ちょうど、「土曜ワイドラジオTOKYO永六輔その新世界」
を聞いてて、思いだしたことがあります。
メッセージテーマは「黒電話」。

私は完全な女性になれないから、子供を産むことが出来ない。
不妊以前の、生物学的問題。
昨日書いたように私さえ我慢すれば、戸籍は男性だし、
普通に結婚でき、もしかしたら子供をもうけることも
できるかもしれない。
でもそれは自分が男性と言う性を受け入れたらの話。
健康保険証に「男」と書かれているのを見るだけで
気が狂いそうだってのに。
私はパパになりたいんじゃない、ママになりたいの。
でもどんなに女性になりたいと叫んだところで、
男の人と判別されてノックアウト。
ましてや結婚もまだしてない身、
子育てを語るなんて素人が、引っ込んでろ!状態。

そう言えば過去のブログをちょっと見てたら
去年こんなこと書いたんですよね。
これが私が向き合う性のありのまま、
すべてを言い表してると思うので改めて掲載します。

http://ameblo.jp/rebnet/entry-11409021361.html

さて、そんな私ですが、今にして思えば食育だったんだな
とか、私の子供時代は伝説がありすぎるんです、これが。
私が最近書いた本に母の子育てエピソードとして紹介してるので、
できればそれをご覧になって頂けたらと思いますが、
ちょっと紹介しますね。
「黒電話」でいろんなことを思い出しました。


私の小中学校時代は昭和の終わりから平成の初め。
なのに、まるで三丁目の夕日のような、
そんな子供時代だったんです。

うちの電話はまさに『黒電話』。
数字が書いてあるわっかに指を入れ、えいっと右に回すんです。
0とか9とか多い番号は嫌でしたね。
右から番号がふってあり、0は一番左下。
えいっと右に回すとゆっくり右いっぱいまで回った後
ゆっくりもとにもどる。
番号回す時間が早くすむ1,2,3の多い電話番号に
憧れました。
ちなみにまだNTTが「電電公社」と言われてた時代です。
さらにいえばJRも「国鉄」と呼んでました。

そして「テレビ」。リモコンなんてとんでもない。
テレビの画面横にチャンネルのボタンがあるのだっていい方で、
うちにあったのはガチャガチャとつまみを回すやつです。
このつまみのまたかたいこと。
思えばテレビを買った記憶がないんですよね。
粗大ごみから拾ってきてました。
そして、テレビを見過ぎたりすると、ある日、学校から帰ると
朝にはあったはずのテレビがなかったりするんです。
母曰く、「捨ててきた」と。
あきらめがつくように、
目の前でテレビに水かけたこともあったっけ。
その時の母の言葉。

「お母さんだって弱い人間だから、テレビがあるとつい目的も
なく付けてだらだら見てしまう。あなたたちにちゃんと言えない
人間になる。だから捨てたのよ」と。

そしていつの間にかテレビが復活したり…。
捨てたり、拾ったり 笑。

朝食の時間に新聞を広げ、それぞれ見たい番組を言って、
調整して、その日見る番組を決め、それ以外は見ないように、
チケットを発行。
つまりチケットがないと言うことは、話し合って決めた番組
以外はみませんという約束を破ったことになる。
テレビが始まる10分前になると、
チケット持って並んでください、と、
チケットもぎりが始まる、それが我が家のテレビ生活でした。
今思えばすごいメディアリテラシー、メディア教育。


学校から帰ればおやつは、いりこ。
お菓子は虫歯のもと、と、よほど特別なことがない限り
お菓子にはありつけません。
逆に言えば、学校から帰ってお菓子があると、
今日は何かお祝い?と目をらんらんとさせたものです。
友達の家に行って、真黒い飲み物を見た時は、飲めるの?と
聞いたものです 笑
平成の時代に 笑

そして、公園に遊びに行くときには、折り紙でお菓子袋を作って
くれて、それにたくさんのいりこを入れて(笑)。
楽しかったなぁ。
身体にいいおやつを、プリン、人参ケーキ、パウンドケーキ、
スイートポテトと色々作ってくれて、そうそう、
おやつは一緒にパンをこねる事からってこともあった。
夕飯もサバイバルな時があった。
今日の夕食はあなたたちが取ってくる山菜だから、
上手くいけば山菜フルコース、取れなければ夕飯なしよと言われ、
裏山に血眼になって山菜とりに行ったっけ。


