今日は久しぶりにトロッコ列車のボランティアに行ってきました。
トロッコ列車潮風号は土・日・祝日、夏休みの毎日、30分ごとに発車しています。
発車10分前になると改札が始まり、切符にスタンプ押してもらうと、ホームに上がり、
入線を待ちます。
その改札を始める前にリコーダー演奏を一曲お楽しみいただいて改札。
全国でもなかなかないと思いますよ…。

ただ、スタッフにパスを出して頂かないといけないので、最初は切り出しずらくて、
そうこうしているうちに二時間経過。私はあと一時間でサポセンに向かわないと
いけないし、杖ついている身だから、結局お邪魔だったかなと思ったけど、
ついにスタッフがパスを出してくれました。

「間もなく改札を始めますが、その前にリコーダー演奏をお楽しみください。」

おもむろに私を向いて、何が始まるんだ~という感じの雰囲気に。

14時の便が最初の演奏でした。
まずはトトロの「さんぽ」。

14時半の便では「夢をかなえてドラえもん」。
思わず子どもたちから「ドラえもんだー」という声が。

15時の便では、ここまでアニメが続いたのでちょっと趣を変え、
「情熱大陸」。

思わずお客さんが「わー、すごい。はやい。」と声出しているのが聞こえました。
小さな子も「聞いたことある―」。

改札前だったので短めで1分半ほどの演奏でしたが、演奏が終わると、
歓声とともに大きな拍手が。

拍手が鳴りやんだところで
「それではただいまから改札を始めます!」。

手前みそだけど、結構いい流れじゃない?!

お客さんも、まだこないのかな~と、列車到着を待っているところに、
お、生演奏やってくれるの?っと、嬉しそうに声かけてくれました。

今日はみなと祭りで門司港駅前広場に行けば、私なんてとるに足りないくらい、
太鼓やらダンスやら立派なパフォーマンスが繰り広げられてました。
ちょこんと吹いてる私のリコーダーななんて比較にもならないくらい。

それでも、改札待ちのお客さんが、お?一曲やってくれるの?と
嬉しそうで、そして大きな拍手をしてくれる。

私はリコーダーしか吹けないけど、それでもいいのかな…とふと思ったのでした。
できないことだらけでだめだめな私ですけどね。



そのあとはサポートセンター相談員があるのでサポセンに飛びました。
今日はお客さんも来なくて、いやぁ眠かった(笑)
なんとかサポセン終わって、バスの本数が多いリバーウォークのあたりまで
歩きました。夜道を一人で歩くとロクな事はありません。
いろんなことが頭を駆け巡り、気がつくとすーっと涙が…。
あわてて人にばれないように、一生懸命上を向いて歩くのでした。

今日もまた、どこも家族連れが多かった。

家族連れを見ると、私は子供大好きだし、とってもほほえましく思う一方で、
なんだかものすごーく心がさびしく、苦しくなる自分がいるのです。

障害、パニック発作も相変わらずきついのですが、それ以上にきついのが
ジェンダー。風邪引いてなくても具合悪くなくてもジェンダーは常について回る。
どうしても伝えたくて、恥ずかしくて、心もキリキリ痛むけど、赤裸々にすべてを
さらけだしたのが、あの三冊目の本です。
ジェンダー、性、結婚のことをあそこまで書いたりしゃべったことはありません。
腹をくくりました。

私は女性として生きる。

と言っても、服を全部脱げば、ぱっと見の身体は男性。
だけど、それは本当の私ではなく、まるで仮止めの部品。

服を全部脱いで裸になれば、生まれた時のままの姿なんだけど、
これ以上脱ぎ捨てるものは何もないのに、私の身体はただの部品。
しかも仮止めの部品。

点頭てんかんを発症し、余命を宣告され、それでも奇跡的に命を
取り留め、一応大人の身体に成長したけど、完全には成長できなかった。
一応大人の身体になったけど、大人じゃない、ような。
変な話し、服全部脱げば、身体のパーツ的には男性。
だけど、ホルモンの崩れ。
体内で起こっていること、体質は女性に近い。
男性として生きるには壁が多すぎる。
だけど、完全な女性でもない。

神様はなんで性なんて厄介なものをつくったの?
と言いたくもなったりして。
分かってるのよ、それがなきゃ子孫が繁栄しないことは。

出会いがないと嘆く人はこの世に多くいるけど、ある意味、羨ましい。
だって、男性は彼女を求めるし、女性は彼氏を求める。
あとは出会いさえあればいいだけ。
私はそれすら分からないんだから。
女性として、彼女を求め、彼女の所へ嫁に行く、といった状態。
だけど、同性愛ではない。というより、異性って何?同性って何?

