報文紹介「クワガタムシに菌嚢を発見-そこにはキシロース発酵能を有する酵母」

小島氏の本「クワガタムシ飼育のスーパーテクニック」では、母虫から卵へバクテリアの受け渡しの可能性が述べられていた。ここで挙げた報文は、それを証明したものである。以前、私が電子辞書を購入する基準として、“mycangium”がヒットするかを考慮していたことを書いた。このmycangium(複数形 mycangia)が表題にある菌嚢(マイカンギア)であり、その器官で、母虫がバクテリアを貯め込み、産卵時にはそこからバクテリアを提供するものである。その報文が下のもので、去年発表された。
 
  
Title : Discovery of mycangia and the associated xylose-fermenting yeasts in stag beetles (Coleoptera: Lucanidae).
  
Author : Tanahashi M., Kubota K., Matsushita N. and Togashi K.
  
Journal : Naturwissenschaften, Vol. 97, pp.311-317
  
Year : 2010
 
 例によって、私のルールでは原則として孫引きはしないので、報文に書いてあったことを肉付けせず、纏めることにする。
 
 クワガタ22種類を被検体として、菌嚢の有無を確認したところ、全てにおいて、雌は菌嚢を有し、雄には存在しなかった。また、類縁種として、クロツヤムシ、センチコガネ、コガネムシには、菌嚢は雌雄ともなかったようだ。その結果が下の表である。
 
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 また、菌嚢に存在するバクテリアとして、酵母が5種類単離された(単離された宿主は、コクワ、スジクワ、サキシマヒラタ、ヤエヤマノコ、オニクワ)。その酵母に、キシロース資化能を有するか確認するために、YNB(Yeast nitrogen base, Difco)に0.5%のD-xyloseを加えた培地で培養したところ、これら5株とも増殖が認められた。また対照の出芽酵母(S.cerevisiae X2180-1A )は増殖しないことを別途、確認している。
 
 また、rDNAによる遺伝子解析の結果、xylose分解能を持つPichia 属の酵母と類似していた。
 酵母の同定には、糖の分解能を検査する項目があり、このxyloseも検査対象物質である。したがい、菌嚢から単離された酵母は、Pichia 属もしくは、極めて近い類縁種であると考えられる。
 
 このxyloseは5炭糖の構造を有し、glucoseなどの6炭糖と比較すると分解されにくい。また、白色腐朽菌によって腐朽された木は、主にヘミセルロースおよびセルロースが主成分となるが、このヘミセルロースの主な構成成分がxyloseである。そのため、母虫から受け継がれたxylose分解酵母がxyloseを分解して増殖し、その菌体をクワガタの幼虫が栄養源にしている可能性が示唆される。
 
【つぶやき】
 xyloseは、以前、カブトムシの腸内細菌において、xylose分解能を有する微生物が単離されていることをブログで紹介した。なぜ、xylose分解菌ばかりが脚光を浴びることになのかは不明であるが、共通点があって面白い。
 
 腐朽木には、ヘミセルロースだけではなく、セルロースも存在するにも関わらず、なぜセルロース分解菌が単離されないのだろうか? 生存競争においても、このセルロースを利用できる方が明らかに有利だと思える。
 
 また、素朴な疑問も生じてしまう。母虫はいつ菌嚢にバクテリアを貯め込むのであろうか?
 幼虫から成虫になる際には、幼虫の腸内のバクテリアは体外へ排除されると思われるので、羽化後、菌嚢へはバクテリアが受動的に侵入するものと思われる。だとしたら、人工踊室で羽化させた場合、羽化現場に豊富にあるバクテリア群とは接することはない。この場合には、菌嚢には卵へ受け継ぐはずのバクテリアは、譲渡できないのであろうか? この報文とは関係のないところで、新たな疑問が沸々と湧いてくる。