いろいろ頭を駆け巡りながらなかなかまとまらず、
まぁもっとも日ごろすっきりまとまったブログでないことが多いですが・・・。
書きたいことはいろいろあるのに、
気がつけば2週間以上も更新が出来ていませんでした。
ここ最近をざっと振り返ると、大きなイベント?!はポポラートの
GoGoCafeで飛び入りライブさせていただいたこと、そして土曜日は、
黒崎祇園でにぎわう熊手銀天街で絵本のお話会や、リコーダー演奏しました。
飛び入りライブにこられてた方と熊手で再会。
チック・コリアのスペインを気に入ってくださいました。
リコーダーソロ演奏なので、バンドなどと違い、パンチ力には欠けますが、
でも音量には現れない力強さが伝わったと言っていただきました。
ありがたいことです。
私に出来ること・・・・
活動10周年まであと16日。
私は名だたる一流アーティストではありません。
祭りでにぎわう中、ステージで観客を沸かすパンチ力もありません。
それでも、リコーダー演奏と語りにできること・・・
最近のニュースに目を移せば、あいかわらず、
いじめによる自殺が後を絶ちません。
死のうとしたことのある私は偉そうなことはいえません。
それに、「命を大切にしろ!」で片付く話じゃないからです。
よく、いじめはなくならない、という言葉を耳にします。
戦争もそうですが、確かにそうかもしれないけど、
私は、いじめのない学校にする、という目標は無意味だとは思いません。
きれい事かもしれないけど、本当に真剣に向き合えば、
いじめはなくなる、私はそう思うし、そう信じたい。
だけど、もしいじめが起きたとして、それは、
何も特殊なものではなく、いつ誰におきてもおかしくないもの。
いじめがないのが理想だし、そこを目指していかないといけないけど、
でも、いつ誰におきてもおかしくないもの。
だから、かくさないでほしい。
いじめの可能性があるとはいえない、なんていい方はやめてほしいし、
いじめの定義づけに心を、いや、頭を使うのはやめてほしい。
たとえ差別用語ではない、たとえば「背が低いね」という一言も、
本人が気にしているのを知っていて、毎日のようにその人にその言葉を
浴びせたら、その言葉自体は悪口や差別用語でなくても、
それで日々当人が追い込まれていくとしたら、それはもう立派な、いじめ。
いじめなんてないほうがいいけど、でも決して特別なものではない。
学校の恥、業績を気にしてるのかは知らないけど、
いじめを真正面から受け止めるところから始めてほしい。
本当に、リアルに、いじめって何なのか、定義ではなく、
何が苦しく、何にもがくのか、生きた声を聞いてほしい。
そして今日は二年ぶりに嘉麻市の寄ってこハウスにて、
引きこもり支援の場で演奏させていただきました。
月に一度のひきこもり家族のつどいの日。
私には演奏と共に語ることが精一杯のできる事だから。
点頭てんかんのことに始まり、いじめ、ひきこもり、自殺未遂、
ありのままをリコーダーの音色とともに語りました。
活動を始めてからも、
自分のことを語るのは独りよがりかと悩んだこと。
同情してもらいたいだけだと批判も受けたこと。
それでも、今の自分にできる精一杯の事をしていきたいこと。
もう生きていけないと言う気持ちは、命を大切にしろ!
