この時期は、年が明けて、さぁいい年にしなきゃ!と言う気持ちと、
この時期は演奏がぱたっと閑散期に入るために、
自分がどう生きていきたいかという点にブレはないものの、
それで生きていけるのか、不安とのせめぎ合いの時期でもあります。
そんな中で思ったこと…
まずはニュースから。
バスケット部主将の高校生が体罰を苦に自殺しました。
いろんな意見があるでしょう。
体罰と愛の鞭の境界。
部活なら叩かれることなんてよくあるとか、
自殺なんてもっと命を大事にしろとか、
わが子を自殺によって亡くした親御さんのインタビューで、
「もし体罰で勉強ができるようになったとかであるならまだしも、
自殺という結果に対しては、『体罰は正しかった』などとは言えない」
と語っていたことがすべてを物語っていた気がします。
そして、いじめによる自殺もそうですが、
決して自殺を美化するつもりはありませんが、
自殺するなんて命を粗末にするなとか、
叩かれることなんてしょっちゅうあってたのにそれで自殺するなんて軟弱だ
などと言う意見も耳にするけども、それにはちょっと待ってと言いたい。
確かに今のように体罰などと言われず、日常的にげんこつされたりしてたかもしれないけど、
それを引き合いに出して、体罰くらいで自殺するなんてとは言い切れないと思うのです。
それは、人の心は一人一人違うから。
逆に考えてみれば、自殺にまで追い込まれる体罰とはどれほどのものだったのか、
ニュースでしか受け取れない私たちには推測することしかできませんが、
死を考えるくらいに追い詰められていたと考えるなら…
「これくらいで」と思うことが本人にとっては「これくらいで」ではないのです。
自殺することは本当ならそうはならないことが一番です。
でも、私には、自殺するなんて命を粗末にしてると糾弾することは、
私にはできません。私も死を選択した一人だったかもしれないからです。
いつも思いだすことがあります。それは中学校の時のこと。
体罰ではありませんでしたが、それは数学の時間で起きました。
私は数学は本当にできの悪い生徒でした。
簡単な方程式もうまく解けないほどでした。
この方程式を解け!と私が指されました。
右手に竹刀を持った、こわーい数学教師でした。
何とか答えを言いました。
先生はそれに正解とも不正解とも言わずにぽつりと一言。
「お前は馬鹿か?」
これで不正解なんだとは分かりましたが、思いっきり殴られたくらいの衝撃でした。
でも、それはまだほんの序の口だったのです。
その次の一言で私は完全にKOされました。
「お前たち、いいか?ちゃんと勉強しないと、
笛田のように馬鹿になるんぞ~。なぁ、笛田。お前は馬鹿か?!」
もう、さらしものです。クラスメイトからのいじめはさらにヒートアップしました。
しかし、こんなことが日常的に繰り返されていました。
恨みつらみはありませんが、私はこのことを一生忘れません。
それはもうこんな思いを誰にもして貰いたくないからです。
教師の一言がどれほどの影響を及ぼすか、
学校現場にも言いたいと思います。
あのときのことはもう20年も前ですが、いまだに、ふとしたときに、
竹刀を持って、「お前は馬鹿か」と嘲笑うあの教師の顔に、声に
うなされます。まるで幻覚、幻聴です。
深く考えずに言い放った一言ほどその人の一生すら左右しかねないのです。
いじめだってそうです。
ちょっとちょっかいだしただけだろうに、と受け取る人もいれば、
そのレベルでも、死を考えるほどもがき苦しむ人だっているのです。
それは、一人一人心が違うから。
先日書いた、いじめ後遺症だってそうです。
いつまで何十年も前のことを引きずっているんだというようなことでも、
人によっては、幼少期に受けたいじめが一生つきまとい、苦しむ人が
いるのです。
それを否定せずに受け止めて、ゆっくり、ゆっくり氷を溶かすように、
寄り添っていく。
私自身がそうだったように、だめもとでいいから、もう一度人を信じてみようと
思う、そうなればいいのかなと思うのです。
私だからこそできる事をずっと考えていました。
甘えでもなんでもなく、私はやはり自分の抱えているもの、マイノリティも含め、
向き合い、上手に付き合っていきたいと思っています。
身体も思うように動かず、心身のバランスにもひずみが出てきて、
