近況をFacebookで思い立ったらアップしておりますが、ブログとなると、
子供の頃からの作文の癖と言いましょうか、作文が好きだったこともあり、
出先でケイタイからさくっと更新なんてことが出来ず、やはり家のパソコンの前に座り、
とりあえず思いつくままに筆ならぬキーボードを進め、推敲し、ああでもないこうでもないと、
そんな有様なのでブログの更新が滞って申し訳ないことです。
近況は是非Twitter(@rebnet)や、Facebook「笛田千裕」、「リコーダー・アース・ブリッジ」を
ご覧くださいませ。
ちなみにFacebookは見るだけでも登録しないと行けませんが、
Twitterは別に登録せずとも自由にご覧になれますので。
さて、久しぶりに最近のニュースを拾ってみたいと思います。
熟成させ、そしてテイスティングをするワインのように、
そしてワインのプロフェッショナルであり案内人でもあるソムリエのように、
ニュースと向き合ってみようと言うことで、実は、リコーダー・アース・ブリッジ
の活動を立ち上げてホームページを開設した際に同時に勝手に命名、
活動をスタートさせた「ニュースのソムリエ」も10周年と相成りました。
送られてきたばかりの第一報では分からない、ちょっと寝かせたほうがよいのでは、
と言うニュースは多くあります。たいてい真実は時間の経過と共に明らかになるもの
です。ワインと似ています。
そしてもう一つワインと似ているのはティスティングです。
それぞれの食事に合うワインが一般的にという部分もありますが、
一人一人のその時の気分、好みに合わせて選ぶのがソムリエです。
ニュースもしかりで、一人一人、一般論ではなく、あなたはそのニュースを
どう受け止めたのか、あくまであなたはどこのニュースの伝え方がフィットするのか、
8歳からニュースを見る事が日課だった私は常々そんな思いがあり、
それで「ニュースのソムリエ」を始めました。
なので、例えば、選挙の開票速報を各局が伝えます。
結果だけ知りたいのであれば一つの放送局だけでいい。
もっと言えば、日々のニュースを知りたいだけであれば、
新聞だって一紙だけでいいのです。
なのになぜ各局が伝えるのか、各紙新聞があるのか。
それがそれぞれの論調、それぞれの切り口です。
あそこはいい、あそこはだめだ、右だ、左だと非難するのは簡単です。
あくまであなたの考えにフィットする論調はどれですか?
あなたのお気に入りのワイン、お気に入りのお店、お気に入りの音楽、
お気に入りのドラマ、お気に入りのタレントを見つけるのと同じように、
お気に入りのニュース番組、お気に入りの放送局、お気に入りの新聞、
私はテレ朝の伝え方が好きだわとか、いや、TBSよ、
Jチャンネルがいいわ、わたしはWBSがフィットするわね、
井戸端会議でそんな会話が飛んだっていいと思うんですよ。
実際、メディアリテラシーについて研究している大学生のアンケートに
協力したことがありました。
そのなかにあなたがニュース番組をよく見る放送局はどこですか?
あなたがニュースを見る上で好きな放送局はどこですか?
