オリンパスTRIP35の購入者様から『マニュアル操作時でも赤ベロが出てきてシャッターが切れない』というクレームをいただきました。
念のため証拠の画像を送ってもらうとF2.8でしっかりと赤ベロが出ていましたので即座に返品&返金の申し入れを行いました。
『赤ベロ』という言葉はオリンパスのハーフサイズカメラのPenシリーズやTRIP35の状態説明で非常に多く使われます。
これはAUTO状態で撮影している場合に露出がアンダーになった場合ファインダー内に警告のための赤い札が下から出てきます。
『赤ベロが出ます』とか『赤ベロが出ません』といった動作確認時の症状の説明の表現に使われます。『赤ベロが出ない』状態だとAUTO状態での露出計に不具合があると判断されるみたいです。実際はそんなことはないんですけど前板を外す所までの分解しての修理が必要となります。
さて件のカメラが昨日飛行機に乗って大陸から帰ってきたので即分解して原因を究明して修理をしましょう。
しかし...。
殆どの場合この手の不具合は『赤ベロが出ない』というものであって『赤ベロが出てしまう』といった不具合は聞いたこともありません。ナニか嫌な予感がします。
更にTRIP35(とPenシリーズ)はとてもシンプルな構造で部品点数も少なく故障の原因となるような部分(部品)はなかなか思いつきません。というか壊れようが無いのではないかと思えるぐらいです。(後にこの思い込みが深く沼にハマる原因となります)
それでいて写真の写りはあの映え方で価格もお手柄なんですから脅威ですね。
先ずはマニュアル時の絞り羽根の動きを確認していきましょう。
この絞り環の裏側に張り付けられた矢印の金属のプレートの斜めにカーブした部分がカムとなって絞り環をF2.8~F22の範囲で回転させることによって
こちらシャッターユニットの矢印にあるピンを押し下げる事によって絞り羽根が開閉します。
因みにマニュアル時でも露出計は動作していますので、例えば露出計がF16を示す様な明るさの状況でAUTOからマニュアルF2.8に絞り環を動かしても絞り羽根はF2.8にはなりません。先にレンズキャップ等で光を塞いでからでないと正しく動作しないと思います。(実はまだ分解中で組み上げていないので正しく確認できてはいませんが…。)
ともあれ、マニュアル状態では赤ベロが出ないようにロックが掛かる仕組みがどこかにあると思いながらシャッターユニット(前板)を持ってあれや、これやと動作を確認してもロック機構は見つからず、動作もおかしい所は無さそうです。
原因不明で行き詰ってしまいどうする事も出来なくなり沼にハマり始めました。
こういう時は正しく動作している別の個体も分解して動作を比較して何が違うのかを確認するしかありません。
画像左が問題の個体、右が正常に動作する個体です。
両方ともこの状態で動作確認をすると全く同じ動きをします。
どちらも赤ベロは途中で止まらずファインダー内まで上がります。
やはり原因不明...。ズブズブと首まで沼に入り込んだような感じ。
何の気なしに絞り環を付けて動作確認をしてみると動きに違いが現れました。正しく動作していた方はマニュアル時にしっかりと赤ベロにロックが掛かります。
しかし絞り環の裏側には例のカムのプレートが貼り付いているだけで他には何もありません。いったいどうやってロックがかかったのでしょうか?
試しにと正しく動く絞り環を問題のユニットに着けて動作をかくにんしてみたら…。
何も変わりません。赤ベロにロックはかかりません。
一体何が違うのでしょうか?
原因は何なのでしょうか?
シンプルな構造なのが災いし疑える箇所が無く手の施しようがありません。
こんなに簡単な構造なのに何で不具合が発生するのでしょうか?
頭まで沼に沈み込んで更に沈下していくような気分です。
もう何も考えることができなくなりピンセットを机に置きしばらく放心状態に。
しばらくしたらある疑問が頭の中に浮かびました。
「そういえば…。あの赤ベロの下に付いている銅製のレバー…、あれ何のために付いているんだろうか?」
上の画像の赤い矢印の部分です。
この部分を比較してみましょう。
こちらが問題のユニットのレバー部分。
銅の非鉄金属製です。
こちらが正しく動作しているレバー部。
金属製です。
形状も若干違います。これだと正確な比較はむずかしいです。
しかしシリアル番号を比較すると
銅製が 8,000,000番台
金属製が 20,000,000番台
その差なんと120万! これだけ離れていれば材質や形状の変更はあり得るのでこのレバーの存在の目的は同じと考えられますので比較を続けることにしました。
先ずは絞り環を装着してAUTOの状態を確認します。
こちらは正しく動作している方
しっかり赤ベロが出ています。
こちらが問題児。
同じく赤ベロが出ています。
ここで絞り環にこのような切り欠きのような部分がある事に気が付きました。
この部分がレバー端部に近接していたので何か関連性がありそうです。
更に詳しく見てみると絞り環の外周の一部分だけが高くなっています。
それでは次にマニュアルF2.8の状態で確認してみましょう。
正しく動作している方。
なんと!
絞り環の高くなっている部分がレバー部をロックして赤ベロの上昇を防いでいます!
これがロックだったんですね!
問題児の方は
レバー部が曲がっていて絞り環のロック部分より低い位置にありロックをスルーしてしまうためにロックが掛からず、マニュアル時でも赤ベロが上がっていたのでした。
レバー部の曲がりを治して動作確認をしたら…。
見事に赤ベロがブロックされてくれました。
こういった不具合があることを考えればレバー部の材質を硬い物に変更することは正しいですね。
ということで今年修理して経験した数々のトラブルの中で二番目と言える時間を費やした難問題でしたがこうやって書き綴ってみたら、くだらないというか実に些細な原因にここまで時間を費やしたのかと反省しきりという感じです。
シンプルな構造なんだから壊れる要素がないといった勝手な思い込みが判断をにぶらせたのでしょう。
また赤ベロの下についているレバーの役目に付いても以前から気になっていたにもかかわらず昨日まで解析をせずにおざなりにしていたのも時間を浪費した原因です。
ちなみに今年一番苦労させられたカメラの機種はヤシカ(YASHIKA) HALF14でした。構造が複雑で理解に苦しまされ分解途中に訳が分からなくなってもう一台を分解して確認する。を繰り返していたら5台同時に分解するハメになってしまいました。
更に腐食が激しくて固着してしまい2台を破壊してしまった上に部品の精度・品質の悪さから動作が安定しない等で修理にまる一カ月かかってしまいました。「シャッターが開いているようで開いていない」という謎の動作を起こすとんでもないカメラでした。
さて、
明日からこれらのTRIP35二台を組み上げていきましょう。