報文紹介「クワガタは菌食性か?」

 昨日のブログ「報文紹介-アセチレン還元法を用いた生物的窒素固定能の測定」の説明はクワガタ飼育に関してはマニアック過ぎた。説明も下手だったかも知れない。しかし、なぜここまで窒素固定に関する内容に拘るかには訳がある。それは、餌中の窒素量、すなわち餌中の蛋白質量が幼虫の成長に重要だからだ。そこで、それを明確に示している報文の説明をする。これによって、クワガタの幼虫の窒素固定の報文から、アセチレン還元法の一連のものがクワガタ飼育に関連しているのかが分かってもらえるのではと思う。紹介する報文は次のものだ
 
   Title : Are stag beetles fungivorous?
   Author : Tanahashi M., Matsushita N., and Togashi K.
   Journal : Journal of Insect Physiology, 55, pp.983-988
   Year : 2009
 
 この文献が読みづらい場合には、次の報文もある。
 
   題名:クワガタムシと菌類の関係:一方的な利用と共生
   著者:棚橋薫彦、久保田耕平
   雑誌:昆虫と自然, Vol.44, No.11, pp.5-7
   年代:2009
 
 他にも、これに関連する学会の要旨(「コクワガタ幼虫による腐朽材の利用と共生微生物」、「腐朽材の種類がコクワガタ幼虫の成長に及ぼす影響」、「コクワガタ幼虫による材内腐朽菌の利用とその生物検定法」)にも、断片的にその内容の一部やエッセンスが載っている。素朴な疑問として、上記二つの報文ではなぜ、co-authorが異なるのだろうか? まあ、そんなことは内容と関係ない。
 
 ここで本題に入る。
 この報文の実験系は、こんな感じだ。コクワガタの卵を取り出し、極力無菌化を努力し、そこで孵化した幼虫を試験に用いる。その幼虫は寒天で飼育される。そこに栄養源として、いろんなきのこの菌糸を加え、コクワガタの幼虫の成長を比較するといったものだ。結論を先に書くと、餌中の蛋白質の量が多いほど、幼虫の体重が増加する。また、腸内を無菌状態もしくは抗生物質で殺菌された幼虫でも、菌糸のみを餌として体重増加しているので、幼虫は木を食べる材食性ではなく、微生物を食べる菌食性ではないかと推測している(断定はしていない)。断定していない理由は、対照区として餌のない寒天でも、幼虫は体重増加しており、寒天も餌となっているので、菌食性と断定できないので、その結果が、タイトルに反映されていると私は思っている。
 
 まず試験に供試したきのこと、その菌糸のC(炭素)/N(窒素)比は次のとおりだ。
 
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  これらのきのこを餌として寒天培地に同量を入れて、14日後のコクワガタの幼虫の体重増加の結果が次だ。
 
 
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 これより、ヤケイロタケが最も体重増加があった。次の3種は増加量の違いはあるが、統計処理をすると有意差はなしとの結果であった。
 
 表と上図では窒素含量と幼虫増加に関係がありそうな結果であったため、その関係を図示したのが次だ。注釈を付けていないのは、PDから菌糸が調製されたものだ。
 
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 これにより、同じPDで調製した菌糸の場合には、窒素含量と成長速度が正比例しているような結果が出た。また、BL(ブナの丸太)は成長速度が低下した傾向が認められたのは、木の成分には材食者から守るための成分であるタンニン、フェノール性化学物質、アルカロイドなどの存在によるものと考察されている。
 
 そこで次に、最も成長速度が高かったヤケイロタケの餌量を変化させて、成長速度を比較した結果が次だ。
 
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 これから、菌糸量と成長速度には正の相関が認められた。この結果をどう解釈するかは読み手によって違うと思う。餌の量が多いと成長速度が増すと考えるか、投入した窒素量が多いと成長速度を増すと考えるかは自由だ。それを判断できる試験系ではない。
 
 またそれ以外の結果としては、図にはしていないが、餌に抗生物質を添加し、腸内細菌を殺菌した幼虫においても、体重増加を示したため、腸内細菌の助けを借りずとも幼虫が成長できることが確認できている。
 
 以上の結果は14日間の飼育結果であるが、その後に継続して飼育した結果もある。ヤケイロタケを餌として経過を見ると、4頭が21~34日後には2令幼虫となった。そのうちの1頭は6ヶ月後には3令幼虫にまでなった。ただし、そこからは成長がストップした。9ヶ月後には、この幼虫の体液や食べ残しの餌を確認したが、無菌状態だったようだ。9ヵ月後には死亡したのであろうか。
 
 この報文の結果から、クワガタ飼育者として解釈するのは、蛋白質が多いと幼虫は成長が速くなるという点のみではないかと思っている。ヤケイロタケの効果が嫌でも目に付く。しかし、今回の試験系は実際の飼育条件とは極端に異なったものであり、実際の菌糸瓶による飼育の場合には、幼虫が菌糸を食べると同時に、菌糸も再生している現象も起きている。したがって、過剰にヤケイロタケに反応すべきではないと思う。また、自然界ではコクワガタの幼虫が発見されないだろう褐色腐朽材でもコクワガタはそのきのこを餌とすることができるので、蛋白源であれば、白色腐朽菌でなくても構わないことが分かる。この結果から、皆さん、どのように飼育に活かすかは自由である。
 
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