という質問にNHK、テレ朝、テレ東、フジ、TBS、日テレと並んでいて、
理由も書くようになっていました。これは面白いと思います。
さて、前置きが長くなりましたが、最近のニュース。
まずは夏の甲子園。実は私、変わってて、代表校が決まるまでの
地方大会が一番好きです。新聞を見ていると最初は沖縄や北海道など、
片隅に結果が載っているのが次々各地で始まり、代表校が決まり始め、
一面全てが高校野球になっていくその広がり方と言いましょうか、
そして甲子園出場は49校でそのうちの頂点が決まるのですが、
まずその49校に入りたい、しかも一つの県代表の栄誉をかけて
3000校以上が挑戦するのです。毎年この時点で感動します。
そして甲子園。大阪桐蔭とか、常総、明徳といった優勝候補、
強豪とされるところが続々と去っていきました。
そして今年はまた死闘とも言うべき、競った試合ばかりです。
本当に勝ち負けをつけさせたくないくらい、決着をつけさせたくないくらいの
大熱戦です。いつになく感動しています。
さあベスト4。どこが勝っても初優勝。
九州勢と言う点で言えば延岡学園ですが、花巻東も優勝こそないものの、
選抜では決勝まで行ったことがありますし、菊池、大谷の活躍で有名に
なりました。前橋育英も出場すら初ですが、群馬は桐生第一が優勝経験があり、
前橋工などもともと力はある県です。
そう言う意味では一番もしかしたら優勝とは縁遠いと言われてきたのは、
山形かもしれません。日大山形が個人的には気になってます。
さてそのほかのニュース。
最近気になったのは福知山市の花火大会で屋台爆発、
諏訪湖花火大会でのゲリラ豪雨、
はだしのゲンの閲覧制限です。
どれも一見ばらばらなようですが、「感覚を研ぎ澄ます」というキーワードで
これらのニュースの点と点を結んでみます。
まず屋台の爆発は明らかに人災ですね。
ただこれは決して他人事ではないですね。
時期的にキャンプなどで発電機を使用することもあるでしょうし、
自分は発電機使ったりしないからと言う人でも、
もっと言えばセルフのガソリンスタンドで給油する人が多くなりました。
暑いからエアコン切りたくないかもしれませんが、給油時にエンジンをきるのは
もはや当たり前、携帯電話のほか、金属のものから静電気ということも
考えられます。アクセサリーとかにも気をつけなければ。
車に乗るうえでガソリンは身近なものですが、身近なのに実は大変危険なものを
扱っているのだという認識を持たないと行けませんね。
諏訪湖花火大会でのゲリラ豪雨。
その日何度となくゲリラ豪雨に遭いながらも、青空が見えたと言うことで決行。
でも結局また降り出して中止が決定。
帰ろうにもゲリラ豪雨のためにJRはストップ。再開してもダイヤは乱れ、
結局家に帰れず避難所で一夜を明かす人が大勢出ました。
天災と片付けるのは簡単ですが、
見通しが甘かったと言う部分が多いにあります。
一番気になったこと、雨もさることながら、一番気にしないといけないのは
雷であること、雷への警戒が主催者の口から聞こえなかったこと。
ゲリラ豪雨を予測するのは難しいですが、雨雲レーダーなどである程度
雨雲の様子を予測はできます。
ただ雨が降ってる降ってない青空が出てきた、ということだけでなく、
何万人と言う人が押し寄せる、交通事情などを考え、そのあたりの
感覚を研ぎ澄ませていたのかどうか、、、、
『花火大会を中断します』のアナウンスに、来場者から、
「中断じゃなくて中止にしてよ」と言う声が上がったのが印象に残ってますし、
この一件をよくあらわしているともいえる気がします。
それから、はだしのゲンの閲覧制限。
ラジオで言っていたことですが、これは「表現が過激だ」と言うことになってますが、
実は、「漫画内での歴史認識」について陳情が来て、その処理をめんどくさい
と思い、いつのまにか「表現が過激」になった経緯があるそうで、実は、
めんどくさいものにはふたをしようという風潮に大いに問題がある、と。
そして、これが作り話なら話は違ってきますが、原爆と言う、現実に起きたことで
あり、作者サイドも、これでも子どもたちが読めるように書いた、実際の戦争、原爆の
むごさはこんなものではない、と語っています。
このニュースを聞いて頭によぎったのは二つのことです。
一つは、広島原爆の日、福岡にいるとNHKがちょっと式典を中継する程度ですが、
広島では各局様々な報道特番を組んでいました。
その中で『はだしのゲン』の特集もありました。
作者がまだ御存命の頃、子供たちに語りかけているVTRがありました。
「原爆は本当に地獄としか言いようがなかった。あなたたちにはもう二度とあんな経験を
してほしくない。だからどんな世の中になろうとも、どんなことがあっても、
戦争には絶対反対、そう言うんだぞ」と。
その時の子供たちを見る真剣な中沢さんの目。
もう一つは、同じころテレビで特集していた「戦争のゲーム化」。
米国で無人兵器展示会なるものが開かれ盛況だそうです。
ボタンひとつで人を撃つことがゲームを通り越しリアルな世界でも。
実際の戦争がゲーム化され人が殺される。
元軍人は言った。
「実際に人を殺すと多くの人は精神的障害を負うが、ゲームやシミュレーションで何十回、
何百回も繰り返せば感覚がマヒしてくる。そして実際に人を撃つ場面で躊躇なく人を撃つ
ことが出来る。そのためにシミュレーションを積むのだ」と。
ゲームでシミュレーションを積んで戦争へ向かい、実際に人を撃つ。
ちょっと待って。これは裏を返せば、どうでしょう。
テレビゲームや携帯ゲームでシューティングゲームを楽しむことで人を撃つことへの
感覚がマヒしていく。
小さな子が楽しそうに携帯ゲームで人を撃つ。
「別にこれはゲームだから」で済ませていいの?
