今日は朝早くから小学校で絵本読み。
その足でコムシティへ。
4月にテナントや市民活動サポートセンター移転で再開したコムシティ。
5月7日からは八幡西区役所もここに移ってきました。
そこには親子ふれあいルームも。
私の活動を応援して下さってる方がこちらの親子ふれあいルームのスタッフを
されてて、お声掛けいただき、リコーダー演奏に。
11時からと14時からの2回。
先週の三郎丸市民センターの子育てフリースペースと同じように、
リコーダー演奏と共にメッセージを伝えました。
5歳までの命だったこと。
熱いも、寒いも、痛いも何も分からない、喜怒哀楽どころか、
人間として普通に感じる、熱いなどの感覚すらない子だったこと。
命は取り留めたけど、大事な時期に成長がなかったことで、
発達の遅れがあったこと。
とりあえずは大人の身体になったけど、
成熟した大人の身体にはなりきれなかったこと。
ホルモンバランスが崩れていること。
発作が頻発すること。
自分も子育てするようになってから子育て中のお母さん方に語りかけようと
思ったけど、私は男性にも、女性にもなれない身体であること。
私は父親ではなく、自分で子を産む母親になりたかったこと。
でもそれは天地がひっくり返ったってかなわないこと。
切なくて切なくて、せめて地域のお母さんになりたいと思ったこと。
だからこそ子育てに関わっていきたいと思ったこと。
そして、子育てにしてもお仕事にしても生き方にしても
「こうじゃなきゃ」と固まってしまってそれで息苦しくなったりするけど、
いろんな生き方、いろんな考え方があっていいんだ、ということ。
肩の力抜いていいんだよということ。
最近、少子化対策に乗り出すと言うことで女性手帳などのニュースが
出てて、物凄く苦しくなります。
例えば不妊治療のことだって、
医学的な不妊症の定義は、
「健康な男女が子供を望んで性行為を行っているにもかかわらず、
2年以上赤ちゃんができない」こと。
なんだそうですが、私はまず「健康な男女」ってところから引っかかる。
私は男性にも女性にもなれないのだから。
私の身体は男性も、女性も混在してる身体。
男性としても女性としても生きられない人のことなんて政府は
全く眼中にないんでしょうね。
男性と女性が出会い結ばれ子供が出来る。それが自然な流れですものね。
あんたは人間じゃない!って言われてるような気さえしてきて苦しい。
そもそも生殖できないなんて生物として失格とさえ…。
演奏が終わった後も、お母さん方とお話ししたり、子供たちと遊んだりしました。
本当の母親にはなれないけど、でも、小さな子たちと一緒にいると、
やっぱり心がきゅーんとなって、涙すら出てきそうなほど、
子供たち一人一人がいとおしい。
私は父親にも母親にもなれないし、世間一般の結婚すらできない。
異性も同性も分からない。そもそも自分の「性」が分からない。
これは本当に苦しいことなんだけど、
でも、それならせめてひろーい意味でのお母さんになりたい。
子育てしてない人に子育てのことは分からないのだからかかわるな!
