ごめんなさい。
なんだかまた気持ちがもやもやとして、気の向くままに
取り留めのない、長いブログです。ごめんなさい。

フットワークは軽くても、自由が利かない身体と、パニック発作と、自分の性別がわからない、
これらと上手く折り合いをつけ、毎日が手探り状態の私ですが、
明日は生協の総会で福祉活動団体としてプレゼンします。

ただ演奏するだけでなく、教育、子育て、福祉の面の活動の意義を語ってきます。
毎度のことながら正直不安です。

生きていく、仕事しなきゃ!と言うことも考えないといけない。
生きていく上でお金のことはどうしても避けては通れない。

私の持ち味はリコーダー。
でも、世の中にリコーダー奏者は実は山ほどいる。

私を指さし同情してもらいたいだけだと人は言う。
物乞いだとまで揶揄されたことがある。

でも、この前、母とも話したけど、もしそうなら私は多分リコーダーすら吹かず、
すべてを放り出し、今も家に閉じこもって一歩も出ていないと思う。

この前、福祉センターで面談や検査を受け、改めて、良くも悪くも、私の今の現実を
突きつけられた。身体が思うように動かないだけでない、頭脳面でも、いやおうなしに
向き合わなきゃいけない厳しい現実を…。30台と言う実年齢を忘れてしまうほど、
ここ数年で一気に衰えた錯覚さえ感じる。

甘えでもなんでもない、明らかに街中を歩けなくなってきている。
線路に転落しかけたり、繁華街のど真ん中で痙攣で倒れたり、
列車の通過を待つ踏切で何度となく踏切内に転倒しかけたことすらあった。
甘えだの何だのと言われることが怖くてなかなか人には言えないけど、
正直、もう身体の面では限界です。かなり這いつくばってます。

女性として生きて行くなんて一言で言ってしまうと、女性が楽だと思うなだのなんだのと
言われるけど、これもこの前、母ともさんざん話をした。
福祉センターで母があらいざらい私のこれまでを話していた。

実は、私の身体が未熟なまま、中途半端にとりあえず大人になった、
だから、男性にも、女性にもなれない、大人とも言えない、子供とも言えない身体になったことを
母の口から改めて聞いた。正直つらかった。
母はその時言った。
「福祉センターの人に話すけど、つらいだろうから耳ふさいでて」って。

母が私に「耳ふさいで」って言うことなんてほとんどない。
母は懸命に涙をこらえつつ話してた。
そんな母を横目に、私に今突きつけられている現実をかみしめた。

だからといって、こんなにもかわいそうでしょ?って言いたいわけじゃないの。
でもね、君は頑張ってない!とか、君だけが苦労していると思うな!とか言われることが
多いから、そんな人には私がのほほーんと何も考えず生きてる訳じゃなく、
私なりに格闘して生きているのだと言うことを本当は伝えたい。

性同一性障害と言う一言でも片付けようのない、あまりにも説明のつかない私の身体。

「女の子に産んであげられなくてごめんね」
「点頭てんかんにかからなかったら」

そんなことを言っても仕方ない事は私も母も百も承知だけど、
母はそう涙ながらに私に言った。

社会の波に乗ろうともがいた。普通に働こうともがいた。
そのたびに不採用を通知されるだけでなく、必ず熨斗がついてきた。

使い物にならない。できそこない。知恵遅れ。と言う熨斗が。

それでも、私にできる事をあきらめたくなかった。
それじゃあ稼げないと分かっていても、私にやれることをやるしかなかった。

それが、演奏とともに語ること。

演奏家でもない、有識者でもない。
演奏者でもあり、講演を行う人でもある。という私ならではのものを。

微力ではあるけど、教育面、福祉面で社会を動かしたかった。
演奏と語りと言う肩の力を抜いたスタイルで教育、子育て、福祉面に風を
吹き込みたかった。

どんなに人がこれっぽっちも頑張ってないと言ったとしても、
私のキャパでは全力投球、這いつくばって生きてる。

でも不幸じゃない。

だからこそ演奏できるし、人前で語れる。

生きていて楽しいけど、楽じゃない。
生きていて楽じゃないけど楽しい。

杖生活も、パニック発作も、けいれんも、
ただのもの好きと誤解される性別の悩み
(本当はホルモンバランスの崩れ、発達の遅れによってどちらの性別にも
なれなかった訳なんだけど)も、好きで抱え込んでる訳でも、
気合いや努力で完治するわけでもない…
となれば、折り合いをつけて生きてくしかないじゃない。

生きざまを残したい。

リコーダー演奏と共に語ること、命の授業、講座、研修も大事にしたいのは、
リコーダー奏者だけなら山ほどいるかもしれないけど、私の生きざまを刻み、
今の世の中の問題でもあるいじめや引きこもりなど、教育、子育て、
福祉の面で訴えかけたいこと、伝えたいことがあるし、私だからできること、
たとえ発作などを抱えていても、
それらに折り合いをつけながらも全力投球でできる数少ない私にできることだと思うから。

障害に対する理解、いじめや引きこもりに対する理解、
多くの人が自分の性別に疑問を持たずに生きているこの社会に
生きずらさを感じている方への理解の為に私にできること。

今までで一番緊張したのは、福岡県の小学校教員100人以上が集った
教職員研修の場で講師として体験を語ったこと。
ドキドキしたけど、私なりに教育界に風を吹きこめたと思う。

私が抱えているこれらはもう私が死ぬときまで付き合わなきゃいけないものになった。
死ぬまで付き合うものなのだから、乗り越えようとか、治そうとかではなく、
しっかり受け止め、折り合いをつけ、コントロールし、限られたキャパシティの中で
全力投球する。キャパは小さいかもしれないけど、その中で100%出し切ることは
逃げじゃなく、むしろ、正面から向かっていっていると私は信じたい。

迷惑ばかりかけている私が、生きることを許されているのか、それは分からない。
落伍者と言う烙印はこれでもかと言うくらい押されまくったけど、
医師がさじを投げた私の命が未だあると言うことは、
たとえ、性別不詳でも、頻繁に発作おこしても、線路に落ちかけても、
二度も交通事故に遭い、跳ね飛ばされて宙を舞っても、生きていると言うことは、
こんな私でも、生きることを許されてる。生きなさいと背中を押されてる。


仕事しなきゃと言う思いとは裏腹に、今の社会のレールの乗って働くと言うことが
難しい現状、今の活動の中で生きていくすべを見つけていかなきゃいけない。

こんな私が、この世に生きてて、ごめんなさい。
と言う言葉が頭をかすめない日はない。
だけど、どうやら、私の命の日数はまだまだ終わりを迎えてはくれない。

たぶん、生きなさいと言われてるのだと思う。
あなたにしかできないことがあるのだから生きなさいと言われてる気がする。
ずうずうしいかもしれないけど。

私はいい意味で、全てを背負って生きていきたい。

発作とやらともうまく付き合いながら、こうなれば凛とした女性として私は生きる。

いばらの道とは思うけど、今の自分のペースの中で生きていくすべを見つけたい。
だからこそ、たかがリコーダーかもしれないけど、物乞いと言われようが、
これが私の生き様だから、全身全霊でリコーダーを吹き、全身全霊で生きざまを
語る。同情ほしさなんてそんな甘いものじゃない、ほんとはもっと壮絶なもの。
それをリコーダーの音色と共に時に笑い飛ばして生きざまを紙いっぱいに
揮毫して生きる。

そして私は何より伝えたい。
本当はね、この世に、生きてちゃいけない人間なんて、生きてる意味のない人間
なんて一人もいないのだってことを。

とりあえず、明日頑張ってきます。