元老院でお茶会を♪~07~last episode
~ 07 ~ last episode鋼牙がすっと剣を頭上へと上げたことで、闘いの火蓋が切って落とされた。優斗は弓の両端を体の左右で回し2つの円形の白き術印を作ると、そこから光が走り蒼銀色をした勇壮な鎧を呼び出した。鋼牙は牙狼と共に黄金の翼も召喚した為、翼人の形態ですでに牙射の頭上へと飛び上がっている。牙射はすぐさま牙狼に向けて弓を構えるが、牙狼から放たれた衝撃波に邪魔をされ的を定めることが出来ない。しかも次に牙狼が放って来た衝撃波には緑の魔導火が灯されており、牙射が避けてもそれはまるで追いかけて来るかのように旋回し再び襲い掛かって来る。牙射は弓の両端に付いている刃で素早くそれを斬り裂くが、その時はすでに牙狼自身が直ぐ近くまで迫って来ていた。牙射も急いで後方に飛び下がり牙狼と僅かに距離をとると、弓本体を巧みに使ってその剣を受け流していく。だが一瞬視界から牙狼の姿が消えたかに見えた。が次の瞬間背後から激しい衝撃を受け、前のめりに弾き飛ばされてしまう。牙狼は瞬時に牙射の頭上を回転しながら飛び越え、その背中を蹴り飛ばしたのだ。そんな2人の戦いを、カオルは両手を体の前で握りしめ見守っている。その後方では、「まったく手加減無しかよ鋼牙のヤツ」と零がやれやれといった感じでボヤいている。『そもそも鋼牙にそんなもの無いんじゃないかしら』シルヴァの意見もごもっともである。「それにさっきのアレですからね」レオはカオルの後ろ姿に目をやって、少し困った顔をした。この牙狼の戦い振りには鋼牙にしては珍しく、多大に余計な感情が入っているのが見て取れるからだ。静香も心配気な顔をして、黙ってそんな2人の称号騎士による闘いを見詰めている。皆の心中で思うことは1つ、優斗が無事でありますように、だったのだ。だが優斗もやられっぱなしではなかった。弾かれた反動を使い結界を激しく蹴り牙狼に向かって飛び掛かった時には、すでに弓に覇気を凝縮させて作り出した矢を番えており、その勢いのまま放ったのだ。しかも直ぐに再び弦を弾き絞るとそこに2本の矢が現れ、続け様に2本同時に放つ。最初の矢は牙狼に苦無く斬り砕かれたが、弓を横に向け同時に放った2本の矢は牙狼の左右の翼に向けられており、しかも最初の矢からほとんど間隔がなった為に牙狼には逃げる時間もなければ2本を同時に斬り裂くことは不可能だ。牙射もこれは当たったと思ったのか4本目を番えることはしなかったが、牙狼はやはりそんなに甘い存在では無かった。右に来た矢は剣で叩き斬り、なんと左の矢は翼に当たる寸前で左手で掴み止めたのだ。しかも掴んだ矢をそのまま握り砕いたではないか。これにはこの戦いを見学している者達から、どよめきが沸き起こった。流石は牙狼といった感じで。しかし零とレオからは、ははははは・・・、と苦笑いが零れる。そこにははっきりと鋼牙の不機嫌が見て取れたからだ。牙狼はそのまま向かって来た牙射の弓の刃を剣で受け流すと、その右肩をガシッと掴み翼を大きく羽搏かせて結界の底に叩きつけたのだ。激しい衝撃に牙射も一瞬怯んだが、諦めることなく牙狼を足で蹴り上げなんとか体制を立て直す。だがその時には既に牙狼剣が凄まじい速さで振り下ろされており、咄嗟に牙射も弓本体でそれを受け止めたが弓のソウルメタルが激しい振動とギュギィィ──ンという不気味な音を上げなんと斬り砕かれてしまったのだ。牙狼が出す激しい覇気に、やられる と思った牙射だったが咄嗟に体を横に転がしその剣から逃れることが出来た。「タイムリミットだ。鎧を返還しろ」そして掛けられた声に、急いで鎧を返還する。見上げると鋼牙もすでに牙狼を返還し、優斗を見下ろしていた。アテナはそんな2人を見届けると、結界を地上に降ろし解除した。鋼牙は倒れたまま自分を見上げて来る優斗に右腕を伸ばし、優斗もその手を取るとゆっくりと立ち上がる。すると割れんばかりの喝采が巻き起こった。元老院の者達から2人の称号騎士へ、惜しみない拍手と歓声が送られる。牙狼を称えるものが多いが、もちろん牙射の雄姿を称えるものもある。初めて目にする称号騎士の桁違いの戦闘能力に皆驚くと共に、自分達が支えている騎士達の本当の姿を目の当たりにし感動しているのだ。「ありがとうございます。自分はまだまだ未熟だということを思い知りました」「いや、お前は強い。だが鎧に頼り過ぎるな、お前にはお前の戦い方があるはずだ」鋼牙の言葉に、はい、と優斗はその頭を下げた。「これからもカオルの護衛は優斗、お前に任せる」そして更に鋼牙から告げられた言葉に優斗は、「この命に掛けてカオルさんをお守り致します!」と強い意志を持った眼差しで鋼牙に返す。鋼牙もそれに頷くとすっと踵を返して歩き出した。