私はミユキ。どこにでもいる普通のOL。
彼氏のサトルとはもう3年の付き合いになる。
先輩に誘われて嫌々参加したコンパ。それがサトルとの出会いだった。
「私…浮いてますよね?」
「大丈夫よ!今時は普通の子がモテる時代よ!」
そう力説する先輩の姿は全身気合いで満ちていた。
先輩の友人だというもう一人の女性。その姿も先輩同様だった。
なるほど、と思った。
私は彼女達の引き立て役。そう考えれば誘われた理由も納得できる。
居酒屋に着くと三人の男性が居た。
「それじゃ、今日の出会いに感謝して、乾杯!」
『かんぱ~い!』
先輩達は早速男性達との1対1の交流を深めている。
(私、やっぱり苦手だな…こういうの。)
私の相手をする人はハズレを引いたと思ってるんだろうな? と思いながら前を見ると、正面の男性は何か落ち着かない感じでソワソワしていた。
あれ?この人も…
私は勇気を出して話しかけた。
「はじめまして。」
「は、はじめまして!ごめんなさい。僕こういうの慣れてなくて…あ、あの、頑張って話します!」
やはりこの人も連れてこられたんだ。
「大丈夫ですよ。私も…苦手ですから(笑)」
「は、はい。ありがとうございます」
なんだかぎこちない返事。
でもそれが逆に私を安心させた。
「サトル~!ビール頼んどいて!」
「あ、私モスコミュール欲しい~」
「う、うん。わかった」
すっかり注文係にされてしまったサトルは、その後も急々と注文を繰り返していた。
私も空いたグラスや皿を片付けていた。
この方が気が楽だ。
私とサトルは目を合わせると互いに苦笑した。
「お疲れ~!じゃあ今日は解散って事で。後は各自で勝手に行動!」
男性の一人がそう言うと、4人はそれぞれ夜の街へと消えていった。
残された私とサトルは、どうしたものかと目を見合わせた。
「あの、今日はごちそうさまでした。」
「い、いえ! こちらこそ来てくれてありがとうございました。」
「これから…どうします?」
「あ…近くまで送りますよ!・・・と言っても電車ですけど…」
どこかへ誘われるだろうと思っていた私は正直面食らった。
(この人…ほんとに女性慣れしてないんだ。)
「大丈夫ですよ。私一人で帰れますから。」
「そ、そうですよね。ごめんなさい」
「そのかわり…携帯教えて貰ってもいいですか?」
自分でも不思議だった。
初めて会った男性に、しかも自分から番号を聞くなんて。
『僕ので良ければ』とサトルは名刺を差し出した。
その晩から、私達は毎晩のように電話で話をした。
互いの事や仕事の話。遊ぶ約束をし、一緒に出掛けたりもした。
そんな日が半年ほど続いたある日、映画を見た帰りの食事の席での事だった。
「僕と…付き合ってくれないか?」
「私…」
「駄目…かな?」
「私、もう付き合ってると思ってた(笑)」
「じゃあ…!」
「うん。よろしくお願いします」
「ありがとう!」
こうして私達は付き合い始めた。
付き合い始めてからもサトルはとても優しかった。
少しでも時間が出来れば逢いに来てくれた。
休みの日には様々な場所にも連れていってくれた。
実際女性との付き合いには慣れていないらしく、片手にはいつも情報誌を握りしめ、必死に探しながら私を案内してくれた。
そのどうも決まらない感じが私は大好きだった。
付き合いだして一年が過ぎた頃、サトルは突然こう告げた。
「実は…水商売をしようと思ってるんだ。」
私は耳を疑った。まさかサトルの口からそんな言葉を聞くなんて夢にも思わなかった。
「え?…なんで?」
「中学の時の同級生に誘われてさ…やってみようかなって。」
「だって…今の仕事は?」
「少し前に辞めた」
初耳だった。サトルは一月前に退職していた。
私には退職の事実よりも、それを隠されていた事の方がショックだった。
思わず涙が出そうになるのを私は必死で堪えた。
「黙ってて悪かったと思ってる。どうしても言い出せなくて…」
「辞めてしまったものは仕方ないわ。でも何で水商売なの? 他にも仕事はあるでしょ?」
「たまたま…たまたまなんだ。誘われたんだよ。」
「…わかったわ。貴方が決めた事なら私はもう何も言わないわ」
「ありがとう」
「でも…一つだけ約束して?」
「うん。」
「貴方は貴方のまま…そのまま変わらないでいてくれる?」
「約束するよ」
サトルは水商売の道へと足を踏み入れていった。
始めの頃こそ毎日電話をくれたが、少しずつ回数が減っていき、3日に一度。ついには週に一度程度になった。
それから二年経ち、ついに連絡は月に一度あるかないかになっていた。
しかもここ二ヶ月は全く連絡が来ない。
毎日のようにメールをしたが返信がない。
思い切って何度か連絡したが「忙しい」と言って切られてしまっていた。
「だから…約束したのに・・・」
私は二年間、サトルが思い直し昼間の仕事をしてくれる事を待ち続けた。
しかし、そろそろ限界が近付いていた。
「私達…もう駄目かも・・・」
突然電話が鳴りだした。
サトルからだ。
私は期待と不安を半々に電話に出た。
「…もしもし」
『もしもし?俺。久しぶり』
「…うん。」
サトルはいつの頃からか自分の事を【俺】と言うようになっていた。
「…どしたん?」
『うん。あのさ、今度の土曜って忙しい?』
「え?ううん暇だよ。」
