すぐ近くで雷鳴が轟く。

この歳になっても怖いものはやはり怖い。
毎年何人もの方が落雷によって亡くなられます。
雷は、本当にいつ何処で自分に落ちてくるかわかったものではありません。

先日、お友達とLINEで会話した時にも雷の話が出ました。
昔から「地震雷火事親父」って言ったねって。


地震については、その凄惨な爪痕がまだ記憶に新しいのではないかと思います。


火事について。
21歳のとき、自宅が全焼する火災に見舞われました。
火事は全てを焼き尽くす。
焼け跡から掘り出した、焼け残った僅かな写真の殆どが焦げています。
卒業アルバムも、思い出の品も、みな灰になりました。
しかし、幸いにも家族は全員外出しており無事でした。


親父について。
昨日、少し書きました。

父とはいろいろありましたが。
やはり、一番怖い存在でした。

高校1年の最初の頃。
短い間でしたがイジメにあったことがあります。

最初は私の斜め前に座っていたF君が標的でした。
みんなが授業中、F君にいろんなものを投げるのです。
横にいた生徒を諌めると、今度は私が標的になりました。
ものを投げられること自体は屁でもありません。

ただ、悲しかったのは、標的だったF君までもが一緒になって、私にものを投げている姿を見たことです。

それから暫くは、私に対するイジメが続きました。

でも、私はそのとき、辛くも何ともありませんでした。
授業が終われば楽しい部活動があったから。
そこには私を必要としてくれ、認めてくれる仲間と居場所があったからです。

それよりも、何よりも、私が一番怖かったのは、家に帰れば父がいることでした。
当時病気だった父は、いつも荒れていました。
母や弟に当たりちらしていました。
父に殴られて動けずに、学校を休んだこともありました。

今となれば父の気持ちが分かることもあります。
とても辛かったのでしょう。
本当に苦しかったのだと思います。


そんな父がいる家に帰ることを思えばなんてことはない。
そう思い、じっと我慢し、耐えていました。

表面的にはいつもあっけらかんと、ヘラヘラしていた私。
知らぬ間にイジメもなくなっていました。


そんな私ですが、いつしか親父になってしまっていたのですね。

思えば私も地震や雷、火事とともに列せられる「怖い」存在になっていたのですね。

全く気づかなかった。

先ほどの雷鳴がなければ気付かぬままに生涯を終えていたかも知れません。

やはり親父は親父らしく。
立ち居振る舞いをわきまえ、威厳を持って堂々としなければいけませんね。

親父とはそう言う存在なのだから。

しっかりしなければ、ぷりんも安心してお嫁にも行けませんね。

今日は雨。
お空はまだゴロゴロと唸り声を上げています。


私はと言えば、今夜は何を食べようか。
なんてね。
そんなことばかり考えている親父がいても良いではありませんか。

では。