報文紹介「ヒラタクワガタ幼虫による窒素固定について」

 今回紹介する報文は、先日、国立国会図書館に複写依頼して、最新号のため拒絶されてしまったが、とある筋が入手できた。
 
 窒素固定とは、空気中の(無機)窒素(N2)を利用して、有機窒素態に変換することであり、この話題は、今までにも何度か取り上げていた。
 
 植物ではマメ科のものが有名であるが、昆虫類ではシロアリ、材食性ゴキブリ、キクイムシなどでも、その機能があるようだ。
 
 これらは、空中窒素固定微生物と共生していることが調べられている。
 
 そこで今回紹介する報文は、下記のもの。
 
   題名:ヒラタクワガタ(Dorcus titanus pilifer )幼虫発育による飼育材中の窒素・炭素量の変化
   著者:藏之内利和、望月淳、鈴木一隆、小島啓史、五箇公一
   雑誌:昆蟲、14(4)、pp.276-280
   年代:2011年
 
 なお、今回は記載スタイルを今までのものとは変更する。
 
 従来では著者の記載した報文の内容を私なりに纏めて紹介していたが、今回は著者の生データには重点を置き、報文の結果、考察は参考程度に留め、アカモビの目線で結果・考察を纏めることにした。
 
 そのため、オリジナルの内容には書かれていない解析もしたりしてみた。
 
 このようにしないと、今回の紹介内容の論点が無意味にあちこちに飛んでしまい、本質的ではないような余計なところで文字数が増えてしまうための苦肉の策である。
 
 このオリジナルの論文が手に入るようだと、私の内容と比較して眺めると面白いかも知れない。
 
 さて、今まではクワガタ幼虫の窒素固定能の研究については、間接的な結果に留まっていた。
 
 すなわち、①廃マットを袋に入れ、袋が萎むことに伴い、空気中で大半を占める窒素が減少していることを確認してみたり、また、②窒素固定する過程で空気中の窒素が還元される働きに注目して、窒素還元能の間接的な検証手法であるアセチレン(CH≡CH)の還元活性(エチレンに変換)をガスクロマトグラフィで測定することにより、窒素還元能を推測したりしていた。
 
 そこで、この研究の目的は、窒素固定現象を直接的な手法で確認するために、マット全体の窒素量が増加することを実測により検証しようとするものである。
 
 
【試験系】
・飼育用マットとヒラタクワガタの幼虫を用意し、飼育前後のマットの窒素量と炭素量を窒素炭素分析装置(N/Cアナライザ)で測定した。
 
・同じく、飼育したヒラタクワガタの生体についても、同様の装置で測定した。
 
・飼育期間としては、1~2令の幼虫をマットに投入し、成虫になるまで。
 
・測定の前処理としては、マットやヒラタを一度乾燥させ、含水率を測定し、また一定重量の乾燥サンプルをホモジナイザーで細粉化し、均一の状態にした上で、装置で測定する。
 
・そこで、マットとヒラタのそれぞれの結果から解析して、試験系(マットとヒラタ生体を含む)の窒素含量、炭素含量やその比(C/N比)などを計算した。
 
・なお、飼育開始の幼虫は、乾燥させると当然ながら死亡するため、別途、幼虫を用意し、その含水率を測定すると共に、虫の一般的な窒素含有率(10%)、炭素含有率(60%)から、飼育前の幼虫の窒素含量と炭素含量を推測し、物質収支に反映させている。
 
 
【結果】
 
①窒素について
 
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 一番右の増加率について違いが見られたため、念のため有意差検定を行ってみた。
 
 飼育区と無飼育区の増加率が、それぞれ当分散していると仮定し、これらの増加率に対し2標本t検定を行うと、「有意差あり」となった。
 
 したがい、飼育区は無飼育区と比べ、統計学的に窒素量が増加したことが証明された。
 
 また、飼育前後の重量変動について有意差検定を行うと、飼育区の窒素量は飼育後では有意に増加し、無飼育区の窒素量は、飼育前後で有意な変動は認められなかった。
 
②炭素について
 
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 ①と同様に、2種の増加率に対し2標本t検定を行うと、「有意差なし」となった。
 
 ただし、飼育前後では、何れの試験区も炭素は顕著に減少している。
 
 これは、マット中の微生物が、クワガタ飼育期間中にも活動しており、その結果、
CO2などになって炭素がそれぞれ減少したものと容易に推測される。
 
 
 以上のことから、飼育期間中には、飼育区においては、ヒラタクワガタによる窒素固定により、飼育前よりも窒素量が増加し、炭素については飼育の有無に関わらず、減少することが明らかになった。
 
 飼育においては、居食い状態で幼虫が大きく育つのは、その居場所の周辺環境で窒素固定が起こり、通常よりも、より栄養が高い(窒素分が多い)状態になり、それを餌として食べているからではないかと推測される。
 
