ようやく気持ちが落ち着いたので備忘録も兼ねて。


空港の外に出ると心地いい寒さが体を包んでくれた。

目的地は一つ。

ホテルのチェックインには早すぎる時間なので荷物だけ預かってもらう。

タクシーに乗って目的地を告げて窓の外を見ると懐かしい風景と変わってしまった風景が交差する。

実家に顔は出さない。というか来てることすら告げてない。

お寺の門をくぐると住職が迎えてくれた。


「ご無沙汰してます。」

「ずいぶんお互い歳を重ねましたね。」


微笑む住職がそっと手を伸ばして案内する。

手土産のチーズケーキとガトーショコラを渡すと「後で寄ってください。」と。。。

案内されてその場所が近くなると足が止まる。

まだ若かった頃、お小遣いをもらうと一番に花を買っていた私はお寺の受付でそれを渡すとそのまま帰っていたから私がここを歩くのは初めてだった。

当時はお寺に来ることすら許されていなかったけど先代の住職は快くお花を受け取ってくれた。そんなことを思い出すと足の動きが鈍くなる。

動けない私に気づいた住職は何も言わずに半身私の方を向いて静かに待ってくれる。


「すいません。」

「時間はたっぷりありますから。」


空を見ると良い天気。空気を吸い込んで目を閉じる。ゆっくりと歩き出すと住職が前を歩いてくれる。

きれいにされたその場所はきっと掃除してくださったんだろうなぁと。。。

木の桶と柄杓を置くとそっと水をかける。

涙でよく文字が見えない。しゃがみ込む私を黙って待ってくれる住職のおかげで小さく深呼吸できた。

目を開けて擦ると名前が見えた。カズ。ほんとにその中に眠ってるんだね。。

38年。泣かなかった涙が溢れて止まらなかった。声を上げて泣く私のそばに寄り添ってくれる住職は何も言わない。

なんとか花を飾ってお線香を上げて手を合わせる。

そしてゆっくりと般若心経を唱える。

住職の前で烏滸がましいと思うけれど下手でもなんでもいい。私が上げたかった。

唱え終わると住職は深々と頭を下げて1人にしてくれた。

バッグからチーズケーキとガトーショコラを取り出し大好きだったジュースとお茶もお供えした。

ネックレスを外して横に置くと取り出した椅子に座ってゆっくりと話し出す。

遅くなってごめんねと呟くとダラダラといろんな話をした。

帰ってこない反応は当たり前だけどそれでもなんとなく近くにいてくれるような気がして気持ちが暖かくなる。

泣いたり笑ったり言葉に詰まったり。。。

お腹が減ったなぁと思ったらケーキを食べたり持ってきたおにぎり食べたり。。(笑)

住職が心配して顔を出さなければまだ居たのかなと。。。時間を聞くともうすぐ四時ですよ。と。。

どおりで日差しが変わったはずだと。(苦笑)

これ以上墓場にいることは好ましくない。

離れがたかったけど「明日また来るよ。」そう言って母屋に戻ると暖かなお茶とカズが大好きだったお菓子が用意されていた。掃除に来た時に預かっていたらしい。。ありがたい気遣いにゆっくりと口にする。