「皆さん、こちらにお茶の用意がしてあります。建物の中にいる皆さんも是非どうぞ!」そこに静香の軽やかな声が響き渡った。いつの間にか広大な庭にいくつもの丸テーブルが配置され、そこにたくさんのお茶とケーキやお菓子が用意されていたのだ。これはグレスの許可を得て、静香がリリンに用意してもらったものだった。だが流石に神官達が居る手前、元老院勤務の優秀な者達は直ぐには動けない。それを見たグレスが、『せっかくご用意して下さったのですから、皆も共に頂きましょう』という言葉と自ら率先してテーブルへと歩き出した姿を見て、多くの者達も笑顔になってお茶会の場に集まりだした。神官と一般の者達がこうやって共にお茶を囲むことも、元老院始まって以来のことである。最初はやはり緊張していた者が多かったが、それも直ぐに和気藹々としたものへと変わっていった。それは”白の番犬所”神官であるセシルが、優斗の称号騎士への突然の昇進?を手放しで喜んだからだ。セシルは長い黒髪に天女の羽衣のような恰好をした若い女性の姿をしている。『優斗!よくやったわ!私の管轄から新たなる称号騎士が出るなんて、とても素晴らしいことだわ!お前を選んだ私の目に狂いがなかったってことよね!』と飛び跳ねんばかりにはしゃいでいるのだ。こんな神官の姿は非常に珍しく、優斗も戸惑っているが、それ以上に周りに居る者達は驚きと共になんだか楽しい気持ちになっていったのだ。神官が齎す人間の感情への影響力は、大きいのである。グレスを始めアテナや他の神官達も悪いことではないので、そんなセシルの様子を寛大な目で生暖かくみている。彼女は神官としてはまだ若い最年少ともいえる存在だったからだ。だがそんな中1人だけ、未だ不機嫌オーラを出しているのは鋼牙だった。優斗との戦いが終わった後、直ぐにでもカオルを捕まえてこの場を立ち去りたかったのだろうが、『鋼牙ご苦労でした。ですが、皆の声に応えるのも称号騎士筆頭としての務めですよ』とグレスから先を見透かされ仕方なくこの場に留まって多くの者達から掛けられる言葉に不機嫌ながらも返しているのだ。そんな鋼牙の横に零が近づいて来て、「お前さぁ、少しはその仏頂面なんとかしたらどうなんだよ」と恐る恐る鋼牙に声を掛けていく者達を見ながら渋い顔をした。だが鋼牙から返って来たのは、「なら零、お前はアレを見てもそう言えるのか」というものだった。その言葉に零が鋼牙の視線を辿っていくと、そこには大勢の男達に囲まれている静香の姿が。静香が取り分けているケーキを鼻の下を伸ばした男達が、デレデレと受け取っているのだ。「なっ!!」しまった!、という感じで零は慌てて鋼牙の側を離れると、おいおいおいおいこらこらこらこら、と男達を蹴散らすと静香を自分の腕の中に確保している。鋼牙はそんな零の姿をふんと言う感じで見下すと、自分もカオルの姿を改めて探した。さっきまでは神官セシルに掴って優斗共にあれやこれやと言われていたようだが、今は静香同様男達に囲まれているではないか。やはり大回廊での1件もあり、カオルと静香のファンは確実に増えているようだ。鋼牙はもう十分皆の話しも聞いたと自己判断を下し、悠然とカオルの後ろに近付いて行き成りその姿を抱き上げた。「え?なっ何??」驚いているカオルに、「帰るぞ」とお決まりの台詞を告げ周りの男達を一睨みしてから、当然のごとく帰路についたのだ。「ええ~~私も皆と一緒にお茶したいのに~~~!!」「うるさい。約束を破った罰だ」お姫様抱っこの状態でカオルはシタバタと暴れているが、もちろんそんなことで鋼牙が降ろすはずもない。「約束??」「優斗にキスしただろう」「だってあれはオデコだし~」「それも駄目だ」「ええ~~~?!!そんなぁ~~~~!」という何ともバカップルな遣り取りをしながら結局カオルはそのまま鋼牙に持ち帰られてしまった。その様子を君子危うきに近寄らずで、遠くから見ていたレオもグレスに抱きかかえられているゼルナを受け取り、「すみません、僕もゼルナから学びたいことがあるのでお先に失礼します」と、僕は静香のとこに行きたいのに~、と言うゼルナをしっかりと掴んで自分の工房へと戻って行った。そんな鋼牙やレオを見、そしてこの場で楽しそうにしている元老院の者達の姿を眺めていたグレスがアテナや周りに居る神官達に新たな提案をする。『こういう場を持つのも良いことかもしれませんね』アテナは若干渋い顔をしているが、セシル、晴明、ラデル、ネフィスは穏やかな表情で賛同の意を表すべく一度その場に膝折ゆっくりと再び立ち上がる。アテナもこれでは反対する訳にはいかない。こうして年に1度、称号騎士同士の御前試合も兼ねた元老院でのお茶会が催されるようになったのだった。おしまい♪