夜中の3時、恐怖のあまりに目が覚めた。

はっきりと記憶に残る恐ろしい言葉。
その途中で意識が戻る。

夢で良かった。
九死に一生を得た思いである。

かつて、私が造反で欺き、裏切りかけたボスが、私に復讐しようとする、まさにその瞬間の場面であった。
あと数秒遅ければ…。
起きてからしばらくは、そのあまりにもリアリティーのある恐怖に戦慄した。


ずっと昔、もう18年も前の話である。
確かWindows98の発売で、世間は浮かれモード。
そんなことも重なり、鮮明に記憶している。

私の所属する部署に、出向で新しいボスが来た。
強面の堅物。
ボスが以前所属していた部署での評判は、極めて悪かった。

着任早々から、小さな粗探しを始め、あれこれと修正を指示された。

本来の業務にはほとんど影響のない、小さなことではあるのだが、一つ変えると付随する多くの業務も変えねばならない。
例え小さくとも、歯車が一つ狂えば、全体も狂う。
業務は一時的に混乱をきたすこととなる。

現状を知った、前任のボスが人事異動を画策した。
もちろん自分が元のポストに復帰を果たすためである。

私はその工作員の一人として、片棒を担ぐこととなった。
人を陥れる。
そんな負い目もあったが、悲しいサラリーマンは、一つ間違えると生涯を棒に振る。
イエスマンとして、唯々諾々と動くより他、術はなかった。

役員会で稟議も通り、いざ辞令をという段になって、私は寝返った。
新任のボスの側に付いたのだ。
まるで関ヶ原の合戦での、小早川秀秋のように。

もっとも私の動機も不純であった。
ただ単に、前任のボスの恐怖政治に戻るのが嫌だったからに他ならない。

そして、人事異動の話も流れ、私は新しいボスに誠意を尽くして仕えた。

約5年の短い期間ではあったが、タッグを組み、多くの危機を乗り越えた。

これから磐石な組織作りをと、意気揚々としていたある日、突然ボスからご自身の癌の発病を知らされた。
後を頼むと手術・休養に入られた。

ボスはその数ヶ月後、還らぬ人となる。

5年間、まるで本当の息子のように可愛がってくださった。
いつも私を信頼してくださった。

生前、一度だけ造反事件のことをチクリと言われたことがあった。
その日はご自宅に食事に招かれて、奥様も交えて歓談の最中であったが、ポロりと呟くようにおっしゃった。

奥様もキツく私を睨んでおられた。
よほどお辛い思いをされたのであろう。
本当に申し訳ない気持ちで一杯になり、胸が詰まる思いであった。
まるで針の筵に座っているかのような、そして時が止まったかのような錯覚に陥ることとなった。
ボスはあのとき、会社を辞めようと思ったらしい。
ちょうど今の私のくらいの年齢であられたろうか。
ご長男は、確か大手の印刷会社にお勤めであった。
ご長女は家事手伝い。
並大抵ならぬご覚悟であったことは想像に難くない。

私は常に、造反事件の片棒を担いだことを後悔している。
今でもふと思い出すと慚愧の念に堪えない。

当時の自分をとても恥ずかしく思う。
あのときとった卑劣な行為を思うとき、ボスと奥様の苦渋の表情が記憶の中に蘇る。
私は事実を生涯背負い、後悔しながら生きていかねばならないのであろう。
恥じ入って生きていかねばならないと。
裏切りの代償は必ず自分に還ってくる。

人を呪わば穴二つ。

これを忘れてはなるまい。