人を撃つことが娯楽であっていいの?
現実に原爆の悲惨さを綴ったはだしのゲンが表現過激で閲覧を制限しながら、
小さな子でも人を銃で撃ったりするテレビゲームや携帯ゲームは野放しですか?
私はそう言いながらもパニック発作などがあるので、はだしのゲンは怖くて
読めませんでした。目をそむけている自分に罪悪感も感じました。
でも見る事ができなくても、「怖くて目をそむけてしまう」感覚を持つことだけでも
恐ろしさ、残酷さを肌で感じる、私は肌感覚で原爆怖い、戦争怖いと思ったものでした。
体調を崩そうが絶対目をそむけるななんてことではないはず。
私のように、残酷な絵や展示を見る事が出来ない子だっているでしょう。
だけど、閉架にすれば、読みたいと思ってる子の気持ちそのものを奪ってしまいます。
はじめから目にする機会を奪ってることになるのです。
私も講演活動をしていると、子供たちに刺激が強いからいじめの話はしないでくれと
言われたことがあります。
いじめの経験を持つ私が、いじめのことを話さずに、みんな仲良くねとか、
やさしさ大事だよと言うだけなら、誰だって言えます。
大人が子供たちの目に触れさせまい、触れさせまいと奔走してる姿を見透かして、
失望してる子供たちがいる事を大人は分かってるでしょうか?
理屈抜きに、いじめは怖い、戦争は怖い、原爆は怖い、そう思うことが
大事じゃないでしょうか?
「不条理さへの免疫が落ちてる」というラジオでの言葉が耳に残っています。
思いを馳せること、思いめぐらすこと、感覚を研ぎ澄ますこと、
最近、薄れてませんか?
肩がぶつかっただけで殺人事件に発展することもあるような現代社会です。
自動改札、自動販売機、一日一言も言葉を発さずに生活しようと思えば
それができてしまう、それが今の社会です。
痛いこと、失敗することを避けよう、避けよう、無菌室にでもいるような社会に
思えてならないのです。確かに残酷なニュースも多く、雑菌だらけの社会から
離したくなる気持ちも分かります。
だけど一方で子供たちがしてるゲームは?テレビは?映画は?
漫才で人の頭を平気に「ばかやろう」と叩くのなんて日常茶飯事。
こけてけがしちゃいけないから外で遊んじゃだめ、
運動会で順位つけると波風立つからやめよう、
演劇で主役じゃない人から文句が上がるから、みんな主役にしよう、
?が私の頭を駆け巡る。
もちろん安全第一、熱中症にも気をつけなければなりません。
だけど常にクーラーの下、室内、膝すりむいた経験もない、
暑い、寒い、痛い、悲しい、かわいそう、怖い…
痛いとか悲しいとかほんとなら経験したくないけど、経験するからこそ、
人の痛みが分かるんです。
膝すりむいたのを見て、こっちまで痛いような気がして、足がずーんとする、
そんな経験が大事じゃないのかなって思うんです。
感覚、研ぎ澄ませてますか?自分にもそう問いかけます。
子供の頃からの作文の癖と言いましょうか、作文が好きだったこともあり、
出先でケイタイからさくっと更新なんてことが出来ず、やはり家のパソコンの前に座り、
とりあえず思いつくままに筆ならぬキーボードを進め、推敲し、ああでもないこうでもないと、
そんな有様なのでブログの更新が滞って申し訳ないことです。
近況は是非Twitter(@rebnet)や、Facebook「笛田千裕」、「リコーダー・アース・ブリッジ」を
ご覧くださいませ。
ちなみにFacebookは見るだけでも登録しないと行けませんが、
Twitterは別に登録せずとも自由にご覧になれますので。
さて、久しぶりに最近のニュースを拾ってみたいと思います。
熟成させ、そしてテイスティングをするワインのように、
そしてワインのプロフェッショナルであり案内人でもあるソムリエのように、
ニュースと向き合ってみようと言うことで、実は、リコーダー・アース・ブリッジ
の活動を立ち上げてホームページを開設した際に同時に勝手に命名、
活動をスタートさせた「ニュースのソムリエ」も10周年と相成りました。
送られてきたばかりの第一報では分からない、ちょっと寝かせたほうがよいのでは、
と言うニュースは多くあります。たいてい真実は時間の経過と共に明らかになるもの
です。ワインと似ています。
そしてもう一つワインと似ているのはティスティングです。
それぞれの食事に合うワインが一般的にという部分もありますが、
一人一人のその時の気分、好みに合わせて選ぶのがソムリエです。
ニュースもしかりで、一人一人、一般論ではなく、あなたはそのニュースを
どう受け止めたのか、あくまであなたはどこのニュースの伝え方がフィットするのか、
8歳からニュースを見る事が日課だった私は常々そんな思いがあり、
それで「ニュースのソムリエ」を始めました。
なので、例えば、選挙の開票速報を各局が伝えます。
結果だけ知りたいのであれば一つの放送局だけでいい。
もっと言えば、日々のニュースを知りたいだけであれば、
新聞だって一紙だけでいいのです。
なのになぜ各局が伝えるのか、各紙新聞があるのか。
それがそれぞれの論調、それぞれの切り口です。
あそこはいい、あそこはだめだ、右だ、左だと非難するのは簡単です。
あくまであなたの考えにフィットする論調はどれですか?
