昨日は沖縄慰霊の日でした。
高校生の朗読、感動しました。 

 「まだ足りないというのなら、それでも変わらないというのなら、もっともっとこれからも僕らが祈りを繋ぎ続けよう」。 

 私は沖縄には一度しか行ったことないけど、引きこもりから抜け出すきっかけをくれ、今、観光大使をさせていただいているのが広島、本当の私を見つけられた場所は長崎。何か運命を感じずにはいられません。

 
とても感動してこの高校生にお礼を言いたいくらいなのにニュース記事に寄せられたコメントがなぜか高校生を非難するコメントが多くてショックだった。 

 祈って戦争がなくなるのなら苦労しない。
おめでたい人。高校生は未熟だからもっと世の中のことを勉強したほうがいい。
 理想はいいが現実を見ろ。平和になってほしいなら祈ることより核兵器を持つこと。戦争したくないなら、戦争の抑止力は核兵器。核兵器を持てば相手は攻めてこなくなる。 

 かつて巷の声を知る方法は街頭インタビューや電話世論調査だったけど、今や誰もがスマホを持ち、ニュースを読めて、コメントを書き込める時代になった。一億総コメンテーター時代。世の中の人々の声を知りやすくなったはずなのに、誰もが世の中に気軽に物申せる時代になったのに、これが今の世の中の声なんでしょうか。これが今の世の中の標準的な巷の声なんでしょうか。そうは思いたくない。

 広島も毎年毎年式典のたびに「核廃絶」を唱え、そのたびに現実を見ろと言われます。祈ったからってすぐ戦争がなくなるわけじゃないことくらいみんなわかってるよ。それでも、だからこそ言い続けるんです。言っても世の中変わらない、と、誰も言わなくなったらもうおしまいだと思う。 

 核兵器は持ってるだけで使わなきゃいい。相手を脅かすだけだから。ってそういう声耳にするんだけど、持ってると使いたくなるのが人間。殺人事件とか見てるとそうでしょ。よくある供述で「刃物は相手を脅かすために持ってただけで刺すつもりはなかった」と。

でも、結果的には人の命を奪ったわけで。

子どもの頃、「絶対約束守る」とか「絶対遅刻しない」と言うと、あなたがどんなにちゃんとしていても、突然の事故やトラブルで電車が遅れたり、あなたが悪いわけじゃないど遅刻したりということがあったりするから「絶対」なんて簡単に言っちゃダメと注意されたことがある。でもこれだけは絶対をつけていい。と言われたのが「絶対戦争は嫌だ、絶対戦争はダメ」。これだけは絶対をつけて言える、と。

あなたがこの世で要らないと思うものは?と聞かれたら「戦争」「核兵器」と即答する。

簡単にはなくならないから、だから、唱え続ける。どんなにきれいごとと言われようと叫び続ける。 

 また今年も戦争と平和に思いを馳せる季節になってきたので今年もまた我が家の玄関ギャラリーで被爆樹木や平和関連の展示をしようと思ってるのでぜひ見に来てくださいね。

#沖縄慰霊の日 #絶対戦争はダメ
#戦後79年