報文紹介「樹皮の抗菌活性比較」

 現在、アオダモの木がクワガタの飼育に適しているかの検証を実施中である。目的は、アオダモの木の有効利用ではなく、あくまでもクワガタ飼育に万能な木を探求している。その過程で、各樹種の木材中のリグニン含量を調べたところ、アオダモは比較的少なかったので、アオダモが検証材料となった。
 
 ところでチェックすべき項目は、リグニン含量だけではなく、他にもたくさんある。
 そこで、その一つとして、木が持つ抗菌活性があると考えている。クワガタの幼虫は、腸内に細菌を抱えており、その細菌をも餌にしているので、木材に抗菌活性があると成長に影響を及ぼすことであろう。
 そこで紹介するのは、木材の中でも樹皮に関する抗菌活性についての研究成果があり、次の報文である。
 
   題名:樹皮抽出物の抗菌活性
   著者:森満範,土肥修一,青山政和,兼俊明夫,林隆章
   雑誌:林産試場報,第8巻,第6号, pp.12-17
   年代:1994
 
 本来ならば、樹皮よりも木の心材の抗菌活性が知りたい。また、抗菌だけではなく、抗虫活性も知りたいところだ。しかし、なかなかいい報文が見当たらない。そのため、まずは豊富なデータが揃っている樹皮の情報から紹介するという訳である。
 
 この報文から読み取れるポイントを先に書くと、樹種としては、一般に癖がないと言われているブナは、樹皮の観点からも抗菌活性は低いことが分かった。また、現在、注目しているアオダモも同程度に低かった。さらに、最近着目し始めているシラカンバも良さそうだ。
 
 また、4種の木材腐朽菌を実験材料に用いており、木材腐朽菌の観点から、抗菌活性を比較するとカワラタケは2番目に抗菌成分に抵抗しているように見える。したがい、樹皮ではなく、心材に抗菌成分があったとしても、カワラタケならそれに耐え、さらに分解してくれることが期待できるかも知れない。
 
次にこの報文の背景、試験方法、結果を記す。
 
 
【背景】
 
 勿論ながら、この報文の研究の目的はクワガタ飼育ではない。樹皮から、抗菌活性の高いものを抽出するため、それに適した木はどれかを針葉樹と広葉樹の中から選抜することから始めている。
 その抗菌活性が最も高い木を選んだ後は、さらに有機溶媒で抽出して分離し、どの画分に活性が高いものがあるかを検討している。
 この結果としては、意外なことに針葉樹からではなく、広葉樹から、ホウノキの樹皮の抗菌活性が最も高かった。
 
 
【試験系】
 
 試験系としては、針葉樹や広葉樹の樹皮に有機溶媒のアセトンを加え、それぞれの抽出物を得る。その抽出物を減圧濃縮して、溶媒をエタノールに置換して、抽出エタノール液を得る。
 そこで、真菌類の培養用としてPDA(ポテトデキストロース寒天培地)に、抽出エタノール液を加え、抽出物が500mg/Lとなるようにして平板培地を作製する。そこに真菌を培養して、菌糸の成長度合いを観察する。比較対照として、抽出物未添加のものとの菌糸の成長度合いから、抽出物による阻害率を数値化して評価している。阻害率が高い程、抗菌活性があると見なされる。
 試験に供試された真菌は、植物病原菌7種と木材腐朽菌4種である。
 そこで、用いられた木材腐朽菌は下のものであり、始めに記載している略語が、下の方で抗菌活性の表として掲載している結果の略語に対応している。
 
   ①TP:Tyromyces palustris= Fomitopsis palustris (オオウズラタケ)
   ②CV:Coriolus Versicolor = Trametes versicolor (カワラタケ)
   ③PC:Pycnoporus coccineus (ヒイロタケ)
   ④SL:Serpula lacrymans (ナミダタケ)
 
木材腐朽菌の分類は難しいのか、よく学名が変化しており、過去の文献から、現在の分類に割り当てるには結構、苦労させられる。これらの木材腐朽菌の現在の分類を示すと、下の表のようになる。
 
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 なお、和名オオウズラタケは、いろんな種類のものがあるので、これは和名よりもラテン語の学名で識別した方が無難である。菌糸瓶で言うとオオヒラタケのように広い意味がある。
 
 
【結果】
 
 菌としては木材腐朽菌、また樹木としては広葉樹しか興味がないので、ここではこれらのデータの組み合わせのみを掲載する。それだけでも、すごい量のデータである。
 
 そして、この菌糸の成長阻害率、すなわち抗菌活性の結果は、半定量的な次の
5段階の表現方法が用いられている。+が増えるほど、抗菌活性が高いことを意味する。
 
-:0%,0 < + < 25%, 25 ≦ ++ < 50%, 50 ≦ +++ < 75%, 75 ≦ ++++ ≦100%
 
 なお、抗菌活性0%付近のデータは誤差もあるだろうから、“-”と“+”は抗菌活性がないもしくは少ないと見なすことにした。
 そして、この膨大な結果が下の表である。
 
 
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 【つぶやき】
 
 木材腐朽菌の抗菌物質に対する感受性は、結果全体を眺めると、丁度、表の左から右の順(略語としてTP→CV→PC→SLの順)で感受性が高い(阻害を受けやすい)ような気がする。また、植物病原菌の感受性は概ね、PCとSLの間くらいであった。
 
 また、樹木としては、広葉樹しか掲載しなかったが、針葉樹の樹皮抽出物は全体的には抗菌活性が高いものが多かったが、ヒノキは意外と低い結果であった。ヒノキは、心材中にヒノキチオールという抗菌活性の高い成分が含まれているため、樹皮には抗菌活性がそれほど必要がないということだろうか。
 
 この表の結果から、広葉樹で抗菌活性が低い樹種としては、ヤナギ科、カバノキ科、ブナ科、ニレ科、シナノキ科、エゴノキ科、モクセイ科であることが確認できた。これらの木がクワガタ飼育には有望そうである。
 
 ただし、この結果で注意すべき点としては、あくまでもこれは樹皮の抽出物の結果であり、本来は心材中の抽出物の抗菌活性の有無の方が重要であると考えられる。しかし、ここで紹介した結果は無意味とは思わない。材が腐朽する過程では、まずは樹皮からきのこ菌が侵入することが想定されるため、いい白色腐朽材となるためには、樹皮の抗菌活性を木材腐朽菌が打ち勝つ必要があると思われるからだ。
 
 さあ、このデータを皆さんはどのように解釈されるだろうか。