報文紹介「幼虫から蛹に変化するときに生じる体内動態」(下)

この報文のテーマは、幼虫の組織の崩壊と成虫の組織の構築が同時進行する話である。
 
 (上)では、そのテーマの中で、主に貯蔵タンパク質(アリルフォリン)の流れに関する内容が主なポイントであった。
 その紹介において、皆さんの反応は難しいとの反応があった。改めて図を見ると、確かに不正確なところがあったため、(上)の2つめ以降の図はさらに手を加えてみた(2/23夜に修正)。これで難しさについて改善したことを願うばかりである。
 
 そして、報文紹介の(上)の続きとして、(下)を紹介させて頂く。
 
 なお、繰り返しになるが、今回紹介する報文は、下のものであり、ネットで検索するとオリジナルは入手可能である。
 
 
   題名:昆虫の変態と組織の再編成
   著者:名取俊二
   雑誌:蛋白質核酸酵素、Vol.44、No.14、pp.2041-2048
   年代:1999年
 
 (下)は、(上)とは異なり、完全に各章が独立した3つの話である。一つめは、成虫原基が成虫組織となるために必須な化合物について、二つめは、幼虫から成虫への変態に伴う中腸の変化について、三つめは、同じく幼虫から成虫への変態に伴う中枢神経系の変化について、である。
 
 では、それぞれを紹介することとする。
 
 
 
Ⅳ.成虫原基の分化に必要なカテプシンL
 
 (上)で登場したカテプシンは、カテプシンBだけではなく、カテプシンLもある。名前が途中まで同じであるが、しかし、機能は全く異なる。全く別ものと考えた方はすっきりするであろう。
 
 ここで取り上げるカテプシンLは、成虫の原基(器官の基となる細胞群)を分化させる働きがある。
 
 成虫の原基の分化段階としては、三つあり、それらは翻転期(eversion)、伸長期(elongation)、剥離期(apolysis)であり、顕微鏡で識別できるようだ。
 
 それぞれの分化の過程については、私は勉強不足でよく分からないが、英語の意味は、eversionは“裏返しにすること”、elongationは“延長、伸長”、apolysisは“古い皮が離れる状態”である。これで少しはイメージが膨らんだであろうか。
 
 さて、それぞれの分化にこのカテプシンLが効果を示した結果は下の図となる。
 
イメージ 1
 
 図の見方としては、原基から出発して、下に下りるほど、分化が進行していることになる。つまり、出発した原基がどの段階まで進んだかの数が表示されている。
 
 例えば、原基の数と剥離期の数が一致すれば、全ての原基が剥離期まで分化したことを意味し、下に一つ下りるときに数値が減少しておれば、その差は一つ先に分化が起こらなかった原基の数を意味するといった具合だ。
 
 対照の試験区は、単にカテプシンLを添加したものであり、80個の原基のうち、60個が剥離期まで分化が進行したことになる。
 
 その右横の抗カテプシンL抗体の試験区は、カテプシンLの添加の他に、カテプシンL抗体添加により、カテプシンLの働きをブロックした効果を見たものであり、抗体の濃度が高いほど、分化が著しく阻害されていることが分かる。
 
 さらにその右横の正常抗体の試験区は、カテプシンLの添加の他に、カテプシンLとは関係のない(ブロックしない)抗体を加えたものであり、対照と似たレベルで分化が進んだ。
 
 このカテプシンLは、細胞内で合成されると、通常はリソソームに輸送される。しかし、脱皮ホルモンが働くと輸送の方向が変わり、細胞外に分泌されるようであり、カテプシンLの流れは、脱皮ホルモンが関係しているようだ。
 
 また、カテプシンLが成虫原基の基底膜にある特定のタンパク質を消化すると、成虫原基が伸長するようだ。
 
(雑感)
 飼育者としては、幼若ホルモンばかりに着目されているような気がするが、このカテプシンLも面白い存在ではないだろうか。体長のサイズを伸ばす観点では、伸長期が重要な時期であるため、この伸長期をうまく制御できるかが、一つのポイントになるであろう。
 
 
 
