戦う
 戦わない
 朝食をトーストにするか、ご飯と味噌汁にするかくらいの感覚で夜子は鞄と黒檀を手に取った。
 いってきます
 見えない何かにそう告げると表では異形の何かが待ち構えていた。
「遅い!」
 予想通りの光景を受け止め、少しだけ上から、
 ごめん
 口元が少し動くだけの対応が、夜子のそれであることを木葉はよく知っていた。
 八十庭高校二年 剣道部。
 同じく二年 茶道部。
 クラスも部活も違う二人は、知り合ったきっかけもよく覚えていない。
 それは友達として些細なことだと、目の前の番の片方は言う。
 わたしは何で見えるのだろう
 わたしは何で違うのだろう
 夜子の見えない声。
 八月も終わりが近付いていた。
 夏の空から取りこぼされたみたいに、どこかで蝉が鳴いている。
 二人が並んで歩く。

 空を見上げる夜子。

 まだ衰えない日差しに、おそらく出さないといけないであろう、今日一日分の労力を少しだけ垣間見た。
 心でため息をつき、目を伏せた。
 それをいつものように、木葉は隣で見流した。
 いつも通りの通学路。
 いつも通りの静けさ。
 風に木立が揺れる。
 わたしは何で見えるのだろう
 わたしは何で願うのだろう
 

 見えないゲージが振り切れたとき、平穏は崩れる。