あらゆることにつまずき、「落ちこぼれ」とまで言われた中で、
1いや0.5でも0.1でも私にできることがきっと何かあるはず、、、、
それがリコーダーでした。そして、何もできないわけでなく、
これまで生きてきたことを語ってみることだってできるはず。
何も持っていないのならば、自分なりにもがいてきた中で歩んだ生きざまを
ぶつけてみよう。
まるで財布を逆さにして投げなしのお金をはたくように、
生きざまそのものを『財』としてぶつけてみよう。
そんな思いで一歩踏み出したのが10年前。
ただ、不安は今も抱えたままです。
果たして、これで生きていけるのか、答えはまだ分かりません。
でもまぎれもなく、これが私の見つけた「生きざま」なのです。
そして、夜に見たドキュメンタリー。
感染症で亡くなる子が多いウガンダで日本の消毒液を売り、
子供たちの命を一人でも救いたいというエピソード。
ビジネスにするなんてとか、寄付すればいいのにと言う声もあるかもしれない。
でも、慈善や寄付では長続きしない、現地に定着はしない。
おもえば、私の活動、演奏も、語りも、全くのボランティアでできることかもしれないし、
決して営利の活動でもありません。
だけど、今の自分に正直に向き合い、自分にできる事に素直に向き合った時、
リコーダー演奏、そして語ること、生きざまを表現することがまさに私にできることであり、
ある意味『財』であり、誤解を恐れずに言えば『商品』なのです。
何かを生み出すわけでもない。
何か建設されるわけでも、生産されるわけでもない。
でも表現することで、生きざまをぶつけることで、
発信なり、提案なりができるかもしれません。
経験を語ることで、いじめ、教育、福祉に関して理解が少しでも広がるかもしれない。
気付かなかったことに気づいてもらえて、何かが変わるかもしれない。
そう思えば何もせずにはおられないのです。
そして私が生きていけるようにということだけでなく、
私が生きていけることで、何か表現できるもの一つあれば何とか生きていけるんだ、
一歩踏み出せば何とか進んでいけるんだ、そう思ってもらえるかもしれない。
私にできることなんて微々たるものかもしれませんが、
動かずにはいられません。
そして、たとえのろのろとした歩みでも、一日一日が命がけです。
遊びとか、同情を引くとか、そんな生半可ではできませんし、10年も継続はできません。
私の活動は決して営利ではありませんが、
だからといって、恵んでもらう、というわけでもありません。
導き出した私の「生業」です。
導き出した、私だからこそできる表現、ツール・・・。
無償ボランティアと言うと一見聞こえはいいけども、
この人はきちんと生きていけてるのか、ということと紙一重です。
自立ってなんだろう。
生きるってなんだろう。
表現ってなんだろう。
いきざまってなんだろう。
答えは常に求め続けています。
たぶん、死ぬまで答えを求め続けるのでしょう。
私はこう生きている。
99につまづいても、たどりついた「1」。
99人が去って行ったとしても、99人に罵倒されたとしても、
残った一人が、私に出会えて生きていく元気が出たともしおっしゃるのであれば…
倒れては起き上がり、倒れては起き上がり、
正直、危なっかしい歩き方かもしれませんが、これで10年どうにか歩いてきました。
私は『可能性』を見つめています。
リコーダーにできること。
そして、生きざまをぶつけることでいろんなメッセージを発信し、
教育にしろ、子育てにしろ、福祉にしろ、
ふっと立ち止まってもらえることを。そしてそこから何かが変わり、
ほんのちょっとでも生きやすい社会になることを。
私は社会を動かせるような人間ではありません。
だけど、社会の為に何もできない人間でもないと思っています。
微力だけど、無力じゃない。
心が張り裂けそうになる自殺やいじめが少しでもなくなってほしい。
「馬鹿か?」と言われたあの日。
ちょっとした一言が殺傷能力のある凶器にすらなりうるのだということを
知ってほしい。
吹けば消えるような小さなともしびかもしれませんが、
私の命のともしびは消えてはいません。
私はリコーダーの音色と共に命を表現し続けたい。
一歩外に出ればそこが舞台。玄関を開けた瞬間から緞帳が上がる。
