報文紹介「レッドアイなどのカラーアイ 最新情報」

 このテーマに関係する内容としては、過去に次の二つの紹介をしていた。
 
 1. ホワイトアイについて
<http://blogs.yahoo.co.jp/kotaro168/1784699.html>
 2.カラーアイについて
<http://blogs.yahoo.co.jp/kotaro168/1746912.html>
 
 この度、比較的新しい報文を入手し、また、周辺情報を別途、調査・聴取したところ、過去に紹介した内容に間違いがある可能性や、頭の中での勘違いがあったことに気づかされた。
 
 「1.」の紹介のものでは、報文そのものの内容が問題であり、その論旨であるホワイトアイの原因はメラニン欠損ではない可能性が考えられた。

昆虫の色素については、(専門性の深さにより)研究者間でも誤解が多いようだ。

メラニン欠損に代わる(ホワイトアイの)原因については、今回のところで説明をする。
 
 「2.」の紹介のものでは、記載した説明には誤りがないと思っているが、記載した内容が不親切であったため、その内容を再度、自分で読み返して復習した際に、誤った認識に凝り固まっていることに気付かされた。
 
 そのため、ここでは最新の情報を加えて、さらに詳しく内容を記載しつつ、かつ、読み返した場合においても、のちのち誤解が起きにくいように配慮した内容の整理を試みた。
 
そこで、今回紹介する報文は以下の2013年と比較的新しいもの。
 
 
  題名 : 昆虫のオモクローム系色素に関する最新の知見―ショウジョウバエのパラダイムを超えて―
著者 : 二橋美瑞子
雑誌 : 蚕糸・昆虫バイオテック,82(1), pp.5-12
年代 : 2013
 
 
 上述のとおり、この報文は、カラーアイをテーマにしたものではなく、昆虫の主要な色素の一つであるオモクロームを題材にしたものである。
 
 そのため、この報文では、眼以外についての内容もあるが、ここでの説明では大胆にそれらは省略し、カラーアイの説明に特化することにした。
 
 先に結論を書いてしまうと、赤眼系については、図12に示された(カイコでは)reに相当する遺伝子の機能障害により、黒系色素オミンの生成が抑制され、赤眼となり、その上で、(reに相当する遺伝子を持たず、通常の状態で赤眼であるショウジョウバエの研究成果である)図5のとおり、顆粒色素に関連する遺伝子の変異により、赤眼から微妙な眼の色の変化があるようだ。
 白眼については、図5のとおり、トランスポーターの(ショウジョウバエでは)whiteに相当する遺伝子の機能障害であり、そのwhite遺伝子の働き(色素顆粒への輸送)が図示されたのが図4となる。
 
 
 さて、ここで主題となるオモクロームについて、その名称の由来は、スジコナマダラメイガの眼から抽出した色素を「複眼の色素」の意味で、”ommochrome”(オモクローム/オモクロム)と名付けたことによるものである。
 
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図1 
 
 また、その後の解析では、ほぼ全ての昆虫の眼においてオモクローム色素の存在が報告されている。
 
 オモクローム系色素と言っても色んな名称の(構造が異なる)ものがあるため、その名称とそれを眼の色素として持っている生物種の一覧を示したものがこれ。

これにより、オモクローム色素の中でも、眼に利用されている色素は、オミンとキサントマチンである。
 
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図2 
 
 クワガタやカブトなどの甲虫は、一覧表の一番下の鞘翅目に分類される。
 
 この図では、鞘翅目はオミンしか色素を持っていないように思われてしまうが、赤で注釈したとおり、この一覧表のデータは古い技術で調べた文献からの情報も含まれ、空欄のところは必ずしも、存在しないと確定しているわけではないらしい。
 
 そのため、鞘翅目にもキサントマチンが含まれている可能性はあるようだ。
 
 ここからは、さらに細かいところへ説明に移る。
 
 眼色が多様に変異している個体が見つかっているショウジョウバエの研究成果から分かったこととして、眼色の変化の原因遺伝子は、次のような遺伝子グループに分類されている。
 
