今日は一日家事で終わりました。
毛布とか厚手のものもあったので洗濯が大変。
掃除機かけて、食料品の買出しして、トイレ掃除して・・・と。
食料品の買出しは、近所のよく行くスーパーが木曜が特売なので、
極力一週間くらい買い物しなくていいように買い物してます。
家にあるものなど、考えながら、メニュー考えながら買い物するので、
脳の活性化になりますね。
ちなみに、3000円くらいかなぁとおもっていたら、なんと、
2923円。
おぉ!!!
さて、今日あるフリーペーパーが届きました。
先日、テレビで取り上げられていた、フリーマガジンVOICES。
10代20代の生きづらさを抱える女の子のための女性による支援。
特定非営利法人BONDプロジェクト。
http://bondproject.jp/
ニートや引きこもりをはじめ、依存症やリストカット、非行など、
生きづらさを抱えた青少年たち。
背景には、自己肯定感の希薄さや、自分の気持ちや考えを表現する
方法を見つけられていない状況があると考え、リアルな声を拾い続けて
いくフリーペーパー。
そこに綴られた声はまさにこれまで私が感じてきたこと、
そして、最近ブログに書いてたこともありました。
*****************************
私は生きてる資格なんてないんじゃないかなって。
死にたいわけじゃないけど、生きてる意味ってあるのか考える。
私はさ、生まれない方がみんな苦しまなくて済んだんだよね。
生まれてきてごめんなさい。生きててごめんなさい。
だけど生きたいと思っちゃう。ごめんなさい。
ぬくもりほしいな。
何も言わずに抱きしめてほしいよ。
話をただ聞いてほしかっただけなのにホテルに誘われて。
嫌だと思ってたけど、怖くて何も言えなかった。
怖かったし、やめようと思ってたのに、ギューってされたら、
ホッとしちゃって。
年上の人から抱きしめられたことなくって、こういうことしたら
愛してもらえるんだって思っちゃったんだ。
私っていう存在に気付いてほしかった。
生きていてもいいって、誰でもいいから言ってほしかっただけなんだよね、
きっと。
*******************************
リストカットも、援助交際も、非難するのはある意味簡単かもしれない。
そこにある思いに触れてほしい。
援助交際を肯定してる訳じゃ決してないけど、非難しているだけじゃ
解決しない。
とっても心がさびしくて、自分を肯定できなくて、実はとってもこわれそうに
なっているデリケートな心。
自殺未遂を図ったあの頃。どん底だったあの頃。
もしこのフリーペーパーに出会っていたなら。
発行人の橘ジュンさんにメールしたら返信があり、届いたフリーペーパー
の封筒にも、一言コメントがありました。
私は性別適合手術を受けなければ完全な女性にはなれない。
だけど、このフリーペーパーに寄せられた女の子の声は、まさに
私がこれまで抱えてきた思い、今、抱えている思いにとても重なり、
まるで自分を見ているでした。
共感することが多く、これまでの私が走馬灯のように駆け巡った。
心がキューっと苦しくなった。
私は自分に嘘をつきたくない。
私はもう自分じゃない自分を演じたくない。
私はずっとありのままで、演じてないつもりだったけど、実はそうじゃなかった。
去年、母が言った一言。
「あなた、実は自分をまだ出し切ってないでしょ」
図星だった。
それで名前を変えた。それはただの改名じゃなかったの。
人にどんなに指差されようが、私は女性として生きようと思った。
それが演技しないで、ありのままでいられる私だった。
さびしくて、苦しくて、自分の存在が分からなくて。
まさにVOICESに寄せられた声と同じ思いだった。
あなたは生きてていいんだよ。と言ってほしい。
ただ、ギューっと抱きしめてほしい。
甘えってまた言われそうだけど、さびしくて、心がつぶれそうになって、
布団かぶると不意に涙が止まらなくなって。
こんな私だから、結婚なんてできるか分からない。
ジェンダーでこんなに苦しむんだったら、いっそ、完全な女性に生まれて、
結婚して、子供を産んでみたかったな。
自分の子供を授かるってどれだけいとおしいんだろう。
もし、生まれ変われるなら、それが夢かな。
適合手術を受けない限りは、私が女性として生きる夢は完全には
かなえられないのだけど、それでも少しでも近づきたい。