私は表現するよ。
この時期は演奏がぱたっと閑散期に入るために、
自分がどう生きていきたいかという点にブレはないものの、
それで生きていけるのか、不安とのせめぎ合いの時期でもあります。
そんな中で思ったこと…
まずはニュースから。
バスケット部主将の高校生が体罰を苦に自殺しました。
いろんな意見があるでしょう。
体罰と愛の鞭の境界。
部活なら叩かれることなんてよくあるとか、
自殺なんてもっと命を大事にしろとか、
わが子を自殺によって亡くした親御さんのインタビューで、
「もし体罰で勉強ができるようになったとかであるならまだしも、
自殺という結果に対しては、『体罰は正しかった』などとは言えない」
と語っていたことがすべてを物語っていた気がします。
そして、いじめによる自殺もそうですが、
決して自殺を美化するつもりはありませんが、
自殺するなんて命を粗末にするなとか、
叩かれることなんてしょっちゅうあってたのにそれで自殺するなんて軟弱だ
などと言う意見も耳にするけども、それにはちょっと待ってと言いたい。
確かに今のように体罰などと言われず、日常的にげんこつされたりしてたかもしれないけど、
それを引き合いに出して、体罰くらいで自殺するなんてとは言い切れないと思うのです。
それは、人の心は一人一人違うから。
逆に考えてみれば、自殺にまで追い込まれる体罰とはどれほどのものだったのか、
ニュースでしか受け取れない私たちには推測することしかできませんが、
死を考えるくらいに追い詰められていたと考えるなら…
「これくらいで」と思うことが本人にとっては「これくらいで」ではないのです。
自殺することは本当ならそうはならないことが一番です。
でも、私には、自殺するなんて命を粗末にしてると糾弾することは、
私にはできません。私も死を選択した一人だったかもしれないからです。
いつも思いだすことがあります。それは中学校の時のこと。
体罰ではありませんでしたが、それは数学の時間で起きました。
私は数学は本当にできの悪い生徒でした。
簡単な方程式もうまく解けないほどでした。
この方程式を解け!と私が指されました。
右手に竹刀を持った、こわーい数学教師でした。
何とか答えを言いました。
先生はそれに正解とも不正解とも言わずにぽつりと一言。
「お前は馬鹿か?」
これで不正解なんだとは分かりましたが、思いっきり殴られたくらいの衝撃でした。
でも、それはまだほんの序の口だったのです。
その次の一言で私は完全にKOされました。
「お前たち、いいか?ちゃんと勉強しないと、
笛田のように馬鹿になるんぞ~。なぁ、笛田。お前は馬鹿か?!」
もう、さらしものです。クラスメイトからのいじめはさらにヒートアップしました。
しかし、こんなことが日常的に繰り返されていました。
恨みつらみはありませんが、私はこのことを一生忘れません。
それはもうこんな思いを誰にもして貰いたくないからです。
教師の一言がどれほどの影響を及ぼすか、
学校現場にも言いたいと思います。
あのときのことはもう20年も前ですが、いまだに、ふとしたときに、
竹刀を持って、「お前は馬鹿か」と嘲笑うあの教師の顔に、声に
うなされます。まるで幻覚、幻聴です。
深く考えずに言い放った一言ほどその人の一生すら左右しかねないのです。
いじめだってそうです。
ちょっとちょっかいだしただけだろうに、と受け取る人もいれば、
そのレベルでも、死を考えるほどもがき苦しむ人だっているのです。
それは、一人一人心が違うから。
先日書いた、いじめ後遺症だってそうです。
いつまで何十年も前のことを引きずっているんだというようなことでも、
人によっては、幼少期に受けたいじめが一生つきまとい、苦しむ人が
いるのです。
それを否定せずに受け止めて、ゆっくり、ゆっくり氷を溶かすように、
寄り添っていく。
私自身がそうだったように、だめもとでいいから、もう一度人を信じてみようと
思う、そうなればいいのかなと思うのです。
私だからこそできる事をずっと考えていました。
甘えでもなんでもなく、私はやはり自分の抱えているもの、マイノリティも含め、
向き合い、上手に付き合っていきたいと思っています。
身体も思うように動かず、心身のバランスにもひずみが出てきて、