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図3 
 
 ここでは、オモクローム色素以外のものとして、冒頭でも説明したプテリジン系色素も記載されており、この両者が主に眼の色素に関連しているようだ。
 
 では、この①から③の働きについて、オモクローム色素合成メカニズムについて具体的に図示する。

なお、オモクローム系色素は、化学的には「トリプトファンから派生した中間体3-ヒドロキシキヌレニンが酸化縮合した化合物」と定義されている。
 
 また、オモクローム合成に関わる遺伝子は、ショウジョウバエ以外の昆虫でも基本的に共通していると考えられている。
 
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図4

①については、アミノ酸であるトリプトファンから、複数の酵素を経て、(色素のパーツとなる中間体である)3-ヒドロキシキヌレニンを生合成する経路であり、それぞれの酵素の遺伝子が、色素合成系遺伝子となる。
 
 ②については、膜輸送タンパク質であり、これは色素顆粒の膜を貫通するように存在し、細胞質中(色素顆粒の外)に存在しているオモクローム系色素のパーツとなる中間体・3-ヒドロキシキヌレニンを色素顆粒内へと輸送する働きがある。
 
 この図での輸送タンパク質は、(異なる)2種類のタンパク質が結合した二量体(ヘテロダイマー)である。
 
 ③については、具体的にどのように関わっているかの説明はなかったものの、色素顆粒の形成に関わっているとの説明があり、後述の図を踏まえると、ここでの遺伝子によっては、眼の色が多彩に変化している。

そのため、色素中間体を用いて、酸化縮合により、どのような色素を合成するのかに関係しているように思われる。
 
 説明が遅れてしまったが、()[]で括ったところにアルファベット名称/略称を記載している。

これは()の方は、ショウジョウバエで認められた変異体(遺伝子名)であり、[]の方は、カイコで認められた変異体(遺伝子名)である。
 
 この次は、さらに詳細に①~③に属する遺伝子名とその働きをまとめた。

 
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図5
 
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 図6
 
 背景が黄色のところの内容は、この報文からの情報。
 
 背景が灰色のところの内容は、私が愛用している教科書である「昆虫の生物学」からの情報であり、そこには、遺伝子によってどんな眼の色になるかの情報を抜き出したもの。
 
 さらに、背景が柿色のところの内容は、ネットで公開されている(膨大な情報が含まれている)“日本ショウジョウバエデータベース”から眼の色に関する内容を抜き出したもの。
 
 ここの内容を踏まえると、(ショウジョウバエにおいての)ホワイトアイに関しては、ABCトランスポーター遺伝子の中で記載されているwhiteであることが分かる。
 
 この遺伝子は、②のトランスポーター遺伝子のグループである。
 
 この働きは、上で図示したとおり、3-ヒドロキシキヌレニンを色素顆粒内への輸送することに関与しており、さらには、一覧表からは、影響を受ける色素として、(3-ヒドロキシキヌレニンが中間体である)オモクロームだけではなく、プテリジンも含まれている。

要するに、色素中間体(前駆体)の輸送が、white遺伝子の異常によりストップさせられたことにより、眼の色素顆粒で色素が合成できず、白色となっているとも読み取れる。
 
 図によると、whiteタンパクとscarletタンパクは二量体形成しているが、scarletタンパクの方は、プテリジンには影響を与えないようである。
 
 少し話しが飛んで、図にあるトランスポーターについて簡単に説明しておく。
 
ABCトランスポーター:ATP結合カセット輸送体 (ATP-binding cassette transporter)であり、ATPのエネルギーを利用して物質の輸送を行う膜輸送体である。
MFSトランスポーター:MFS(major facilitator superfamily)輸送体は、アミノ酸など低分子を輸送するもの。
 
 話は戻って、他の箇所、特に、色素顆粒の遺伝子を眺めていると、遺伝子によっていろいろな眼の色のパターンが示されており、クワガタやカブトのピンクアイやオレンジアイなどについては、これら色素顆粒の遺伝子が関与しているのかも知れない。
 