そしてうちは三軒長屋の一番奥だったので、
人の家を通らないとうちにたどりつけない。
しかも犬飼ってる家があって大変だったわ。
そのかわり、雨の日は洗濯物取りこまなきゃと教えてくれたり、
学校から帰ったらちょうど留守で、雷の怖い私を心配して、
家に招いてくれたり。


音楽を聴くのはCDではなく、レコード。
針落とすのがドキドキだった。
音楽が終わってそのままにしてると、針がガーガーいって、
レコード傷つけたりして…
回転数間違えて、いい歌声のはずが闇のブローカーみたいな声で、
故障を心配したり。

祖父の家に行けば、自慢の床漬け。
奈良漬け、梅干し、たくあんに床漬け。
お漬物があればおかずがいらないくらいだった。
近所のおじいちゃんやおばあちゃんと縁側でずずっと
お茶をすするのが楽しかった。
うちは爺さんとばあさんだけだからお菓子がなくてごめんねと
言ってくれたけど、お茶と梅干し、たくあんが大好きだから
うれしいよ!ってよく言ってた。

学校でいじめがひどくて、休み時間に職員室に避難してる時、
社会の先生が「一緒にどくだみ茶を飲まんか?」と声をかけてくれ、
ことあるごとに、先生とどくだみ茶をすすりながら、
パレスチナ情勢や、内閣は総辞職しますかね?と政局を
語り合うのが休み時間の楽しみだった。
どくだみ茶のおいしさが分かるのかぁと顔をほころばせてた先生。


その一方で、学校では、男子と言うだけで家庭科、
つまり料理も被服も保育も一切授業受ける事が出来なかった。
小学校の時、料理クラブに入るくらい料理好きだったのに、
中学に上がった途端、調理実習をやらせてもらえなかった。
私を指さし、この人のようなバカになりたくなかったら
勉強しろと先生が言い放ち、
生徒たちはなぜかやる気を起こした。

それでも楽しいこともあった。
学校でのクラブ活動。
釣りクラブと言うのもあって、顧問の先生が車を出し、
釣具店を見学に行ったり、クラブ活動の時間は、大概、
先生の車で学校を離れ、貯水池などで釣り糸を垂れる。
毎週遠足みたいなものだった。
音楽会とか行事を頑張れば、ラーメン大会と銘打って、
家庭科室で、みんなで具だくさんラーメンを作る学活の時間 笑
調理実習で、味噌汁を作るだけなのに、
商店街に住む子供が多かったせいもあって、
うちの子がお世話になってます、と肉が差し入れられ、
おかずが豪華になったり。

とまあ、我が家、母の子育てにはエピソードが満載なわけで、
真似できなくとも、自分に子どもができたら、
こんな経験をさせてあげたいと思ったものです。
でも、私は、どう逆立ちしても、お母さんにはなれない。
お父さんになるつもりもない。

子育て経験も、結婚もしてないけど、掘ればいくらでも出てくる、
これらのエピソードを今の若い親御さんに語ってみたい。
随分驚かれたこともありました。
真似してと言うわけでも、自慢でもないの。
物が豊かで便利でゲームとかが多い今の社会で、
今の親御さんに何かを感じ取ってほしいの。

今思えばものすごく貴重な経験をしたと思うの。
自分の中にしまっとくにはもったいないくらい、
いろんなものが詰まってる気がして、
だからこそ語りたいって思う。
思い出せばまだまだエピソードはいっぱい。
講演の時などに語りたいと思う。

子育ての先輩が、とか、子育て講演会には何かと付きもので、
そう言う意味では私は素人がしゃしゃり出るな!
ってことなんでしょうが、話せるメッセージは満載です。


物理的には子供産めないけど、
私の場合は天地ひっくり返ったって子供を望めないけど、
でも、お母さんに、私はなるよ。
そして、大好きな人にいつかきっと出会い、結婚だっていつの日か…