で片付くことでもなく、いとも簡単に負の方にひきずられそうになって、
そのせめぎ合いなこと。
それはまるで夕立ちのよう。
何も特別なものではなく、空に浮かんでいる雲が、
大気の状態が不安定になることで、積乱雲として発達し、
やがて雷と共ににわか雨を降らす。
人間も、不安定になると積乱雲が発達し、
やがてそれは時として集中豪雨になる。
障害、セクシャルマイノリティとも向き合いながらなので、
明らかに大多数の人とと違い、社会の大きな流れには乗れない。
だけど、人生は多数決じゃない。
マイノリティ、拾ってもらえないほどの少数の声かもしれないけど、
声を出さなきゃ。
だからこそ私は語る。
今日参加された方からは、リコーダーの音色が優しく、語りも優しく、
壮絶な体験を語っているのにとても明るく話していて、希望を見つけた、
発達障害のこととかしっかり学んだつもりでいたけど、生身の体験を
実際に聞くと全然違う、
そう言って頂けました。
そして、ちひろさんにしかできないことだから、
これからも語り続けてほしい、と。
私は、ぼけーっとしてて、どうしょうもないなぁ私って、って思うことが
多かったけど、この二年でリコーダーがまた上達しましたね、とか、
二年前よりさらに成長してるとか、ちひろさんは強い人ですね、
などと言って頂いて恐縮至極です。5月には生きる気力を無くした、
よわーいよわーい私なのに…。
語りかけ、そして、音楽をかける。それは生演奏で。
私にとって人生そのものが「ラジオ番組」なのかもしれません。
肩書きはつきませんが、職業としては何とまとめたらいいのか分からないけど、
私はリコーダー演奏と共に語っていく。
それは仕事と言うより、「生業」、「人生そのもの」です。
ちひろさんもああやって何とか生きてるみたいだから、
私も頑張れるかも…・
もしそう思って頂けるのであれば…その一念で私は語り続けます。
演奏は7曲ほど。
映画「風立ちぬ」主題歌!と言うより、40年前のユーミンのナンバー、
「ひこうき雲」を音をとって今日初めて披露しました。
どきどき。とちらずに出来たので、明日の図書館、土曜の病院で演奏しようかな。
私の周りを見渡せばアクティブな方がいっぱいいらっしゃいます。
その点、私は、リコーダー演奏と語りが私にできる精一杯のことです。
スポットライトは当たりませんが、自分らしく、ゆっくり頑張っていきたいと思います。
体力と懐が許す限り、どこへでも飛んで行って、演奏と共に生きる事とはなんぞや?
と語り続けていきたい。そう思います。
まぁもっとも日ごろすっきりまとまったブログでないことが多いですが・・・。
書きたいことはいろいろあるのに、
気がつけば2週間以上も更新が出来ていませんでした。
ここ最近をざっと振り返ると、大きなイベント?!はポポラートの
GoGoCafeで飛び入りライブさせていただいたこと、そして土曜日は、
黒崎祇園でにぎわう熊手銀天街で絵本のお話会や、リコーダー演奏しました。
飛び入りライブにこられてた方と熊手で再会。
チック・コリアのスペインを気に入ってくださいました。
リコーダーソロ演奏なので、バンドなどと違い、パンチ力には欠けますが、
でも音量には現れない力強さが伝わったと言っていただきました。
ありがたいことです。
私に出来ること・・・・
活動10周年まであと16日。
私は名だたる一流アーティストではありません。
祭りでにぎわう中、ステージで観客を沸かすパンチ力もありません。
それでも、リコーダー演奏と語りにできること・・・
最近のニュースに目を移せば、あいかわらず、
いじめによる自殺が後を絶ちません。
死のうとしたことのある私は偉そうなことはいえません。
それに、「命を大切にしろ!」で片付く話じゃないからです。
よく、いじめはなくならない、という言葉を耳にします。
戦争もそうですが、確かにそうかもしれないけど、
私は、いじめのない学校にする、という目標は無意味だとは思いません。
きれい事かもしれないけど、本当に真剣に向き合えば、
いじめはなくなる、私はそう思うし、そう信じたい。
だけど、もしいじめが起きたとして、それは、
