無事、看護学院での出前講義が終わりました。2クラス分、90分✕2の講義、生演奏入れながら、しかも直前にお腹壊すアクシデントもあり、大変でしたが無事終わってホッとしてます。


ほんとに、なかなかの体力勝負なんですよ。自分のことを洗いざらい語るので精神的にもどっと疲れるけどとてもやりがいのある仕事です。


さすがに翌日は疲れて起き上がれたときには時計は11時、お昼前でした^^;


講義の様子の写真が届きました。ひとクラス30人ほど。生徒たちはたぶん眠気と、私はお腹と闘いながら^^;難病の後遺障害、いじめ、不登校、ひきこもり、自殺未遂、白杖生活、性別違和、、、あまりにネタがありすぎて、でもどれも伝えたいことなので90分があっという間で、あれ言えばよかった、これ言えばよかったと思うこともあったけど、精一杯伝え尽くしたと思います。


ちなみに座ってリコーダー演奏してるけど、講演中もそのまま座ってていいのに立って動き回って喋ってることが多いです^^;落ち着きがないと言えばそうだけど(笑)時に実演を交えながら身振り手振り、アクション付きの講義です(笑)


こうやって人前で偉そうに講義なんてして、強い人とか言われるけど実際はグダグダなヤワです。


歯食いしばって生きられたらかっこいいんでしょうけど、性別違和一つとってもまだまだ誤解されてることもたくさんあり、さらけ出してでもリアルを知ってほしい、そんな思いもあります。


講義終えたその日の夜、母親からLINEがきました。女の子に産んであげられてたらと思うことがある、と。私も女の子で生まれたかった、と思う事はしょっちゅうある。自分の現実の体を突きつけられるお風呂場で自傷などの例は実際にある。母からは「貴女だから今のちひろがある」とあった。確かに女の子で生まれていたら、と思う。思いっきり女の子として生きていられたでしょうし、女子高生、女子大生としてキャピキャピ青春を謳歌してたかもしれない。日々のお風呂でこんなに苦しまなかったかもしれない。心置きなく銭湯や温泉に行けてたかもしれない。


でもふと思う。私が完全に女の子として生まれて、そのまま今の私の人生を歩んでいたらいいかもしれないけど、たぶん「笛田ちひろ」ではなかったかもしれない。今の私とは全く違う人生を歩んでいたかもしれない。「風に吹かれて」もこの世になかったかもしれない。リコーダー奏者でもお天気お姉さんでもなかったかもしれない。ラジオの喋り手だったかも分からない。


そりゃ、こんな体さえなければ、生まれながらの女子だったら、壮絶ないじめがなければ、難病にならなければ、と思うことはあるけど、こんな経験しないならしないほうがいいけど、でも、あの壮絶ないじめがあり、ひきこもりがあり、自殺未遂があり、白杖生活があり、性別違和があって全てあっての今の「笛田ちひろ」。一つ違えば全く違う人間、人生だったかもしれない。リコーダーに魅了されることもなく、リコーダー奏者ですらなかったかもしれない。障がいについて、多様な性について正しい理解をしていない人間になっていたかもしれない。


マツコ・デラックスさんが以前NHKの福祉番組で「成れの果てとしてはよくできたほうだな」と言っていたけど私もそう思う。


そりゃ完全に女の子として生まれたかったけど、でもこんな体で全世界の女性の敵と叩かれながらも、自殺未遂のどん底で参加でかなかった成人式も長崎で振り袖を着ることができた。まだ結婚もしてないのに、美人でもないのに花嫁モデルになってブライダルショーでウェディングドレスに身を包みバージンロードまで歩いた。門司港で白無垢まで着て、こんな体なのに温泉一緒入れるよと言ってくれたこともあった、お泊り女子会もできた。


どうにも成らない現実の体がありながらもお姉さんと慕ってくれる人がたくさんいて、どうにかこうにか女性として社会生活を送ることができている。生まれながらの女子よりも難しい茨の道をどうにかこうにか女子として生きられている。成れの果てとしてはよくできたほうなんじゃないか、と。


何度も繰り返すけど、そりゃ女の子に生まれたかったけどね、でも、そしたら「笛田ちひろ」ではないもう別の人間だもんね。


母からのLINEの最後はこう締めくくられていた。「私の大切な娘」。