引越しのどたばた騒ぎで更新が遅くなりました。
引越しが決定したことで、これからがどたばたの日々ですが、
思いついたら更新しますね。
そんなさなかにも、また、世の中オリンピック一色の中でも
忘れられない日がやってきました。
8月6日。ヒロシマ。
8月9日。ナガサキ。
そしてこの日は「小倉原爆」だったかもしれない日。
私が4年前に衝撃を受けたホームページ。
投下!~小倉上空10時44分~
http://www1.linkclub.or.jp/~oya-wm/arsenalkokurafile/dropfile/drop.html
私はその頃はまだ生まれていません。
なので想像しようにも想像を絶します。
だけど、今年の広島での平和への誓いにあったように、
「同じように体験することは出来ないけど、想像することによって共感する
ことができます」。
川の前に立ったとき、想像してみてください。
水を求めて叫ぶ人々の様子を。
熱くて熱くてたまらなくて川に飛び込む人々の様子を。
想像することしか出来ないけど、私はまるでその時代にタイムスリップ
したかのように、焼け野原の町が見えるような、叫ぶ声が聞こえるような、
それほど自分に迫ってきて、立っているのが苦しくなるほど、なぜか
私の身に迫ってきて、涙が止まらなくなって、私は経験していないから、
なんてそんな他人事ではなくなるほど自分に迫ってくるのです。
今年はオリンピックに押され、原爆の日の扱いはとても小さく、
テレビではほとんど報じられませんでした。
終戦の日に国民に黙祷を呼びかけているそうですが、
個人的な思いとしては、ヒロシマ・ナガサキに日本国中が黙祷してもいい
と思っています。
だって、全世界見渡しても、たったこの二つの都市だけに、
これまた世界ひろしといえど、これほどまでに残酷な兵器があるだろうかと
思うほどの原子爆弾が投下されたのです。
百年、二百年たとうと、人類が世界で生きている限りは、いつまでも
ヒロシマ、ナガサキのことを忘れちゃいけない。
そう思うのです。
同じいかされた命として、私は経験こそしてないけど、リコーダー演奏とともに
私が出会ったヒロシマ・ナガサキを伝え続けたい。
そして、8・9コクラだったかもしれないことも。
広島・中国新聞8・6号外
http://www.chugoku-np.co.jp/gougai/201208060001.pdf
8・6祈りに包まれた広島を写真で
http://www.chugoku-np.co.jp/gougai/201208060002.pdf
平和宣言・平和への誓い
http://www.chugoku-np.co.jp/gougai/201208060004.pdf
長崎市・平和宣言
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2012/0809/sengen/sengenj.html
長崎市・被爆者代表による平和への誓い
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2012/0809/sengen/chikaij.html
引越しが決定したことで、これからがどたばたの日々ですが、
思いついたら更新しますね。
そんなさなかにも、また、世の中オリンピック一色の中でも
忘れられない日がやってきました。
8月6日。ヒロシマ。
8月9日。ナガサキ。
そしてこの日は「小倉原爆」だったかもしれない日。
私が4年前に衝撃を受けたホームページ。
投下!~小倉上空10時44分~
http://www1.linkclub.or.jp/~oya-wm/arsenalkokurafile/dropfile/drop.html
私はその頃はまだ生まれていません。
なので想像しようにも想像を絶します。
だけど、今年の広島での平和への誓いにあったように、
「同じように体験することは出来ないけど、想像することによって共感する
ことができます」。
川の前に立ったとき、想像してみてください。
水を求めて叫ぶ人々の様子を。
熱くて熱くてたまらなくて川に飛び込む人々の様子を。
想像することしか出来ないけど、私はまるでその時代にタイムスリップ
したかのように、焼け野原の町が見えるような、叫ぶ声が聞こえるような、
それほど自分に迫ってきて、立っているのが苦しくなるほど、なぜか
私の身に迫ってきて、涙が止まらなくなって、私は経験していないから、
なんてそんな他人事ではなくなるほど自分に迫ってくるのです。
今年はオリンピックに押され、原爆の日の扱いはとても小さく、
テレビではほとんど報じられませんでした。
終戦の日に国民に黙祷を呼びかけているそうですが、
個人的な思いとしては、ヒロシマ・ナガサキに日本国中が黙祷してもいい
と思っています。
だって、全世界見渡しても、たったこの二つの都市だけに、
これまた世界ひろしといえど、これほどまでに残酷な兵器があるだろうかと
思うほどの原子爆弾が投下されたのです。
百年、二百年たとうと、人類が世界で生きている限りは、いつまでも
ヒロシマ、ナガサキのことを忘れちゃいけない。
そう思うのです。
同じいかされた命として、私は経験こそしてないけど、リコーダー演奏とともに
私が出会ったヒロシマ・ナガサキを伝え続けたい。
そして、8・9コクラだったかもしれないことも。
広島・中国新聞8・6号外
http://www.chugoku-np.co.jp/gougai/201208060001.pdf
8・6祈りに包まれた広島を写真で
http://www.chugoku-np.co.jp/gougai/201208060002.pdf
平和宣言・平和への誓い
http://www.chugoku-np.co.jp/gougai/201208060004.pdf
長崎市・平和宣言
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2012/0809/sengen/sengenj.html
長崎市・被爆者代表による平和への誓い
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2012/0809/sengen/chikaij.html