あなたのお気に入りのワイン、お気に入りのお店、お気に入りの音楽、
お気に入りのドラマ、お気に入りのタレントを見つけるのと同じように、
お気に入りのニュース番組、お気に入りの放送局、お気に入りの新聞、
私はテレ朝の伝え方が好きだわとか、いや、TBSよ、
Jチャンネルがいいわ、わたしはWBSがフィットするわね、
井戸端会議でそんな会話が飛んだっていいと思うんですよ。
実際、メディアリテラシーについて研究している大学生のアンケートに
協力したことがありました。
そのなかにあなたがニュース番組をよく見る放送局はどこですか?
あなたがニュースを見る上で好きな放送局はどこですか?
という質問にNHK、テレ朝、テレ東、フジ、TBS、日テレと並んでいて、
理由も書くようになっていました。これは面白いと思います。
さて、前置きが長くなりましたが、最近のニュース。
まずは夏の甲子園。実は私、変わってて、代表校が決まるまでの
地方大会が一番好きです。新聞を見ていると最初は沖縄や北海道など、
片隅に結果が載っているのが次々各地で始まり、代表校が決まり始め、
一面全てが高校野球になっていくその広がり方と言いましょうか、
そして甲子園出場は49校でそのうちの頂点が決まるのですが、
まずその49校に入りたい、しかも一つの県代表の栄誉をかけて
3000校以上が挑戦するのです。毎年この時点で感動します。
そして甲子園。大阪桐蔭とか、常総、明徳といった優勝候補、
強豪とされるところが続々と去っていきました。
そして今年はまた死闘とも言うべき、競った試合ばかりです。
本当に勝ち負けをつけさせたくないくらい、決着をつけさせたくないくらいの
大熱戦です。いつになく感動しています。
さあベスト4。どこが勝っても初優勝。
九州勢と言う点で言えば延岡学園ですが、花巻東も優勝こそないものの、
選抜では決勝まで行ったことがありますし、菊池、大谷の活躍で有名に
なりました。前橋育英も出場すら初ですが、群馬は桐生第一が優勝経験があり、
前橋工などもともと力はある県です。
そう言う意味では一番もしかしたら優勝とは縁遠いと言われてきたのは、
山形かもしれません。日大山形が個人的には気になってます。
さてそのほかのニュース。
最近気になったのは福知山市の花火大会で屋台爆発、
諏訪湖花火大会でのゲリラ豪雨、
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どれも一見ばらばらなようですが、「感覚を研ぎ澄ます」というキーワードで
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まず屋台の爆発は明らかに人災ですね。
ただこれは決して他人事ではないですね。
時期的にキャンプなどで発電機を使用することもあるでしょうし、
自分は発電機使ったりしないからと言う人でも、
もっと言えばセルフのガソリンスタンドで給油する人が多くなりました。
暑いからエアコン切りたくないかもしれませんが、給油時にエンジンをきるのは
もはや当たり前、携帯電話のほか、金属のものから静電気ということも
考えられます。アクセサリーとかにも気をつけなければ。
車に乗るうえでガソリンは身近なものですが、身近なのに実は大変危険なものを
扱っているのだという認識を持たないと行けませんね。
諏訪湖花火大会でのゲリラ豪雨。
その日何度となくゲリラ豪雨に遭いながらも、青空が見えたと言うことで決行。
でも結局また降り出して中止が決定。
帰ろうにもゲリラ豪雨のためにJRはストップ。再開してもダイヤは乱れ、
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天災と片付けるのは簡単ですが、
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一番気になったこと、雨もさることながら、一番気にしないといけないのは
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ゲリラ豪雨を予測するのは難しいですが、雨雲レーダーなどである程度
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ただ雨が降ってる降ってない青空が出てきた、ということだけでなく、
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「中断じゃなくて中止にしてよ」と言う声が上がったのが印象に残ってますし、
この一件をよくあらわしているともいえる気がします。
それから、はだしのゲンの閲覧制限。