不可能なら、私が入口を少しでもこじ開けたい。
同性愛とは違う。
だけど、世間で言う普通の結婚はできそうにない。
私には許されないからこそ、ふと、もしわが子がいたら、とか、
結婚ってどんなだろうとか、
絶対私には許されないことを想像したりしてね…。
ばかな私。
絵本のお話とか、子育て講座とかで小さな子どもたちやお母さんを前に
演奏することがあるけど、自分の子じゃないのにいとおしくて、
後で涙こぼそうになるくらいいとおしくて、
よく、子育てしたくことないくせに聖域に踏み込んでとか、
ぱっと見判断で、男性だからと言われたこともあったけど、
この時ほど自分が死にたくなることはないし、適合手術が浮かぶけど、
手術しても完全な女性になれるとは限らないんだよね。
自分ではどうがんばっても子供を産むことのできない自分への苦しさ、
どうしようもできないやるせなさに本当に苦しくなる。
こんな私だから、子供が欲しいってあまり考えたことはないけど、でも、
子供を持つことができない、いや、もっと正確に言えば、私は
子供を産むことができない、って思うと、心が締め付けられることがあって、
人に言っても男だから当たり前だろと言われて終わりだけど、
子供を産むことができないって思って苦しくなる自分に、やっぱり、
私、ほんとは女性としていきたいんだ、って思ったんだ…。
自分はやっぱりおかしいんだって思ってたけど、
不妊の経験のある方と思わずこの話で共感し合うことができて、
自分にとっても初めて分かち合えた瞬間で、涙が止まらなかった。
経験も背景も違うけど、根っこにあるものというか、思いは何か
通じるものがあって、実はちょっぴり嬉しかったの。
ま、性が分からなくなってる私が言うことじゃないけどね。
またバッシングされそうだけどね。ごめんなさい。
ただね、こんな私だから、、子供育てたことないくせに、とか、男のくせにとか、
そんなことないよ。
ずっと抱えている苦しさなの。
ふと結婚って想像した時、新郎としての自分を全く想像できない
自分がいた。やっぱり私は男性として生きることはできない。
やっぱり私には結婚は許されないことなのかもね。
こんな私でも、寄り添えるパートナーに出会いたい…。
今日、みのもんたさんが奥さんを亡くされた心境を語っていました。
「こんなにもいとおしい人だったと気づいた」
私もそう言われたいし、言いたい。そんな人に出会いたい。
たとえ、普通の結婚ができなくてもそんなパートナーに出会いたい。
一緒に歩いていきたい。
VOICESは私を映し出してくれた。
さりげなくてもいい。
私は大したこと出来ないから、
私はその人をそっと揺らすそよ風になりたい。
そっと吹くそよ風で笑顔になってくれたら私は幸せです。
寄り添って、分かち合って、手を取り合って。
一緒に空を眺めて。笑いあって、泣き合って。
それすら不可能かもしれないけど、私のささやかな、ささやかな夢です。
人としての幸せ、女性としての幸せ、そもそも性って、ジェンダーって??
生きるって?
いつも問いかけながら歩く私。
いろんなことが「普通」じゃない私だけど、だけど、私は信じてる。
生きていけないと思っていても、それでも、悪いと思いながらも生きたいと
思ってる私の心を。
きっと手を取り合って、寄り添っていけるパートナーに出会える日を。
人との出会いを。
いい年した大人だけど、きれい事って言われようと、
純粋に信じ続けていいよね。
涙で枕をぬらす日は続いたとしても。
やっぱり私は人に恋をしていて、人が大好きです。
手術しない限りは完全な女性にはなれないけど、でもこれらの思いを
若い人、お母さんたちに伝えられたらいいな…。
*性やジェンダーはデリケートな問題で、ほんとはいろんな方の声を
お聞きしたいけど、去年ブログが炎上しかけたので、この記事への
コメント欄は閉じてます。ごめんなさい。
毛布とか厚手のものもあったので洗濯が大変。
掃除機かけて、食料品の買出しして、トイレ掃除して・・・と。
食料品の買出しは、近所のよく行くスーパーが木曜が特売なので、
極力一週間くらい買い物しなくていいように買い物してます。
家にあるものなど、考えながら、メニュー考えながら買い物するので、
脳の活性化になりますね。
ちなみに、3000円くらいかなぁとおもっていたら、なんと、
2923円。
おぉ!!!
