黒野研究室・5 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

その日、黒野教授は随分疲れた様子で研究室のドアを開けた。





目は虚ろ。





白髪交じりの髪はいつも異常にボサボサ。





その上、異常なほどおぼつかない足取りだった。





 





「先生?大丈夫ですか?」





 





秋川は椅子から立ち上がり、教授に近づこうとしたが、





 





「大丈夫だ。」





 





教授はそれを制した。





そういえば以前にもこんな状態の先生を見たことあるな。





秋川はふとそう思ったが、そんな考えは早々に切り上げ、椅子に座り直した。





秋川は数学科の学生の質問に答えている最中だった。





 





「どこまで説明したっけ?」





「えぇっと、ここです。この数列のところからです。」





「そうそう、このフィボナッチ数列がね・・・」





 





僕がそう言った瞬間だった。





 





「フィボナッチ!!」





 





ガタンという大きな音と共に黒野教授は叫んだ。





教授は椅子から立ち上がり、両手で頭を抱え、天を仰いでいた。





立ち上がった勢いで、愛用の回転椅子は後ろに吹っ飛ばされ、クルクルと回っている。





秋川は質問に来た学生と顔を見合わせた。





両者共に驚きの表情だったのは言うまでもない。





そして秋川は冷静に、先生は遂に本当におかしくなってしまったんだ、そう思った。





 





「先生?だ、大丈夫ですか?」





 





恐る恐る教授に近づいた。





すると教授は上の方を見つめたまま、ポツリと言った。





 





「秋川君、フィボナッチ数とは?」





「はい?」





「フィボナッチ数とは一体どんな数字だ?」





「えぇっと、つまり・・・」





 





どうだろう?





これはいつもの調子の教授ではないか?





秋川はホワイトボードを引っ張ってきて、そこに数字を書き出した。





 





 













1+1=2





1+2=3





2+3=5





3+5=8





5+8=13





8+1321





・・・・・・





 





 





「つまり一般式は・・・」





 





 





F()=1、F()=1





F(n+2)F()F(n+1)





(ただし、n)





 





 





「先生、これで定義される数字がフィボナッチ数です。」





 





秋川が数式を書き終えて振り向くと、ホワイトボードを見つめている教授がいた。





 





「あぁ、その通りだ。フィボナッチ数は黄金比の他、自然界の現象とも密接に関係している。そんな偉大な数を私は・・・。」





 





黒野教授は力なく言葉をため息をついた。





学生は不安そうな目でこっちを見ている。





 





「先生?フィボナッチ数がどうかしたんですか?」





「いや、重要なのはその数列の方だ。」





 





教授はすでに回転の止まった椅子に腰を下ろした。





 





「フィボナッチ数列といえばあの有名な問題があるだろう?」





 





有名な問題・・・?





あぁ!





と秋川は指をパチンと鳴らした。





 





「兎の問題ですね!」





「その通りだ。」





 





 





ある日、ひとつがいの兎が産まれた。





つがいの兎は産まれて二ヶ月後から毎月ひとつがい兎を産む。





新しく産まれたつがいの兎達も同様に、2ヵ月後から毎月ひとつがいづつ兎を産む。





こうしていくと一年後、一体兎は何つがいになっているだろうか?





 





 





「まさにこの問題だ。」





「一体この問題がどうしたんですか、先生?」





 





教授は首を振った。





 





「秋川君、重要なのは問題の方じゃない。」





「はい?」





「毎年3回は必ず見るんだよ。白い生き物に追い回される夢だ。」





「はい・・・」





「そいつはピョンピョンと軽快なリズムで私を追いかけてくる。今日はその日だった・・・全く、悪夢だよ。」





「先生?それってもしかして・・・」





 





黒野教授は立ち上がり、ホワイトボード用のペンを手に取った。





そして、秋川が書いた続きから数字を書き始めた。





 





 





132134





213455





345589





5589144





89144233





 





 





「1年後には233つがいのウサギ、つまり466匹のウサギになるわけだ。」





 





教授は再び椅子に腰を下ろした。





 





「そうだ。私はウサギが大の苦手でね・・・」