報文紹介「幼若ホルモンの作用機構」

 
 ブログを再開していいものやら判断が難しいが、私のいろんなテーマのうち、勉強ネタや実験ネタについては先行して再開させて頂く。そして、その第一弾として、幼若ホルモンに関する報文の紹介をさせて頂く。
 
 
 
 ここ最近の報文紹介では、脱皮ホルモンや変態のメカニズムについて紹介してきた。
 それは、クワガタを飼育するに当たって、このホルモンの働きを把握しておくと、何かの役に立つかも知れないとの発想からである。
 
 しかし、この流れの中で重要なホルモンである幼若ホルモンに焦点を当てた紹介をまだしていなかった。
 そこで、今回はこの幼若ホルモンについて紹介する。
 
 幼若ホルモンが関与する生理現象としては、胚発生、脱皮・変態、性成熟、休眠、相変異、カースト分化、寿命などが古くから知られている。クワガタ飼育で最も関係するのは、脱皮・変態のところであろう。
 
 さて、本題に入る前に、脱皮ホルモンと幼若ホルモンの関係を、以前の使用した図を用いておさらいする。
 
 
 昆虫の加齢や羽化などの変態には、脱皮ホルモンと幼若ホルモンが関係している。この関係が下の図である。
 
イメージ 1
 
 血液中に幼若ホルモン(JH)が存在する状態で脱皮ホルモンが作用すると幼虫脱皮が繰り返され、JHの非存在下で脱皮ホルモンが作用すると、幼虫から蛹への変態が誘導される。
 要するに、JHは幼虫脱皮を繰り返させる現状維持の機能を担っている。
 
 
 おさらいは、ここまでとさせて頂く。
 
 そこで今回紹介する総説は、下のものである。
 
2004年のものなので、やや古い情報かも知れない。
 
    題名:幼若ホルモンの分子的作用機構―特に脱皮・変態の制御について―
    著者:神村学
    雑誌:日本応用動物昆虫学会誌(応動昆)
    年代:2004
 
 
 幼若ホルモン(以下、JH(= juvenile hormone)と略す)は、重要なホルモンにも関わらず、研究はあまり進んでいない。
 また、組織・細胞特異的な作用が多く、他の試験系では追試ができないこともある。
 そのため、ここで書かれたことは、全ての昆虫もしくは組織に共通したことではないことは認識する必要がある。
 
 JHは、今までにその作用が確認されているのは、下の構造のものである。
 
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 これらJHは昆虫ならびに甲殻類から、その存在が知られている。昆虫では頭部にアラタ体で主に作られ、血中に分泌される。
 
 JHⅢは昆虫で最も一般的に見られるJHであり、JH 0、JHⅠ、4-methyl-JHⅠは主として鱗肢目、JHⅢ-bisepoxideはジョウジョウバエなどの高等双肢目、ファルネセン酸メチルエステル(Methyl farnesoate : MF)はゴキブリで報告されている。他にも、JHの機能を有する化合物が研究により増えつつある。
 
 幼若ホルモンは、脱皮ホルモン働きを調整するかのような挙動をすることより、まずは脱皮ホルモンの働きを説明する。これについては、以前には詳しく説明したので、必要に応じて(http://blogs.yahoo.co.jp/kotaro168/1443504.html)を参照頂きたい。
 
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 脱皮ホルモンは、血液を通じて標的細胞の核に到達し、脱皮ホルモン受容体(EcR)と結合する。
 この複合体は、標的となる遺伝子のプロモーター上にある脱皮ホルモン応答配列に結合してその遺伝子の点を誘導する。
 この複合体により、直接転写を誘導される遺伝子は初期遺伝子と呼ばれている。
 この初期遺伝子には、構造遺伝子とともに数種の転写因子が含まれており、これらの転写因子が更に多数の遺伝子の転写を誘導する。
 これが後期遺伝子と呼ばれる。後期遺伝子と呼ばれるこうした遺伝子がコードするタンパク質が、実際に様々な生理機能を担っている。
 
 このように、脱皮ホルモンは受容体タンパク質と結合した後、少数の初期遺伝子を介して多数の後期遺伝子群の転写を段階的に誘導し、脱皮ホルモンの効果を増強すると同時に、他の様々な因子との相互作用の機会を増やすことによって、複雑な時期特異的、組織特異的反応を制御すると考えられている。
 
