今となっては、入院生活における私の相棒はお菓子の歌舞伎揚げである。

便秘から断食になり何も食べられなくなった時、治療の影響で気持ち悪くなり食事が喉を通らなかった時、唯一、私のお腹を満たしてくれたのは歌舞伎揚げだった。

あの甘くもしょっぱい和風な味わいが、私の胃袋に絶妙に染み渡るのである。私は歌舞伎揚げを愛して止まない。

そんな話をしようとしたわけではなく、今でこそ、平気で歌舞伎揚げやらお菓子を食べてしまうのだが、入院当初は考えられなかった。

そもそも、病院食が3食しっかり配られ、きちっと栄養管理されているのだから、間食など許されるはずがない。

よっぽど先生の許可が無い限りはお菓子など食べてはいけないものだと認識していた。

そんな環境だから、我々患者が病室でお菓子を食べることには物凄い背徳感がある。

本来食べてはいけないものを食べている感じ。これが入院生活における正しい反応ではないかと思う。

しかし、私の様に治療が苦しく食事が喉も通らない状況においては、病院側も寛容である。

食べられるものを食べて良いと、お菓子や菓子パン、ジュースなどを間食することが許される。

その状況が続くと、しばらくお菓子を食べる生活が繰り返される。

本来良くないこととはわかっているものの、先生の許可という免罪符を振りかざして、堂々とお菓子を頬張るのである。

そうしていくと、面白い現象が起こる。

今まで私以外の同部屋の患者さんは、お菓子など食べている様子は一切無かったのだが、ある日から、色々なところで煎餅を食べるバリバリ音が聞こえてくるのである。

あれ？こんなにみんな煎餅食べてたっけ？

思い起こすと、私が食べ始めたら、隣の人が食べ始め、そして向かいの人が食べ始め、煎餅の連鎖が生まれたのである。

夢の歌舞伎揚げリレーだ。これは面白い。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とばかりに、一人が“悪いこと“をし始めると、その背徳感は薄れ、みんなが同じことを始めるのである。

集団心理とでも言うのだろうか。

人の行動ってのは、深いようで案外単純なのである。

それ以来、私が行く病室では、常に煎餅の咀嚼音が響く、平和な環境が保たれている。

【白血病闘病日記】第67話：お菓子の不思議な連鎖