最近は街の活性化に寄与する「街コン」がブーム。
楽しそうなので参加してみたいけど、料金は男女分かれてる。
当然、申し込みも男女申告しないといけない。
男性として参加なんて、もっと言えば、私が男性と識別されるくらいなら、
極端に言えば、死んだ方がまし。
だけど、女性としてなんて認めてもらえない。
私の性別はどこよ、どこなのよ。

おまけにそんな私なのに、普通に人との出会いを求めてる。
パートナーを求めてる。結婚したい。恋したい。

だけど、一般論の結婚とはだいぶ違うのかもしれないけど。

男女が出会い、結ばれることは幸せなことであり、心地よいこととよく言われる。
心地いいって感覚は私も持ち合わせてる。
ありがとうと言われると心はほわーっとする、ぬくもりを感じる。
心地いい。

私はさびしがり―で甘えん坊だから、ぎゅーっと手を握ってもらえたり、
抱きしめてもらえたら、心がほわーっとしてきっと涙出るほど心地いいと思うけど、
それが性と結びつけるとわけわからなくなる。

もし、生まれ変われるなら、完全な女性として生まれたいな。
私がきちんと子育てできるかはおいといて、私、母親になってみたかったな。
どれほど子供をいとおしく思える事だろう…。

だから、よく、男だから子を産む苦しみ経験しなくていいからいいよね、とか、
生理なくっていいよね、とか言われると、それこそ死んだ方がましなくらい
心をえぐられる苦しみだった。
まだ、落ちこぼれと言われる方がまだまし。

これもまたいいにくいことだけど、月経こそないけど、私の身体の中にある
女性の部分は無視できない。体内からサインが送られる。
だけど、身体のパーツは男性。

ものすごーく子供が欲しいと思っているわけじゃないけど、
子育てしたことないあんたに、みたいなこと言われたとき、
こんなにつらかったことはない。

私は仮に子供がほしい!って思ったって、
私は多分死ぬまで子供を授かることができない。

誤解を恐れず言えば、世間一般で言う不妊とも違う。

私は子供を産むことができない。
ぱっと見の私の仮止めの部品でしかないぱっと見の私を見て、
勝手に男性と判別し、産めるわけないじゃないの男なのに、
子供をもうけることはできるじゃないの、見たいなことを言われると
苦しくて苦しくてたまらない。

産む方にも、男性として子をもうけることも、どちらの側でもない私。

親子連れを前に絵本読んだりしている時に、ふっと、
あぁ私がわが子に絵本読むなんてことはもし望んでも一生不可能なんだな…。
ちょっと切なくなるね。

やっぱりみんな結婚して子供欲しいでしょうし。
そんなこと思ったら、私と出会うことがすごく申し訳なくなってきて、
私なんて生きてるだけで罪を犯してるように思ってくるし、
ましてや、パートナーと出会いたいなんてどの口が言ってるのか、
無礼者!って言われそう。

そんなことを思っていたら、私は欠陥だらけの人間なのかな…。

子供のことを抜きにしたって、それでも人は男性、女性が出会いを求め、
結ばれ、結婚する。

私、パートナーに出会いたいけど、神様に背いている気にさえなって、
死んでしまいたくなる。

書けば書くほど難しくなるけど、私ね、望みはシンプルなことなの。

幸せになりたい。

誰かと出会って、寄り添って、手を取り合って、一緒に空をながめたい。

あなたに出会えて、今日まで生きててよかったわ、って、
嬉し涙をこぼしながら、一緒に生きていきたいだけなの。

私、いつもスカートをはいてるけど、
風が吹くと、ふわっと私のスカートが
揺れる。
ふわっと揺れた瞬間、私の身体もふわっと浮いて空を飛べそうなくらい、
心までふわっと軽くなるの。それが嬉しくて、気がついたらズボンに
戻れなくなって。
風と話ができそうな気がして、それで、いつもスカート。


三冊目の本にはもっとありのままをさらけだして書いてます。
ただの自伝だけでなく、人権や性教育、保健の授業、などなどに
参考資料として使って頂きたいくらいいろんなことを書いてます。


幸せになりたい。

ただ、それだけ。

ごめんなさい。

ジェンダーだけでこれだけ抱えてるんですもの、これでパニック障害、
点頭てんかんの後遺障害を加えると、もう大変よ、そりゃ。


明日は久留米に合コンに行ってきます。

え?びっくりした?

合コンは合コンでも、市民活動合同懇親会。略して合コン(笑)


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コメント欄はオープンにしたけど、ジェンダーのことを書くとどうしても
ブログが荒れるので、閉じてます。ごめんなさい。