ついにやってきたこの日。

昨年、北九州市の人権週間講演会があと一歩で実現には至らなかったけど、

でも、県主催の講座で講演する機会をいただき、春日市の福岡県人権啓発センター

で講演してきました。

 

これまでも、いじめのこと、引きこもりのこと、私なりにさらけ出してきたものの、

性についてはただでさえデリケートな話題なので、なかなかさらけ出せずにいました。

 

でも、LGBTという言葉がメディアにも登場するようになり、徐々に認知度も上がって

来つつある一方で、メディアの情報は偏っていることも多く、これは誤解を招くねと

思うようなこともありました。なので、性同一性障害とは?というようなことよりも、

私でしか語れないこと、何がつらくて、何がうれしいのか、恥ずかしさもかなぶり捨てて

洗いざらい語りつくそうと覚悟を決めました。

 

自分の人生を語るというと、かわいそうと思ってもらいたいだけという言われ方も

しましたが、私でしか語れないことを、つらかったこと苦しかったこと恥ずかしかったこと

洗いざらい語るというのは大変なエネルギーを要します。

 

学生時代に感じた違和感、犯罪者、変態などとなじられ、

「全世界の女性の敵」と言われた日のこと、

家族連れとすれ違いざまに母親が子供に「いい子にしていないとあんな気持ち悪い

人になるわよ」とささやかれた時のこと、タクシー運転手に「ほんとは女の格好した

男なんだろ?女を好きになったことないんだろ?女とエッチしたことないんだろ?

男としての自信がないだけだろ?」などとたくさん人がいるバス停でまくしたてられた

日のこと、それでも15年遅れで望みの性で成人式ができた日のこと、

災害とLGBT、選挙アンケート、記者会見、裁判所…

性教育のこと、、、いわゆる精子と卵子、異性に関心を持つようになることは

おかしなことではないことなど保健体育で習うけども、私には性別がない、無性

という方はじめ実に多様な性があることも合わせて学校で伝えてほしいこと、

リオ五輪の金メダリストにLGBTの方がいらっしゃることなどなど、

めいっぱいしゃべりました。

そして合間にリコーダーの演奏も。

 

講演終わったのは16時半。家路を急ぐ方が多いかなと思いきや、机に並べた

関連資料、自著などをほぼすべての方が足を止めてみてくださいました。

 

やり切った、すべて出し切れた、という充実感がありました。

大変な迫力、エネルギーを感じた、という感想も。

かつて、講演は物乞いだと揶揄されて落ち込んでいた時にこんな声をかけられた

ことがありました。

「まるで一本の映画を見たようだった」と。

それが語り続けていくという決意の礎になった気がします。

 

定義、知識ではない、リアルな声、たとえそれが叫びに近いものであったとしても。

リアルな、私でしか語れないことを語りつくす。

さらけ出すエネルギーはそれはもう大変なものがあります。

 

講演後、私に近づいてこられ、講演をぜひお願いしたいという声をちょこちょこと

頂きました。

 

まるで私の日々の生きざまが絵巻のように、私語りつくす。

 

恥もあるかもしれないけど、でも、私でしか語れない生々しい実体験、

それを語ることで、一人でも多くの方の理解につながるならば。

 

大変な疲労感に包まれつつも、いや、私はこうして生きざまを見せ続けながら

演奏とともに語り続けたいと思っています。

 

これからも声かかれば飛んで行って演奏とともに語っていきます。