Ⅴ.幼虫の中腸崩壊に仕組み
 
 次は中腸の話。
 
 幼虫の中腸は、他の組織と同様に、蛹の時期に崩壊と構築が同時進行する。そのときには、幼虫の中腸を包み込むような形で黄色体(yellow body)といった組織が形成され、この黄色体の中で閉じ込められた幼虫の中腸が崩壊し、次に黄色体が伸長し、成虫の中腸となるようだ。
 
 さて、この研究過程で新たなタンパク質が発見された。それは、蛹化後3~5日の間に一過性で黄色体特異的に発現しているようだ。それはプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)作用を有するとともに、抗菌活性が認められた。なお、作用部位としては、プロテアーゼと抗菌では、別の部位であることが判明している。
 
 こういったことから、このタンパク質は、蛹の時期に幼虫の中腸を崩壊させる機能と、幼虫の腸内細菌を殺菌する機能の二つを併せ持った働きがあると考えられた。
 
(雑感)
 クワガタを想定すると、幼虫と成虫では食べ物が違うので、このようにして、幼虫の腸内細菌は淘汰されているのだと漠然に思った。
 
 なお、これに関する参考文献の孫引きをすると、この新たに発見されたタンパク質の抗菌活性は、グラム陽性菌に抗菌効果があり、大腸菌(E.coli )やCandida 属には効果が弱いことが分かっている。
 
 これを拡大解釈すると、グラム陰性菌や真菌(酵母、カビ、きのこ)に対しては、このタンパク質は抗菌活性が弱い可能性が推測される。
 
 そこで私は、大胆に、ある仮説を考えてみた。それは、クワガタの菌嚢中のバクテリアについてである。
 
 菌嚢(マイカンギア)は、クワガタの親から子へのバクテリアの受け渡しの機能があり、そこには酵母が存在する報文をすでに紹介した(http://blogs.yahoo.co.jp/kotaro168/1067393.html)。
 
 そして、私の仮説としては、クワガタにも同様の作用を有する抗菌タンパク質を持っていると考えると、幼虫の中腸が崩壊する過程において、腸内細菌の一部(主にグラム陽性菌)は殺菌されるものの、酵母などの真菌は生き長らえられ、菌嚢形成とともに、その酵母が菌嚢の中に逃げ込んだように混入したのではないかと考えると、面白いではないか? 
 
 そうでも考えなければ、人工蛹室で羽化した雌の菌嚢には、バクテリアが入らないのではと思っている。まあ、昆虫素人の単なるたわごとであるが。
 
 
 
Ⅵ.中枢神経系の再編成は脱皮ホルモンが引き金を!
 
 中枢神経も当然ながら、幼虫から成虫への過程で変化する。これには、脱皮ホルモンが関係している。細胞を用いた試験では、幼虫の中枢神経系を2日間、脱皮ホルモンとともに培養すると、蛹化初期に起こる脳の変化と同じことが起こった。
 
 この現象は、面白いことに、脱皮ホルモンの濃度が、1µ mol/Lで最適であり、これよりも高くても低くても、中枢神経系の変化が認められなくなる。
 また、この濃度は1時間曝露されただけで充分であり、10分曝露だけでも変化の誘導が認められた。
 そして、一過的にこの濃度に曝露されれば、以後は自律的に誘導が起こるようだ。脱皮ホルモンの濃度が引き金を引くとは面白い話である。
 
 これにより、幼虫の神経細胞は死に、成虫の神経細胞が分化・発生するようだ。
 
(雑感)
 神経系までもが変態するとは、非常に神秘的である。
 また、脱皮ホルモン一つ取り上げてみても、(上)や(下)の部で随所に登場する。
 ホルモンの働きは、非常に多岐に渡っていることが再認識された。
 
 したがい、ホルモン操作でよからぬことを企もうとしても、あらゆるところに影響が及ぶであろうことを実感した。
 
 
 
 
 以上でこの報文の紹介は終了である。体内のタンパク質の利用や、菌嚢についてなど、私としては非常に考えさせられる内容であった。
 
 
 
 しかし、このようなことを勉強しても、やはり私の飼育方法は、気まま流で変わらないのであった。
 
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