いつ連絡が来ても良いように予定は出来る限り入れないようにしていた。
『そっか!んじゃさ、その日ウチの店来いよ』
「・・・店…。」
『うん。今俺店長やってんだよ。』
「…店、出したんだ?」
『出したってゆーか雇われだけどね。とりあえず土曜、また連絡するわ』
一体どういうつもりなのだろう。寄りに依って店に来いだなんて…
こうなったら最期の賭けに出るしかない。
私は「わかった」とだけ答え、電話を切った。
当日の夕方、サトルに電話をして店の場所を聞いた。
夜になり店の下に着いた。
ここに来るまでの間、私はずっと考えていた。
今日の何時間後かにその答えが出る。
サトルは忙しく中々会えない。
その時間を埋める為に私を呼んだのか…それとも・・・
これ以上は考えるのを辞めた。
サトルに電話をし、下に着いた事を告げると『すぐ降りて行く』と言われ電話を切られた。
しばらく待つとサトルがやってきた。
「久しぶり!よく来たね。」
「…久しぶりだね。」
「まぁいいや、とりあえずココに居ても仕方ないし店行こう。」
「…うん。」
仕方ない?久しぶりの時間を無駄な時間のように扱われてしまった。
まるで人が変わってしまったかのような彼の言葉は店に向かうエレベーターの中でも続いた。
「しかし…そのカッコ、めっちゃ普通だな」
「え?うん。だって私こーゆー服しか持ってないし…」
「近所に買い物行くんじゃないんだからさ。もっと綺麗なカッコしてきなよ。」
「でもこれ…サトルが良いねって言ってくれて買った服だよ…」
「そだっけ?まぁ今度もっと良い服を選んでやるよ。」
「・・・ありがとう」
貴方は心と一緒に想い出まで置き忘れて来てしまったの?
そう言いたい気持ちを堪えて店の中に入る。
店内に入ると既に何人か客が来ていた。
みんな派手で高そうな服を着ている。
確かにこの中に居ると私の服装は限りなく地味に写ることだろう。
「慣れてないし、隅の方が落ち着くだろ?」
そう言ってサトルは私をカウンターの隅に追いやった。
「今日は特別に5000円でいいからさ。楽しんでいきなよ」
特別…と言われても相場なんかわからない。
ただ、5000円が特別なら普段は信じられない値段なんだろうか? 凄く場違いな場所に来てしまったみたい。
「店内で彼女だとバレると色々面倒だから会話は選んでな?」
「え?・・・う、うん。」
理由はなんとなく判ってしまったが、あえて何も聞かなかった。
久しぶりなのもあって、私は色々と話をした。が、彼はソワソワしながら生返事をするだけ。
なんだか馬鹿にされた気分になり、私は話すのをやめた。
「ちょっと他の席も回ってくるから。まぁ適当に楽しんでてよ。」
「え?」
「仕方ないよ。だって俺は店長だし。それに席を順番に回るのがルールなんだよ」
私が黙るのを待ってましたと言わんばかりに彼は言い出し、私の前を離れていった。
他の席では楽しそうに話すのね? もう何もかもどうでもよくなった。
彼が戻ってきたのは2時間後。何かを思い出したように突然だった。
「おかえり。」
「だだいま。どう?楽しんでる?」
「・・・うん。」
「なら良かった。ところでさ…」
「ん?」
「そろそろ帰らないと電車なくなるんじゃない?」
なるほど、と思った。彼はどうやら私を帰らせたいらしい。
よくわからないが店のルールってヤツなのか、それとも…
とにかく私がこのまま店に居るのは彼にとって困る事なんだろう。わたしは少しゴネてみた。
「それは…そうだけど・・・でもまだ貴方と話したいし、タクシーなら・・・」
「勿体ないよ、タクシーなんて。また来れば良いんだからさ。今日は帰りなよ。」
やはりどうしても帰らせたいらしい。私だってもう限界。
私はは無言で金をカウンターの上に置き、そのまま店を出た。
彼が追い掛けてきた。今更何をしたいのだろう? 私は望み通りに帰るのに。
「待ってよ」
「忙しいんでしょ?お店戻っていいよ。私は一人で帰れるから。」
「下まで見送るよ」
「それもルール?」
「まぁ、ね。」
今ハッキリわかった。彼はただ単に私を客として店に迎え入れただけなんだ。
言葉を失いエレベーターに乗ると、彼も乗り込んできた。
「今日はありがとな。またおいでよ。」
「ねえ、ちょっと時間いい?」
このまま帰るのは何か悔しい。何か厭味の一つでも言ってやろうと思った。
「少し…だけなら。」
少しで良いからと言い、話を続けた。
「今の仕事を始める時に私が言った事…覚えてる?」
「覚えてるよ。俺が俺のまま変わらないなら…ってヤツだろ?」
「覚えて…たんだ。」
意外だった。覚えていたのにあの態度…驚いた。
「当たり前じゃん。ずっと覚えてるよ。」
「覚えてるんだ…。」
「何が言いたいの?俺マジ忙しいんだけど。」
彼は苛立ちを現にした。まるで私が悪者みたい。
「忙しい…か。じゃあもう1個だけ。」
「何?」
「サトルは…今でも変わってない?」
流石に効いたのか、彼は黙ってしまった。
それを見て少しだけスッキリしている私に気付いて自分でも驚いた。
長い時間で変わってしまったのは私も同じなんだね…
私は彼を、そして私自身を責めるように告げた。
「人は…変わって行くものだよね。貴方も…私も・・・」
その翌日、彼に別れを告げた・・・
~ 終 ~