前から気になってた
写真の整理をしました


私の長男次男は
2013、14年と立て続けに
結婚をしました


その時にもらった大量の写真

アルバムに
収め切れない分を処分できず
箱に入れたままにしてました

孫たちの
誕生の時や成長の写真も同じです


今回
処分できるものは
処分して

それでも残った写真は
余ったアルバムに貼るという
作業をしました


これでスッキリしました


写真だけど
家族の歴史という役目を
ちゃんと
果たしてると思います



家族写真の中に写っていた
愛犬ランてす



日付けを見ると


2014年

初孫が生まれた年でした


ということは5才の時だな


女の子なのに顔が凛々しい


他にも

何枚かありました


懐かしいなぁ〜

見れて嬉しかったです



ついでに

わが子や自分の

昔のアルバムも見てみましたが


日付けを見ては


“この◯年後にランと出会ったんだな”


とか


”この年には

もうランはわが家に居たんだな”


とか

ランの事ばかり思っては
随分と昔から
ランはこの世にいて
随分と昔に出会ったんだな…って

わが子や孫や
自分の歴史と照らし合わせては
そんなことばかり思ってしまう
自分がいました


つい数ヶ月前まで
ランはわが家に居たんだから
そんなふうに思っても
決して変じゃないですよね


だんだんと顔周りが白くなって

穏やかな顔になっていった晩年の

ラン



それも可愛かったな…




2024年7月

義父が亡くなり


その年の11月から義母は施設に入り


今 夫の実家は

誰も住んでいません



義兄夫婦が管理してるけど


以前
夫とお墓参りに行った時
家に入ることができました


私らの孫の写真が
(義母からみたらひ孫ですが)
ズラ〜っと飾ってあるんだけど

義母のいない家
誰もいない家


屈託のない孫たちの写真だけど
私には
それが逆にとても悲しく思えて
仕方なかったのです


夫の
亡き祖父母の遺影もそうです

離れの部屋に飾ってあるんだけど

誰もいない家


写真なんだけど
誰もいなくて
寂しくないかなって
思ってしまいました


風化させてはいけない
写真は生きてる…

って
あの時そんなふうに思いました


だから

今回ちゃんと

写真の整理ができて

よかったと思いました