 留意する点としては、この転写に対する作用は、誘導するものだけなく、抑制するものもある。
 
JHは、脱皮ホルモンによって活性化される転写因子に対して、下のように活性化するものと、抑制するものがある。
 
イメージ 4
 
 BR-Cに対しては挙動が複雑である。幼虫期にはJHはBR-Cに対して抑制的に働くものの、蛹期では促進的に働く。
 
 このように、JHは脱皮ホルモンによる誘導に対して、複雑に調整しているようである。
 
 さて、この3種の転写因子の機能を持つ遺伝子産物(BR-C、E74、E75)について、以下で簡単に説明することにする。なお、これらは以前、ブログで脱皮ホルモンで紹介した際にも登場したものである。
 
 
● BR-C
 BR-C(Broad complex)は、終令幼虫後期に特異的に発現し、この遺伝子を欠損した幼虫は正常に蛹化せずに死亡するため、蛹化に必要な遺伝子セットの発現を選択的に誘導している可能性が考えられている。
 
 ショウジョウバエの実験では、終前令である2令幼虫の皮膚に、このBR-Cを強制的に発現した場合には、幼虫脱皮に向けて発現するはずの幼虫クチクラタンパク質遺伝子の発現が抑制された。
 
 その代わりに、蛹クチクラタンパク質遺伝子(Edg78E)の発現が誘導された。このクチクラとは、英語ではcuticla ( = cuticle )で表され、日本語ではキューティクルと訳した方がイメージが湧くのではないだろうか。要するに、外骨格に必要なタンパク質のことである。
 
 また、蛹の皮膚にBR-Cを強制発現した場合には、羽化に向けて発現するはずの成虫クチクラタンパク質(ACP65A)の発現が抑えられ、蛹のクチクラ遺伝子Edg78Eの発現が誘導される。
 
 同様のことが、タバコススメガの真皮細胞やカイコの前部絹糸腺でも確認されている。
 
(雑感)
 体の外骨格はもちろんのこと、大あごや角もキチンで構成されたクチクラにより形成されている。そのため、このBR-Cの挙動は、クワガタのサイズや形に影響を及ぼすように思われる。
 ただし、幼若ホルモン(JH)は組織・時期特異的であるため、それぞれの原基がどのようにJHとBR-Cとが関係しているかがポイントになるだろう。
 個人的には、JHの持つ現状維持機能により、原基の成長期間を延長させる可能性の有無に非常に関心がある。また、BR-Cも何かしらの大あご原基の伸張に関与しているのではと思っている。
 
 
● E74
 E74は、キイロショウジョウバエの唾液腺の培養細胞に結果、囲蛹殻形成期ではJHの影響を受けないものの、前蛹後期はJH濃度依存的に抑制を受けるようだ。
 
E74の発現と蛹へのコミットメント[JHの感受性(濃度的抑制機構)を失い、JHの有無に関係なく、自律的に脱皮ホルモン刺激により蛹化が誘導されるようになること]の誘導時期とよく一致することから、その関連性が推測されている。
 
 
      E75
 E75はキイロショウジョウバエやタバコススメガのほか、数種の双翅目昆虫と鱗翅目昆虫からDNAが確認されている。
 これはJHのみでは誘導が起こらず、脱皮ホルモンによる発現誘導を増強するようである。
 この因子は、クワガタ飼育には直接関係なさそうなので、説明はこの程度で省略させて頂く。
 
 
上記以外のトピック
 
・性成熟
 JHは成虫の性成熟に関係している。
 雌はJHにより複雑なコントロールを受け、ビテロジェニンや卵黄形成タンパク質の発現に関連している。
 
JH受容体
 JHの生理作用が多岐にわたり、また作用機構も様々であることから、JHが複数の受容体およびシグナル伝達経路を持っていることが、以前から予想されていた。
 その候補としては、USPやMET(= Methoprene-tolerant)が挙がっている。しかし、受容体を示唆する結果と、そうでない結果があり、これらがJH受容体であるかは確定していない。
 
 
 以上のとおり、幼若ホルモンの説明をした。
 幼若ホルモンは、他の因子と密接に関連しており、幼若ホルモンだけに注目しても、クワガタ飼育には役に立たない。
 
 そこで、脱皮ホルモンや幼若ホルモンに関連する転写因子あるいは構造遺伝子について、理解を深め、何が直接的なポイントになるかをじっくりと把握する必要がある。
 また、蛹のクチクラ遺伝子は、体の形および、大あごや角の伸張に何か関連がありそうな気がしており、幼若ホルモンやBR-Cが気に掛かっている。
 しかし、これらも、他の因子に影響を与えているので、それらの連鎖反応に注目しつつ、飼育するために、何を押さえなければいけないか見極める必要がある。
 
【関連報文シリーズ】
・「幼虫から蛹に変化するときに生じる体内動態」()(