休み時間。隣のクラスは次は体育だから、みんな体育館に行ってしまった。今までこんなチェックなんてしたこともなかったのに、気になってしまう。まるで買い物も一人で行けない幼い子供のようになってしまった。
 机の上に次の講義の教科書とノートを置いて俯いていた。八十庭高校は私服が認められているが、半数以上の学生が学校が決めた標準服を着て通っている。夜子も木葉もその一人だ。
 夜子の異変に少しずつ周りも気付き始めているが、誰も何も言わない。

 四年生校舎、廊下。ジャージの下のシャツに「トントン」と印字してある。その男はすれ違いざまに女子学生一人の意気を飛ばした。実験は月に一度くらいで行われる。容姿の美しい学生が選ばれる。ここでいう容姿とは顔立ちよりもむしろ動作のことだ。歩く姿でわかる。
 まだできる
 自分の中の、ある感覚の確認だ。男は姿勢を戻し、教室へ入り、いつもの窓際の席へと慎ましくおさまった。窓の外では何人かの学生が体育館へと向かっていく姿が見えた。
 次の講義の教科書を取り出そうと下を向くと、コトン、と眼鏡のレンズが片方落ちた。歪んでいるのか、下を向くとたまに落ちてしまう。レンズをフレームに戻し、そのまま机の端に置いた。高価なメーカー品のようだ。
 男は何故このようなことをするのか。炯眼をもろに受け、しばらく立ち止まっていた女子学生は何かを立て直すようにしてその場を去った。

 講義を受けながら、窓の外に見慣れない学生服の生徒が立っているのが見えた。こちらを見上げているようにも見える。九月初めのことである。薄暗い空からは雨が垂れていた。


 帰り道。

 夜子は今日も一人で帰ってきてしまった。いつまでこれは続くのだろう。もう誰にも迷惑はかけたくない。
 下を見て歩く夜子。今日はコオロギと、小さな蛙と、巣に帰り遅れた蟻を、踏まずに済んだ。