 ただし、これらの知見はあくまでもショウジョウバエのものであるため、甲虫類のカラーアイの遺伝子については、今後の研究に期待したい。
 
 次に、オモクローム系色素について、より具体的な内容を。
 
 化学構造式として、キサントマチンと、オミンの一例としてオマチンAを示した。
 
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図7
 
 キサントマチンは、酸化型と還元型があり、酸化型が黄色、還元型が赤色である。オミン系は濃い紫色が多いようである。
 
 そのため、クワガタなどの黒眼は、オミンの色素によるものであると推定される。
 
 また、ついでにプテリジンの構造についても掲載しておく。
 
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図8 
 
 なお、この構造はプテリジン系色素の母骨格であり、ここから炭素鎖などが伸びている。
 
 次に、この色素顆粒は、眼の組織のどこにあるのか?
 
 それを図示したものがこれ。複眼の中の一つの眼(個眼)の図であり、上の方が角膜である。
 
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図9 
 
 これは、私の教科書の「昆虫の生物学」からの情報。
 
 色素顆粒は色素細胞内にあり、眼の組織の中で色素細胞は、cdである。
 
 さて長かったが、ここまでがレッドアイの前置きになるかも知れない。
 
 もう一度、オモクローム系色素の合成経路に戻る。
 
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図10 
 
 次に、色素顆粒に入る前までの3-ヒドロキシキヌレニンまでの中間体などの構造はこんな感じ。
 
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図11 
 
 ここで、3-ヒドロキシキヌレニンの構造と、オミンAの構造を見比べると、あることに気付くかも知れない。
 
 それは、オミンAは、赤字で元素を示した“S”(硫黄)があるものの、色素中間体の3-ヒドロキシキヌレニンにはそれがない。
 
 このオミンの合成についての研究は、カイコを題材として、別のトランスポーターが関与していることが最近分かった。
 
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図12 
 
 オミンの硫黄元素の供給は、赤卵遺伝子(re)産物のトランスポーターにより、色素顆粒にシステインおよびメチオニンが取り込まれ、それを用いて、オミンが合成されているようだ。
 
 なお、このシステインおよびメチオニン由来の硫黄が必要であることは、放射同位体でラベルした硫黄化合物の色素の取り込み実験から確認されている。
 
 この赤卵遺伝子が働かない状態、すなわち、上図の右の状況だと、システインやメチオニンが色素顆粒に取り込まれず、結果としてオミンが合成されず、このカイコの眼は赤色となる仕組みとなっている。
 
 なお、システインとメチオニンの構造式はこんな感じ。
 
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図13 
 
 さらに、このカイコの赤卵遺伝子(re)の遺伝子配列の結果を踏まえ、ショウジョウバエの遺伝子と比較すると、もともと赤眼であるショウジョウバエは、この赤卵遺伝子に相当する遺伝子が欠損していることも分かった。
 
 要するに、ショウジョウバエはオミンを合成できないため、キサントマチンやプテリジンの色素により、赤眼になっていたと言うことになる。
 
 クワガタやカブトに関しても、レッドアイの個体の遺伝子としては、この赤卵遺伝子に相当する遺伝子の障害によって、オミンが合成できず、(キサントマチンもしくはプテリジンによって)赤眼になっている可能性がある。
 
 ちなみに、カイコの赤卵遺伝子(re)の命名は、その名のとおり、卵の色が赤色(red egg)となることから由来しており、カイコの卵と眼が赤くなる劣性変異体が着目され、研究題材となっていた。
 
 余談であるが、眼以外も含め最新の研究によると、従来では「オモクローム遺伝子と言えば、whiteとscarlet」と考えられてきた図式は、必ずしも普遍的ではない可能性も出てきており、研究としては未知の領域はまだまだあるようだ。
 
参考文献
松香光夫ら著、昆虫の生物学[第二版]、玉川大学出版部