その後の蒸気自動車は…。
蒸気自動車はその後、イギリス、フランス、アメリカなどで進化を続けました。
イギリスでは1800年代前半に馬車に代わる乗り合い交通機関として登場し、人々の「移動の足」になりかけました。
しかし、既存の馬車業者が客を奪われる事になるため圧力をかけたり、騒音や煙を撒き散らし、ボイラーの爆発事故が発生するなど、馬車に比べての蒸気機関の欠点・危険が指摘されたりとバッシングを受けます。
そして、1800年代の中頃には、蒸気自動車に対して決定的に不利な「赤旗法」と呼ばれる法律まで作られてしまいました。
その法律とは、例えば「街中では最高速度を約3km/h(徒歩よりも遅い)に制限する」という極端な速度制限が課せられるなど、事実上蒸気自動車を締め出す法律でした。
これが致命傷となり、イギリスにおける蒸気自動車の開発は止まります。
フランスでは1800年代後半にキュニョー以来となる蒸気自動車が誕生しましたが、やはりインフラなどの関係により思わしい発展を遂げる事が出来ませんでした。
その後は蒸気機関の鉄道へと発展していきました。
一方アメリカではそういった「壁」はなく、進化を続けます。
アメリカのスタンレーという会社(電球の「スタンレー」とは別の会社)が1800年代末に出した「スタンレー・スチーマー」は、当時のガソリンエンジン自動車と肩を並べる性能を持っていました。
安全性も向上しており、それまで蒸気自動車の持病みたいなものだった「ボイラーの爆発事故」の記録は、この「スタンレー・スチーマー」には残ってないそうです。
1900年代に入り、この「スタンレー・スチーマー」を使っての速度記録への挑戦が行われました。
この記録挑戦型の「スタンレー・スチーマー」は「スタンレー・ロケット」と呼ばれました。
1906年には蒸気機関のみならず当時の全ての自動車での最高速度204km/hの世界記録を打ち立てました。
その後はガソリンエンジンの発展により、当時覇を競っていた蒸気自動車と電気自動車は、それぞれ歴史から姿を消します。
しかし、最近の燃料枯渇問題や環境重視の観点から石油に頼らない自動車が求められるようになり、歴史から1度は消えた電気自動車が見直されるようになりました。
蒸気自動車は動力の始動が遅かったり不便な部分が多いものの、メリットが認められて不便さを克服できれば、ガソリンエンジン自動車に変わる自動車の1つとして復活するかもしれません。
可能性は低いですが…。
今年の8月、イギリスの自動車クラブの蒸気自動車が1マイル(1.6km)の区間を平均時速225km/h、最高時速241km/hで走行し、上記の「スタンレー・ロケット」の204km/hというこれまでの「蒸気自動車の世界記録」を塗り替えました。
将来的には、この蒸気動力で時速320km/h達成を目指しているとの事です。
また、モペッドを蒸気バイクに改造したりもしています。
荷台に載ってる白い箱みたいなのが蒸気機関のボイラーで、その蒸気が足元のシリンダーへと導かれてます。
世間から忘れられた蒸気自動車&バイク。
踏ん張ってます。
R.E.C アールエンジニアリング
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