何も特殊なものではなく、いつ誰におきてもおかしくないもの。
いじめがないのが理想だし、そこを目指していかないといけないけど、
でも、いつ誰におきてもおかしくないもの。
だから、かくさないでほしい。
いじめの可能性があるとはいえない、なんていい方はやめてほしいし、
いじめの定義づけに心を、いや、頭を使うのはやめてほしい。
たとえ差別用語ではない、たとえば「背が低いね」という一言も、
本人が気にしているのを知っていて、毎日のようにその人にその言葉を
浴びせたら、その言葉自体は悪口や差別用語でなくても、
それで日々当人が追い込まれていくとしたら、それはもう立派な、いじめ。
いじめなんてないほうがいいけど、でも決して特別なものではない。
学校の恥、業績を気にしてるのかは知らないけど、
いじめを真正面から受け止めるところから始めてほしい。
本当に、リアルに、いじめって何なのか、定義ではなく、
何が苦しく、何にもがくのか、生きた声を聞いてほしい。
そして今日は二年ぶりに嘉麻市の寄ってこハウスにて、
引きこもり支援の場で演奏させていただきました。
月に一度のひきこもり家族のつどいの日。
私には演奏と共に語ることが精一杯のできる事だから。
点頭てんかんのことに始まり、いじめ、ひきこもり、自殺未遂、
ありのままをリコーダーの音色とともに語りました。
活動を始めてからも、
自分のことを語るのは独りよがりかと悩んだこと。
同情してもらいたいだけだと批判も受けたこと。
それでも、今の自分にできる精一杯の事をしていきたいこと。
もう生きていけないと言う気持ちは、命を大切にしろ!
で片付くことでもなく、いとも簡単に負の方にひきずられそうになって、
そのせめぎ合いなこと。
それはまるで夕立ちのよう。
何も特別なものではなく、空に浮かんでいる雲が、
大気の状態が不安定になることで、積乱雲として発達し、
やがて雷と共ににわか雨を降らす。
人間も、不安定になると積乱雲が発達し、
やがてそれは時として集中豪雨になる。
障害、セクシャルマイノリティとも向き合いながらなので、
明らかに大多数の人とと違い、社会の大きな流れには乗れない。
だけど、人生は多数決じゃない。
マイノリティ、拾ってもらえないほどの少数の声かもしれないけど、
声を出さなきゃ。
だからこそ私は語る。
今日参加された方からは、リコーダーの音色が優しく、語りも優しく、
壮絶な体験を語っているのにとても明るく話していて、希望を見つけた、
発達障害のこととかしっかり学んだつもりでいたけど、生身の体験を
実際に聞くと全然違う、
そう言って頂けました。
そして、ちひろさんにしかできないことだから、
これからも語り続けてほしい、と。
私は、ぼけーっとしてて、どうしょうもないなぁ私って、って思うことが
多かったけど、この二年でリコーダーがまた上達しましたね、とか、
二年前よりさらに成長してるとか、ちひろさんは強い人ですね、
などと言って頂いて恐縮至極です。5月には生きる気力を無くした、
よわーいよわーい私なのに…。
語りかけ、そして、音楽をかける。それは生演奏で。
私にとって人生そのものが「ラジオ番組」なのかもしれません。
肩書きはつきませんが、職業としては何とまとめたらいいのか分からないけど、
私はリコーダー演奏と共に語っていく。
それは仕事と言うより、「生業」、「人生そのもの」です。
ちひろさんもああやって何とか生きてるみたいだから、
私も頑張れるかも…・
もしそう思って頂けるのであれば…その一念で私は語り続けます。
演奏は7曲ほど。
映画「風立ちぬ」主題歌!と言うより、40年前のユーミンのナンバー、
「ひこうき雲」を音をとって今日初めて披露しました。
どきどき。とちらずに出来たので、明日の図書館、土曜の病院で演奏しようかな。
私の周りを見渡せばアクティブな方がいっぱいいらっしゃいます。
その点、私は、リコーダー演奏と語りが私にできる精一杯のことです。
スポットライトは当たりませんが、自分らしく、ゆっくり頑張っていきたいと思います。
体力と懐が許す限り、どこへでも飛んで行って、演奏と共に生きる事とはなんぞや?
と語り続けていきたい。そう思います。