相変わらず悶々としていましたが、
きょうは、黒崎の96Cafeで友人が店番をしてると言うことで、
1人でどよんとしてるよりは、おしゃべりしたら気が晴れるわ、
と思って、一応、リコーダーも持参して遊びに行きました。
そしたら、リコーダー演奏して~ってことになって。

随分久しぶりに人前で演奏した気がします。
リコーダー奏者というにはまだまだはしくれですが、
一応、これで生きてますんで、ただ、お店を構えてる訳でもないので、
声かけてもらってなんぼの他力本願的なことろがありまして、
なかなか人前で演奏する機会がなくて、
なので、やっぱり演奏を誰かに聞いて頂けると言うのは、
本当にうれしい☆

何を演奏しようか…
ちょうどそのときにお店にいらっしゃった方が、
関西のご出身ということでしたので、
先日、阪神淡路大震災20年でしたし、
「しあわせ運べるように」を演奏しました。
福岡にいると、そして3.11の記憶が鮮明なだけに、
阪神淡路のことは忘れられがちで、神戸の復興を祈る歌は
なかなか知られてないことが多いし、
出前授業で何かと演奏してきました。
ですが、地元の方にきいて頂くことはなかなかないですし、
関西のご出身ということでそれはもうと思って演奏したのですが、
その方が涙が止まらなくなってしまって。
なんとなくそんな気がして申し訳ない、
泣かせてしまうかもと思ったのですが、
北九州で何度となくこの曲演奏してきて、関西ご出身の方に
聞いて頂かなくてどうするの、って気持ちもありましてね。

♪地震にも負けない強い心を持って
亡くなった方々の分も毎日を大切に生きていこう
傷ついた神戸をもとの姿に戻そう
支え合う心と明日への希望を胸に
響き渡れ僕たちの歌 生まれ変わる神戸の街に
届けたい私たちの歌 しあわせ運べるように ♪

震災を経験してない私でも涙腺緩むのに。。。
それはもう地元の方はね…。

懐かしい、懐かしい、北九州にいるとなかなか耳にする機会も
なくなったし、と、涙をこぼされて。
しょちゅうお会いしてると言うわけではありませんでしたが、
なんだか私ももらい泣きしそうで、ぎゅーっと手を握っていました。
向こうもギューっと私の手を握ってくれていました。
それだけで何か伝わるものがあって。

本当は今年、20年の節目に、神戸に行きたかったんだけど、
何気なく行った96Cafeでこんなドラマがあるなんて。
震災の時のことをお話ししてくださいました。
私が好きでレパートリーに入れた『しあわせ運べるように』だけど、
北九州に居ながらにして神戸に音色を届けられたような、
そんな気がしました。
リコーダーの活動を始めて12年、ずっと演奏してきましたが、
やっと神戸に音色を届けられたような、そんな気がします。

もちろん3.11のことも気にかけていかなきゃいけないけど、
でもどんどん1.17が忘れられていくような、
そして街がすごくきれいになっているけど、
まるで違う街になったような、
面影がなくなり、私の知ってる町じゃないと言う寂しさ、、、
お話をお聞きすることができました。

私は震災を経験してないから、
私が阪神淡路大震災というのがあってね、
と語るのはおこがましいんじゃないか、
それでも経験してないからこそちょっとでも寄り添いたい、
そして聞いた話でもとにかく語りたい、
20年たったからこそますます1.17を語りたいと思ったと話すと、
涙をこぼしながら笑顔を見せてくれました。

神戸と繋がることができたような気がしたし、
音楽でできること、私にもできる事がある、
やはり私は、こんな生き方ですが、演奏と共に命を語る、
今の活動を続けていかなきゃ、そう思ったのでした。
忘れられない一日になりました。