いろんな話をしてまた明日も来ることを告げてタクシーを呼んで帰った。

ホテルの近くにある昔よく通った寿司屋に足を運びカウンターで頼みながら少し飲む。シャリはいらないなぁと思ったのでネタだけを頼み厚焼き卵のおいしさに満たされた。


ホテルに着くとおねーさんへ連絡する。


「ゆっくり話せた?」

「うん。。」

「明日も行くよね?」

「うん。帰りの便、最終に変えたから朝イチであそこにいってからお寺に行く予定。」

「あそこって。。」

「うん。大丈夫。だからあちらの方と会うのは今回は遠慮した。時間がなさすぎる。」

「1人はやめた方がいいと思うけど。。」

「ここに来る時はこれからもいつも1人だから大丈夫。」

「無理しないようにね。ちゃんと。。。」

「大丈夫。」


おねーさんが言いたいことはわかってるし私もその立場ならきっとそう言ってた。でも大丈夫。

身につけている御守りを首から外してテーブルに置く。まだ数珠も割れてない。替えの数珠もいつもより多く持ってきているし。。

お風呂を入れて冷えた体を温めながらほぐすとふかふかのベッドに入りいつも以上に秒で眠りについた。



次の日の朝早くにチェックアウトして荷物を駅のロッカーに預けるとその場所へ足を向けた。

その場所は良くも悪くも何も変わってなかった。

少しのため息と震える足に思わず数珠を強く握る。

動かない足を少しずつ動かしてやっとその場所に立った時風が吹いた。

スカートが舞い上がって咄嗟に押さえると我に帰って邪魔にならないように少し離れた道路の隅に移動する。

あの風はきっとカズだ。思わず「ありがとう。」と呟くと目に入ったのは萎れた花束。ゆっくりと近づいてその脇に私も花を添える。

キリキリと痛みだした頭とあの時のことを思い出してしまうと気分が悪くなり少し離れた場所で吐く。

何も食べてないから胃液しか出ないけどこれもなんとなく予想していたことだから大丈夫。

そう言い聞かせてまたジッとその場所を見つめる。

こんなに時間が経っても変わらない場所ってあるんだ。。そう思うと苦笑いしかなかったけど目を閉じてもう一度心の中で真言を唱える。

あの時と変わらずある小さなお酒屋さんの前の自販機でカップ酒を買うとその場所にかける。

ゆっくりと唱えながら。

私がやってもなんの意味もないことはわかっているけどもしもまだここにカズも私も想いがあるならそれはもう浄化してほしかった。私の小さなくだらない自己満だと思うけどもともとそのために来ているのだからこれでいいのかなと。。

ゆっくりと頭を下げるとあの日と同じ状況が訪れた。

恐怖ですくんでいた足から力が抜けた時数珠が割れ腕から落ちた。

数分で静かな元の景色に戻った。1日に何十回とある光景で決して珍しいものではないのに震えた足が動けず思い出したかのように地面に散らばった玉を拾う。

親玉と玉全部で3つが割れていた。割れていない玉も黒ずんでいる。昨日から黒ずみは把握していたけど。。

全て回収した私はしゃがんで泣きながら数珠を袋に入れると新しい数珠を嵌める。

少し離れてそっとその場を見ながら「また来るからね。」そう言うと早々にその場を離れた。これ以上独りでここにいるのは無理だと思った。

タクシーを捕まえて乗り込むとお寺に向かう。

電話をして事情を話すと気をつけて。と暖かな声で言われ少しだけ落ち着く。

お寺に着くと住職が門の前で待っていてくれた。

「数珠をこちらに。」

そう言われてお盆の上に袋ごと置くと

「まずは温まりましょう。」

そう言って本殿へ連れて行かれ読経をいただいた。

広い本殿は決して暖かくはない。けれど私は石油ファンヒーターの前に座らされていたので心地よかった。

肩や身体中が軽くなった気がしてウツラウツラとしてくると気づいた住職は少し休みなさい。と。。

小さな部屋に通されてそれから1時間ほど眠っていた。

目が覚めるとご飯を勧められたのでいただいて話をする。そして数珠と御守りを渡して清めてもらった。再び手にすると「顔色が戻りましたね。」と言われお礼を告げるとにっこり笑ってごゆっくり。と。。。

カズの前へ行ってお線香を上げる。般若心経を唱えて色々と話す。

年内にもう一度来ることを約束して寒くないようにカイロを置いて何度も振り返りながらその場所を離れた。

住職の言葉をしっかりと受け止めてお寺を後にした時時計はすでに5時をすぎていた。暗くなった通りでタクシーを拾い繁華街に足を向ける。

家族へのお土産を買っておねーさんちにもお土産を送った。中に用意していた手紙を入れてもらって。。

学生時代によくいっていたカフェはすでに閉店していたけど別のカフェができていたのでそこに入る。温かいカフェオレを飲みながら取り出したのはカズの写真。思い出したのはよく一緒に行った場所。ここからそう遠くないと思って足早に移動したら知らないビルが立っていて面影はなかった。

次この地に来る日を決めるとカズの家へ電話を入れる。

お菓子と配慮いただいたお礼を告げて次来る日を告げるとやはり会いたいと言われた。

それなら1時間だけ。と言うことで約束をして電話を切ると空港に向かった。

家族に連絡すると迎えに行くと。。

決して近くではないから断るととにかく行くからと。。リムジンバスの中でも言葉は交わさず降りて家までテクテクと歩きながらようやく話したのは次いつ行くの?だった。

よく分かってるなぁと苦笑いしながら答えると馴染みの光景が広がる。

家に入ると豚汁の香り。

作ってくれていたご飯にお土産で買ってきたものを付け足してテーブルを囲む。

家族に言われた言葉は


行ってよかったね。次は一緒に行くよ。


驚く私の顔を見ながら邪魔なら少し離れてるから。と。。


私はコクンとうなづくと涙を堪えながら少し濃い味の豚汁を口にした。

カズのいる場所も少しは温かいといいな。。

次はもっと寒いはず。でも今まで行けなかった分少しでも多く会いに行こうと思う。

そう言うと家族も黙って頷いてくれた。