1月24日のお昼に、無事に女の子が誕生した。

23日夜から陣痛らしきものが始まり、夜中から明け方まで、一睡もしないでカミさんの腰をさすり続けた。
あまりにも痛がるので、女性としては大柄なうちのカミさんの背中が、やけに小さくか弱く見えた。そして、心の中でカミさんに「妊娠させてごめんなさい。」って何度も謝った。

朝(9:30頃)になって、先生から「正式な陣痛になった」ので陣痛促進剤は使用しないという方針が伝えられるととともに、子宮口の開きが遅いので卵膜を破ったとの説明があった。

さすが俺の子だ。42週と0日の過産期ギリギリで陣痛とは、もしかして、追い込まれないと本気を出さないタイプだな。もう数時間陣痛が遅かったら、陣痛促進剤を使われるところだった。

一方、卵膜を破られたカミさんは、陣痛の痛みが一気に酷くなった。痛がると言うよりは、奇声を発するようになり、なんだかカミさんがカミさんじゃなくなったような気になってきた。

再び病室に戻ると、前より酷い痛みに苦しむカミさん。
痛がるときに、ときどき「助けてぇぇぇ」と言い出すので、介抱する俺もかける言葉が見つからずに困り始める。「助けてあげられないけど、一緒に頑張ろうよ。」と気休め程度の言葉しかかけられない自分を情けなく思いながら、カミさんを励まし続ける。

11:10、いよいよ分娩室に移動。
うちの病院はフリースタイル出産のため、和室に布団敷きの出産となった。普通の分娩台だったら、息むときの持ち手があるのだが、和室だからそんなのない。持ち手になるのは、立ち会うダンナの首なのだ。

死んじゃいそうな叫び声を上げるカミさんに絞め殺されそうになりながら1時間半、12:35に、3,260gの女の子を無事出産。

そんなつもりはなかったのだけど、生まれ出てきた瞬間は猛烈に感動して泣いてしまった。理屈じゃないというのか、カミさんも赤ちゃんも頑張って、無事に出 産が成功した安堵感と我が子を目にした感激が一緒に嬉しかった。泣けて泣けて目が痛くて、肝心の産まれたばかりの赤ちゃんがよく見えなかったのが不覚であ る。

古くさい言い方なのだが、産まれた後は、精も根も尽き果ててしまって、家に帰ってからは、気絶したように眠ってしまった。まだ子供がいるという実感は少ないけれど、そのうち子供がいることが当たり前になってくると思う。

でも、その当たり前の現実を得るために、大変な思いをしたカミさんがいるわけで、そのことを忘れないで、いつか娘が大きくなったときに、今日の日のことを懐かしく教えてあげられるような、そんな日が来ることを楽しみにしてみたい。