と随分言われたけど、もちろん経験にはかなわないけど、
永久に私はわが子を抱くことが出来ないのだから、子育てへの思いは
どれほど強いことか…。
どうあがいても身体のパーツは男性でありながら、体内の発する信号、
バイオリズムは女性。私は女性として生きると覚悟を決めた。
今日は「パパと遊ぼう」の日だったけど、
「リコーダーのお姉さん」で紹介してもらいました。 笑。
セクシャルマイノリティって難しいと敬遠されがちだけど、
私の中身は何も変わってないし、なにも複雑ではないし、
シンプルに、生きるとは?とか命とは?ということに正面から向き合う。
男の子だからこうあるべきとか、女の子だからこうあるべきではなく、
ありのままのその子らしさを見つめて…。
そこにはぎゅっと「生きる事って」というシンプルでありながら核心が詰まってる。
だから、それは決してただの嘆き節なんかじゃない。
私にできる形で、リコーダー演奏とゆったりとしたおしゃべりを通して、
子育てに関わって行けたら…
北九州市内にも沢山子育てフリースペースがあるので、
一人でも多くの赤ちゃん、小さな子供たち、お母さん、お父さんに出会いたい。
私にできる事でささやかながら背中を押したい。
それにしても、ほんのちょっぴり切ないから言わせて。
つくづく、お母さんになりたかったなぁ…。
ちひろさん、子供たちがなついてるね、って言われることあるけど、
いやいや、本当にいつも思うのよ。
子供たちが私に心開いてくれて、目立ついでたちだけど、
お父さんお母さん方が私の演奏に話しに心開いて下さって、
こちらがお礼を言いたいくらいです。
私は永久に出産どころかわが子を抱くこと、結婚すらできない人間なのは
悲しいけど、でも、女性として活き活きとして生きて、いつかきっと、
価値観を分かち合える人、寄り添える人、パートナーに巡り合える日を
あきらめないわ。
だって、それなら天地がひっくり返らなくても実現しそうな気がするから。
性別のこと、障害のこと、子育てのことも含めて伝えたいことを本に書いてるので、
一人でも多くの方に読んでいただけたら嬉しいなぁ。
電子書籍として作って、活字版は手作り製本してるけど、そのサイトが
オプションで紙の印刷もしますよと言ってくれたけど、100部作ってやっぱり
6,7万はかかり、しかも一括で支払わなくてはならなくて、
やっぱりぼちぼちいくしかないね・・・。
ところで・・・
演奏の合間にお昼、障害者支援をされているお店でカレーを頂きました。
ココナツミルクの入ったカレー。サラダ&ドリンク付き500円。
プラス50円で雑穀米にしてもらえます。
以前、食べに行った時、店員さんと仲良くなって、リコーダー演奏まで
しちゃったのですが、今日その店員さんから、
「メルヘンですね」と言われました。似合ってるそうです。照れますな。
妖精みたいだから、「フェアリー」って呼んでもいいですか?って。
「フェアリーちひろ」
芸名にいいかもよって。自分で言うのは照れるけど、ゴロはいいわね。
どうも。フェアリーちひろです。笑。
その足でコムシティへ。
4月にテナントや市民活動サポートセンター移転で再開したコムシティ。
5月7日からは八幡西区役所もここに移ってきました。
そこには親子ふれあいルームも。
私の活動を応援して下さってる方がこちらの親子ふれあいルームのスタッフを
されてて、お声掛けいただき、リコーダー演奏に。
11時からと14時からの2回。
先週の三郎丸市民センターの子育てフリースペースと同じように、
リコーダー演奏と共にメッセージを伝えました。
5歳までの命だったこと。
熱いも、寒いも、痛いも何も分からない、喜怒哀楽どころか、
人間として普通に感じる、熱いなどの感覚すらない子だったこと。
命は取り留めたけど、大事な時期に成長がなかったことで、
発達の遅れがあったこと。
とりあえずは大人の身体になったけど、
成熟した大人の身体にはなりきれなかったこと。
ホルモンバランスが崩れていること。
発作が頻発すること。
自分も子育てするようになってから子育て中のお母さん方に語りかけようと
思ったけど、私は男性にも、女性にもなれない身体であること。
私は父親ではなく、自分で子を産む母親になりたかったこと。
でもそれは天地がひっくり返ったってかなわないこと。
切なくて切なくて、せめて地域のお母さんになりたいと思ったこと。
だからこそ子育てに関わっていきたいと思ったこと。
そして、子育てにしてもお仕事にしても生き方にしても
「こうじゃなきゃ」と固まってしまってそれで息苦しくなったりするけど、
いろんな生き方、いろんな考え方があっていいんだ、ということ。
肩の力抜いていいんだよということ。
最近、少子化対策に乗り出すと言うことで女性手帳などのニュースが
出てて、物凄く苦しくなります。
例えば不妊治療のことだって、
医学的な不妊症の定義は、
「健康な男女が子供を望んで性行為を行っているにもかかわらず、
2年以上赤ちゃんができない」こと。
なんだそうですが、私はまず「健康な男女」ってところから引っかかる。
私は男性にも女性にもなれないのだから。
私の身体は男性も、女性も混在してる身体。
男性としても女性としても生きられない人のことなんて政府は
全く眼中にないんでしょうね。
男性と女性が出会い結ばれ子供が出来る。それが自然な流れですものね。
あんたは人間じゃない!って言われてるような気さえしてきて苦しい。
そもそも生殖できないなんて生物として失格とさえ…。
演奏が終わった後も、お母さん方とお話ししたり、子供たちと遊んだりしました。
本当の母親にはなれないけど、でも、小さな子たちと一緒にいると、
やっぱり心がきゅーんとなって、涙すら出てきそうなほど、
子供たち一人一人がいとおしい。
私は父親にも母親にもなれないし、世間一般の結婚すらできない。
異性も同性も分からない。そもそも自分の「性」が分からない。
これは本当に苦しいことなんだけど、
でも、それならせめてひろーい意味でのお母さんになりたい。
子育てしてない人に子育てのことは分からないのだからかかわるな!