 この窒素固定の研究の今後の方向性に関しては、幼虫の(腸内に寄生・共生する)窒素固定微生物によるものなのか、またその微生物はどんなものなのか、そして菌嚢(マイカンギア)によって、親から子へ伝播するものであるのかについてなど、興味がそそられる。
 
 とこんな感じが、この報文の骨格部分であると考えられる。
 
 
 次は、上では敢えて取り上げていなかったデータを示す。
 
 それは、炭素量を窒素量で割った値(C(炭素量)/N(窒素量)比)について説明する。
 
C/N比について
 
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 この結果から、飼育前後のおいては、飼育の有無に関わらず、C/N比が低下している。
 
 また、一見すると差(収支)は、飼育区と無飼育区では違いが見られる。
 
 しかし、この差(収支)を上と同様に、2標本t検定を行ってみると、有意差は認められなかった。
 
 そのためであろうか、オリジナルの内容でも、これについてはあっさりとした表現になっている。
 
 しかし、データの表の構成としては、一番目立つ場所に掲載されている。
 
 では、これは本当に「有意差なし」となるのであろうか?
 
 こうなった原因を推測してみると、無飼育区の反復数が2(飼育区は8)と小さすぎるためではないかと思われる。
 
 仮に、反復数を2から8に変更し、無飼育区の平均値や標準偏差の値をそのままにして、有意差検定を行うと、「有意差あり」の結果となる。
 
 要するに、無飼育区のN=2と少なくしたため、(統計学的にも検出力が低くなり、)C/N比の結果が中途半端なものとなり、その結果、踏み込んだ説明・考察ができなかったのであろう。
 
 このC/N比が報文のポイントであるならば、試験計画の設計段階からのミスと思わざるを得ないし、そうでないなら、C/N比の結果を目立つように記載させる必要はない。
 
(追記(2011.12.30):すたくれさんの指摘で判明。C/N比の数値が低い方が無飼育区なので、有意差が出ると、そもそも論文の結果に矛盾が生じてしまう。したがい、この結果を考慮すると、窒素固定自体が怪しまれる結果となってしまう。)
 
【余談】
 
 この報文を読んで、最も興味を惹いた点は、今まで説明した内容ではなく、引用文献として取り上げられている下記の発表内容であった。
 
藏之内利和、五箇公一、中村卓司、小島啓史、(2006)、クワガタ幼虫の成育環境における窒素含量の変動とその意義、第50回日本応用動物昆虫学会大会講演要旨:10
 
 この講演に関する知見としては、「窒素含有率の高いマットで飼育したヒラタクワガタ、コクワガタ、オオクワガタの幼虫を飼育した場合にでは、本実験で確認されたような幼虫の飼育に伴うマットの窒素含有率の上昇が見られない事例が観察されている」と書いてあった。
 
 この要旨を入手して内容を確認してはみたが、本質的なことは何も書かれていないので、引用文献としては、「講演要旨」ではなく、「講演発表内容」ではないかと思ってしまった。
 
 さて、このようなC/N比に関わる現象は、土壌の栄養について勉強されている方はご存知のことであろうが、C/N比が20を境に、窒素の受け渡しの機構が変わってくる。
 
 すなわち、20を越えたものについては、有機分を分解しながら、窒素固定を行い、C/N比が下がるように働き、逆に20を下回ったものについては、窒素分を無機化して大気中に放出して、C/N比を増加させる機能が働いていると言われている。
 
 学会講演で用いた試験系は不明であるが、恐らく、C/N比が20未満となるようなマットを利用して飼育したために、窒素固定が機能しなかったのではないだろうか。
 
 なお、通常の幼虫の腸内環境は、C/N比が20を越えていることが想像されるので、窒素が増えなかった環境で飼育した幼虫の成長具合がどうなったのか気になる。
 
 恐らく、添加剤を大過剰に加えた高栄養マットで飼育しており、幼虫腸内の微生物叢が通常と異なり、ひいては発育にも影響を与えられた可能性も考えられる。
 
 そのため、この講演内容については、論文として公表してもらいたいと思っている。
 
 この報文は、突っ込みどころが満載であったが、文字数の関係上、これまでとする。
 
【関連記事】
・報文紹介「クワガタ幼虫の窒素固定」
 
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 本日のマンホールは、大阪府島本町。
 皆様からのご提供画像が溜まっているものの、これは、アカモビ提供のものである。
 
 マンホールはこれら。
 
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地元水無瀬川にホタルの光とヤマブキ(町の花)とクスノキ(町の木)
 
イメージ 2 イメージ 3
汚水マンホールには珍しく四角のもので、かつカラー版)  
 
 これらのマンホールも、マンホールギャラリーのブログ(下記リンク)に追加させて頂きます。
 
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