3月11日。
今年もこの日を迎えましたね。
いろんなことを思いました。
ただ、私が多くをここでつらつら書かなくても、テレビもラジオも新聞も、
東日本大震災について伝えていました。
ある意味、19年もたった阪神淡路大震災の方がほとんど
テレビなどでも伝えられませんでしたから、
私はスルーされがちな話題をきっちり拾っていきたいと思っています。
確かに数字的な規模はありますが、
津波の有無はありますが、
たとえ、死者が一人だったとしても、
大した災害でなくてよかったね、などと言えるわけありません。
数字として客観的に見ることはできても、
被害は簡単に比較すべきものではありませんしね。
私が東日本大震災で注目したのは、やはりラジオの役割です。
今でも忘れられないエピソードがあります。
まだ、震災が起きてからまもない時に、
ラジオ局が中継車で避難所に向かいました。
避難している方に、「何か足りないもの、してほしいことはありますか?」
とたずねたときです。
「アンパンマンの曲をかけてほしい」と。
その時に出てきた言葉は、物資ではなかったのです。
夜怖くて眠れない、テレビでは恐ろしい津波の映像ばかり流れている。
音楽を聴きたい、と。
ラジオにできること、と、テレビで72時間ぶっ通しの報道特番が
あっている中で、ラジオではリクエストにこたえ、曲をかけていたのです。
そして、在京ラジオ局は防災減災にさらに力を入れていきます。
普段はばらばらの放送をしてるNHK、TBSラジオ、ニッポン放送、
文化放送、ラジオ日本、J-WAVE、東京FMをつないで同時生放送の、
ラジオ災害情報交差点。
福岡でもNHK、KBC、RKB、FM福岡、ラブFM同時生放送の、
「あなたを守る情報ラジオ」というのがありますが、これは一時間特番で、
専門家も招き、防災減災についてじっくり考える。
でもこの、ラジオ災害情報交差点は、情報番組ではなく、いわば訓練。
各局をリレーでつなぎ、各ラジオ局が災害時にどんな情報を流すかを
コンパクトに伝え、さらに、電力、ガス、水道、NTTと、ライフライン会社
とも中継をつなぎました。
さらにすごかったのは、文化放送が放送した、
夕方6時過ぎからの、災害時シミュレーション放送。
都内南部で震度6強の地震があったことを想定して、
実際に地震が襲った時にどんな放送をするか、そのままを放送
したのです。各ライフラインはもちろん、帰宅情報、電車運行情報、
都庁や、文化放送メディアプラスが使えなくなったことまで想定して
川口送信所からの中継。
緊張感がこちらにしっかり伝わるほどのシミュレーション放送。
福岡でもこれくらいリアルなシミュレーション放送を是非してほしい。
そう、福岡にも忘れられない日が近づいているのです。
3月11日14時46分は、皆思い出して、黙とうされた方もいらっしゃると
思いますが、
3月20日10時53分をあなたは覚えていますか?
実に300年ぶりに大地震が襲った、福岡西方沖地震。
死者は一人。津波も起きませんでしたが、だからといって、
大したことないと一蹴してはいけませんよね。
それに、東北のことを忘れない、風化させないと言いながら、
自分の身に起きた、自分の町で起きた災害を忘れたり、
風化してしまっては、灯台下暗しになってしまいます。
もちろん、3月11日に改めて思いを馳せ、防災訓練などを行うことは
よいことだと思いますが、わが町で起きた3月20日に何もしないのでは、
3月20日に何が起きたのか、風化してしまいます。
しかも、福岡西方沖は9年という歳月が流れています。
小学6年の子でも当時2,3歳です。
東日本の記憶が鮮明かもしれませんが、わが町にも大地震が襲ったこと、
伝えなきゃいけないと思います。
天神の路上が散乱したガラスであふれたこと。
福岡タワー周辺が液状化したこと。
細かく見ていけば、実は玄界島以外のいたる所で、被害が出ました。
そして、東日本大震災の時、実は北九州市にも津波が到達したこと。
津波は数十センチでも侮れません。
だから、
それに3月20日は全国的には地下鉄サリン事件、
世界的にはイラク開戦という大きな節目があるため、
ほとんど福岡西方沖のことは取り上げられません。
10時53分に黙とうということもないでしょう。
だからこそ、福岡に住んでいる私たちが思い出さなきゃ!
あの日のことを。
だからこそ合言葉は、
応援しよう東北!足元を見よう!福岡西方沖。
3月11日14時46分から、
3月20日10時53分へとつなげていこ。
20日はUstream配信、そして23日には防災減災ランチ会を開く予定です。