられるほどだったため、その全員の顔と名前はなんとか記憶している。

その中に犀川芽衣はいない。

高校に進学してからの他クラスとの交流といえば球技大会があった。

ただ、男子と女子では種目が違ったし、わざわざ女子の試合を観に行くこともなかった上、残念ながらそれ以外でも女子との交流の機会はなかった。

もちろん、彼女がぼくとは別のクラスであることは、昨日の連絡網で判っている。

廊下ですれ違ったことくらいはあったろうが、彼女のことはやはり知らない。


五月にはまだ背が短かった稲たちは今や立派に成長していて、風が吹くたび波打つようにして揺れる。

八月の稲の涼しげな躍動を視界の隅に感じながら、ぼくはペダルを息を切らして漕いでいた。



梟印1