と随分言われたけど、もちろん経験にはかなわないけど、
永久に私はわが子を抱くことが出来ないのだから、子育てへの思いは
どれほど強いことか…。
どうあがいても身体のパーツは男性でありながら、体内の発する信号、
バイオリズムは女性。私は女性として生きると覚悟を決めた。
今日は「パパと遊ぼう」の日だったけど、
「リコーダーのお姉さん」で紹介してもらいました。 笑。
セクシャルマイノリティって難しいと敬遠されがちだけど、
私の中身は何も変わってないし、なにも複雑ではないし、
シンプルに、生きるとは?とか命とは?ということに正面から向き合う。
男の子だからこうあるべきとか、女の子だからこうあるべきではなく、
ありのままのその子らしさを見つめて…。
そこにはぎゅっと「生きる事って」というシンプルでありながら核心が詰まってる。
だから、それは決してただの嘆き節なんかじゃない。
私にできる形で、リコーダー演奏とゆったりとしたおしゃべりを通して、
子育てに関わって行けたら…
北九州市内にも沢山子育てフリースペースがあるので、
一人でも多くの赤ちゃん、小さな子供たち、お母さん、お父さんに出会いたい。
私にできる事でささやかながら背中を押したい。
それにしても、ほんのちょっぴり切ないから言わせて。
つくづく、お母さんになりたかったなぁ…。
ちひろさん、子供たちがなついてるね、って言われることあるけど、
いやいや、本当にいつも思うのよ。
子供たちが私に心開いてくれて、目立ついでたちだけど、
お父さんお母さん方が私の演奏に話しに心開いて下さって、
こちらがお礼を言いたいくらいです。
私は永久に出産どころかわが子を抱くこと、結婚すらできない人間なのは
悲しいけど、でも、女性として活き活きとして生きて、いつかきっと、
価値観を分かち合える人、寄り添える人、パートナーに巡り合える日を
あきらめないわ。
だって、それなら天地がひっくり返らなくても実現しそうな気がするから。
性別のこと、障害のこと、子育てのことも含めて伝えたいことを本に書いてるので、
一人でも多くの方に読んでいただけたら嬉しいなぁ。
電子書籍として作って、活字版は手作り製本してるけど、そのサイトが
オプションで紙の印刷もしますよと言ってくれたけど、100部作ってやっぱり
6,7万はかかり、しかも一括で支払わなくてはならなくて、
やっぱりぼちぼちいくしかないね・・・。
ところで・・・
演奏の合間にお昼、障害者支援をされているお店でカレーを頂きました。
ココナツミルクの入ったカレー。サラダ&ドリンク付き500円。
プラス50円で雑穀米にしてもらえます。
以前、食べに行った時、店員さんと仲良くなって、リコーダー演奏まで
しちゃったのですが、今日その店員さんから、
「メルヘンですね」と言われました。似合ってるそうです。照れますな。
妖精みたいだから、「フェアリー」って呼んでもいいですか?って。
「フェアリーちひろ」
芸名にいいかもよって。自分で言うのは照れるけど、ゴロはいいわね。
どうも。フェアリーちひろです。笑。