ラジオで言っていたことですが、これは「表現が過激だ」と言うことになってますが、
実は、「漫画内での歴史認識」について陳情が来て、その処理をめんどくさい
と思い、いつのまにか「表現が過激」になった経緯があるそうで、実は、
めんどくさいものにはふたをしようという風潮に大いに問題がある、と。
そして、これが作り話なら話は違ってきますが、原爆と言う、現実に起きたことで
あり、作者サイドも、これでも子どもたちが読めるように書いた、実際の戦争、原爆の
むごさはこんなものではない、と語っています。
このニュースを聞いて頭によぎったのは二つのことです。
一つは、広島原爆の日、福岡にいるとNHKがちょっと式典を中継する程度ですが、
広島では各局様々な報道特番を組んでいました。
その中で『はだしのゲン』の特集もありました。
作者がまだ御存命の頃、子供たちに語りかけているVTRがありました。
「原爆は本当に地獄としか言いようがなかった。あなたたちにはもう二度とあんな経験を
してほしくない。だからどんな世の中になろうとも、どんなことがあっても、
戦争には絶対反対、そう言うんだぞ」と。
その時の子供たちを見る真剣な中沢さんの目。
もう一つは、同じころテレビで特集していた「戦争のゲーム化」。
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ボタンひとつで人を撃つことがゲームを通り越しリアルな世界でも。
実際の戦争がゲーム化され人が殺される。
元軍人は言った。
「実際に人を殺すと多くの人は精神的障害を負うが、ゲームやシミュレーションで何十回、
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ことが出来る。そのためにシミュレーションを積むのだ」と。
ゲームでシミュレーションを積んで戦争へ向かい、実際に人を撃つ。
ちょっと待って。これは裏を返せば、どうでしょう。
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感覚がマヒしていく。
小さな子が楽しそうに携帯ゲームで人を撃つ。
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小さな子でも人を銃で撃ったりするテレビゲームや携帯ゲームは野放しですか?
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読めませんでした。目をそむけている自分に罪悪感も感じました。
でも見る事ができなくても、「怖くて目をそむけてしまう」感覚を持つことだけでも
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体調を崩そうが絶対目をそむけるななんてことではないはず。
私のように、残酷な絵や展示を見る事が出来ない子だっているでしょう。
だけど、閉架にすれば、読みたいと思ってる子の気持ちそのものを奪ってしまいます。
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いじめの経験を持つ私が、いじめのことを話さずに、みんな仲良くねとか、
やさしさ大事だよと言うだけなら、誰だって言えます。
大人が子供たちの目に触れさせまい、触れさせまいと奔走してる姿を見透かして、
失望してる子供たちがいる事を大人は分かってるでしょうか?
理屈抜きに、いじめは怖い、戦争は怖い、原爆は怖い、そう思うことが
大事じゃないでしょうか?
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思いを馳せること、思いめぐらすこと、感覚を研ぎ澄ますこと、
最近、薄れてませんか?
肩がぶつかっただけで殺人事件に発展することもあるような現代社会です。
自動改札、自動販売機、一日一言も言葉を発さずに生活しようと思えば
それができてしまう、それが今の社会です。
痛いこと、失敗することを避けよう、避けよう、無菌室にでもいるような社会に
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もちろん安全第一、熱中症にも気をつけなければなりません。
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痛いとか悲しいとかほんとなら経験したくないけど、経験するからこそ、
人の痛みが分かるんです。
膝すりむいたのを見て、こっちまで痛いような気がして、足がずーんとする、
そんな経験が大事じゃないのかなって思うんです。
感覚、研ぎ澄ませてますか?自分にもそう問いかけます。