『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』
佐々木健一:著 文藝春秋
無味乾燥だと思っていた辞書にこんな物語があったなんて驚きでした。
高校の時かな、辞書を選ぶときに先生が「○○はほにゃららで、△△はほにゃららで…」なんて教えてくださったことを思い出した。といっても内容はさっぱり覚えてないのだけれど。
その時は、辞書に個性があっていいのかい!?
と思ってききながしていたように思う。
現代を映す鏡であって、鑑なんだ。作る人はそういう意識でやっていたのね。
世の中の「言葉」は辞書ありきだと、何となく思っていた。でも、考えてみればそんなことはないよね。逆だよね。
学生の時に読みたかっな。
無味乾燥だと思っていた辞書にこんな物語があったなんて驚きでした。
高校の時かな、辞書を選ぶときに先生が「○○はほにゃららで、△△はほにゃららで…」なんて教えてくださったことを思い出した。といっても内容はさっぱり覚えてないのだけれど。
その時は、辞書に個性があっていいのかい!?
と思ってききながしていたように思う。
現代を映す鏡であって、鑑なんだ。作る人はそういう意識でやっていたのね。
世の中の「言葉」は辞書ありきだと、何となく思っていた。でも、考えてみればそんなことはないよね。逆だよね。
学生の時に読みたかっな。