ある日、仕事から帰ると長男が着替えもせずベットに仰向けになってボッーっと天井を見上げていました。
次の朝、長男は頭が痛いといい学校を休みたいと言いました。
熱があるわけでもなく、風邪をひいたわけでもない。
私は当たり前ように長男に学校に行きなさいと言いました。
もうその時には彼に限界がきていたのです。
怒っても、なだめても何をしても学校に行きませんでした。
寝ること、食べること以外全てを拒絶したのです。
私はどうしていいのかわかりませんでした。
子供が学校に行かないなんて考えられなかったし、主人の言葉すら届かないなんて…。
私は小さい頃からこんなに頑張って生きてきたのに。
怖くて怖くて仕方ないのも、誰も助けてくれないのも耐えてきた。
勉強も頑張ったし、部活だって頑張った。
友達より早く就職して親に負担もかけずに頑張ってきた。
結婚してからも嫁姑問題も耐えてきた。
いいお嫁さんになるように頑張ってきた。
子育てだって、礼儀正しく、思いやりを持つように、なんでも頑張るように教えてきた。
ずっと正しいことををやってきたのにどうして…
これがその時の私の気持ちで、私は被害者のように思っていました。
その頃は本当に辛くて苦しくて怖くて不安で仕方ありませんでした。
でも今はそうなった理由がわかります。
それはね、私が幼い頃から『わたしはどうしたいか』で生きてこなかったから。
もちろん環境でそうなれなかったとも言えるけど、『自分はどうしたいか』が抜けているから、子供がどうしたいかを聞いてあげられなかった。
長男の拒絶によって私はそれに気付くことができました。
『自分がどうしたいか』ということが生きていく上で何より大切だったんですね。