あらゆることにつまずき、「落ちこぼれ」とまで言われた中で、
1いや0.5でも0.1でも私にできることがきっと何かあるはず、、、、
それがリコーダーでした。そして、何もできないわけでなく、
これまで生きてきたことを語ってみることだってできるはず。
何も持っていないのならば、自分なりにもがいてきた中で歩んだ生きざまを
ぶつけてみよう。
まるで財布を逆さにして投げなしのお金をはたくように、
生きざまそのものを『財』としてぶつけてみよう。
そんな思いで一歩踏み出したのが10年前。
ただ、不安は今も抱えたままです。
果たして、これで生きていけるのか、答えはまだ分かりません。
でもまぎれもなく、これが私の見つけた「生きざま」なのです。
そして、夜に見たドキュメンタリー。
感染症で亡くなる子が多いウガンダで日本の消毒液を売り、
子供たちの命を一人でも救いたいというエピソード。
ビジネスにするなんてとか、寄付すればいいのにと言う声もあるかもしれない。
でも、慈善や寄付では長続きしない、現地に定着はしない。
おもえば、私の活動、演奏も、語りも、全くのボランティアでできることかもしれないし、
決して営利の活動でもありません。
だけど、今の自分に正直に向き合い、自分にできる事に素直に向き合った時、
リコーダー演奏、そして語ること、生きざまを表現することがまさに私にできることであり、
ある意味『財』であり、誤解を恐れずに言えば『商品』なのです。
何かを生み出すわけでもない。
何か建設されるわけでも、生産されるわけでもない。
でも表現することで、生きざまをぶつけることで、
発信なり、提案なりができるかもしれません。
経験を語ることで、いじめ、教育、福祉に関して理解が少しでも広がるかもしれない。
気付かなかったことに気づいてもらえて、何かが変わるかもしれない。
そう思えば何もせずにはおられないのです。
そして私が生きていけるようにということだけでなく、
私が生きていけることで、何か表現できるもの一つあれば何とか生きていけるんだ、
一歩踏み出せば何とか進んでいけるんだ、そう思ってもらえるかもしれない。
私にできることなんて微々たるものかもしれませんが、
動かずにはいられません。
そして、たとえのろのろとした歩みでも、一日一日が命がけです。
遊びとか、同情を引くとか、そんな生半可ではできませんし、10年も継続はできません。
私の活動は決して営利ではありませんが、
だからといって、恵んでもらう、というわけでもありません。
導き出した私の「生業」です。
導き出した、私だからこそできる表現、ツール・・・。
無償ボランティアと言うと一見聞こえはいいけども、
この人はきちんと生きていけてるのか、ということと紙一重です。
自立ってなんだろう。
生きるってなんだろう。
表現ってなんだろう。
いきざまってなんだろう。
答えは常に求め続けています。
たぶん、死ぬまで答えを求め続けるのでしょう。
私はこう生きている。
99につまづいても、たどりついた「1」。
99人が去って行ったとしても、99人に罵倒されたとしても、
残った一人が、私に出会えて生きていく元気が出たともしおっしゃるのであれば…
倒れては起き上がり、倒れては起き上がり、
正直、危なっかしい歩き方かもしれませんが、これで10年どうにか歩いてきました。
私は『可能性』を見つめています。
リコーダーにできること。
そして、生きざまをぶつけることでいろんなメッセージを発信し、
教育にしろ、子育てにしろ、福祉にしろ、
ふっと立ち止まってもらえることを。そしてそこから何かが変わり、
ほんのちょっとでも生きやすい社会になることを。
私は社会を動かせるような人間ではありません。
だけど、社会の為に何もできない人間でもないと思っています。
微力だけど、無力じゃない。
心が張り裂けそうになる自殺やいじめが少しでもなくなってほしい。
「馬鹿か?」と言われたあの日。
ちょっとした一言が殺傷能力のある凶器にすらなりうるのだということを
知ってほしい。
吹けば消えるような小さなともしびかもしれませんが、
私の命のともしびは消えてはいません。
私はリコーダーの音色と共に命を表現し続けたい。
一歩外に出ればそこが舞台。玄関を開けた瞬間から緞帳が上がる。
私は表現するよ。