さて、今日あるフリーペーパーが届きました。
先日、テレビで取り上げられていた、フリーマガジンVOICES。
10代20代の生きづらさを抱える女の子のための女性による支援。
特定非営利法人BONDプロジェクト。
http://bondproject.jp/
ニートや引きこもりをはじめ、依存症やリストカット、非行など、
生きづらさを抱えた青少年たち。
背景には、自己肯定感の希薄さや、自分の気持ちや考えを表現する
方法を見つけられていない状況があると考え、リアルな声を拾い続けて
いくフリーペーパー。
そこに綴られた声はまさにこれまで私が感じてきたこと、
そして、最近ブログに書いてたこともありました。
*****************************
私は生きてる資格なんてないんじゃないかなって。
死にたいわけじゃないけど、生きてる意味ってあるのか考える。
私はさ、生まれない方がみんな苦しまなくて済んだんだよね。
生まれてきてごめんなさい。生きててごめんなさい。
だけど生きたいと思っちゃう。ごめんなさい。
ぬくもりほしいな。
何も言わずに抱きしめてほしいよ。
話をただ聞いてほしかっただけなのにホテルに誘われて。
嫌だと思ってたけど、怖くて何も言えなかった。
怖かったし、やめようと思ってたのに、ギューってされたら、
ホッとしちゃって。
年上の人から抱きしめられたことなくって、こういうことしたら
愛してもらえるんだって思っちゃったんだ。
私っていう存在に気付いてほしかった。
生きていてもいいって、誰でもいいから言ってほしかっただけなんだよね、
きっと。
*******************************
リストカットも、援助交際も、非難するのはある意味簡単かもしれない。
そこにある思いに触れてほしい。
援助交際を肯定してる訳じゃ決してないけど、非難しているだけじゃ
解決しない。
とっても心がさびしくて、自分を肯定できなくて、実はとってもこわれそうに
なっているデリケートな心。
自殺未遂を図ったあの頃。どん底だったあの頃。
もしこのフリーペーパーに出会っていたなら。
発行人の橘ジュンさんにメールしたら返信があり、届いたフリーペーパー
の封筒にも、一言コメントがありました。
私は性別適合手術を受けなければ完全な女性にはなれない。
だけど、このフリーペーパーに寄せられた女の子の声は、まさに
私がこれまで抱えてきた思い、今、抱えている思いにとても重なり、
まるで自分を見ているでした。
共感することが多く、これまでの私が走馬灯のように駆け巡った。
心がキューっと苦しくなった。
私は自分に嘘をつきたくない。
私はもう自分じゃない自分を演じたくない。
私はずっとありのままで、演じてないつもりだったけど、実はそうじゃなかった。
去年、母が言った一言。
「あなた、実は自分をまだ出し切ってないでしょ」
図星だった。
それで名前を変えた。それはただの改名じゃなかったの。
人にどんなに指差されようが、私は女性として生きようと思った。
それが演技しないで、ありのままでいられる私だった。
さびしくて、苦しくて、自分の存在が分からなくて。
まさにVOICESに寄せられた声と同じ思いだった。
あなたは生きてていいんだよ。と言ってほしい。
ただ、ギューっと抱きしめてほしい。
甘えってまた言われそうだけど、さびしくて、心がつぶれそうになって、
布団かぶると不意に涙が止まらなくなって。
こんな私だから、結婚なんてできるか分からない。
ジェンダーでこんなに苦しむんだったら、いっそ、完全な女性に生まれて、
結婚して、子供を産んでみたかったな。
自分の子供を授かるってどれだけいとおしいんだろう。
もし、生まれ変われるなら、それが夢かな。
適合手術を受けない限りは、私が女性として生きる夢は完全には
かなえられないのだけど、それでも少しでも近づきたい。
不可能なら、私が入口を少しでもこじ開けたい。
同性愛とは違う。
だけど、世間で言う普通の結婚はできそうにない。
私には許されないからこそ、ふと、もしわが子がいたら、とか、
結婚ってどんなだろうとか、
絶対私には許されないことを想像したりしてね…。
ばかな私。
絵本のお話とか、子育て講座とかで小さな子どもたちやお母さんを前に
演奏することがあるけど、自分の子じゃないのにいとおしくて、
後で涙こぼそうになるくらいいとおしくて、
よく、子育てしたくことないくせに聖域に踏み込んでとか、
ぱっと見判断で、男性だからと言われたこともあったけど、
この時ほど自分が死にたくなることはないし、適合手術が浮かぶけど、
手術しても完全な女性になれるとは限らないんだよね。
自分ではどうがんばっても子供を産むことのできない自分への苦しさ、
どうしようもできないやるせなさに本当に苦しくなる。
こんな私だから、子供が欲しいってあまり考えたことはないけど、でも、
子供を持つことができない、いや、もっと正確に言えば、私は
子供を産むことができない、って思うと、心が締め付けられることがあって、
人に言っても男だから当たり前だろと言われて終わりだけど、
子供を産むことができないって思って苦しくなる自分に、やっぱり、
私、ほんとは女性としていきたいんだ、って思ったんだ…。
自分はやっぱりおかしいんだって思ってたけど、
不妊の経験のある方と思わずこの話で共感し合うことができて、
自分にとっても初めて分かち合えた瞬間で、涙が止まらなかった。
経験も背景も違うけど、根っこにあるものというか、思いは何か
通じるものがあって、実はちょっぴり嬉しかったの。
ま、性が分からなくなってる私が言うことじゃないけどね。
またバッシングされそうだけどね。ごめんなさい。
ただね、こんな私だから、、子供育てたことないくせに、とか、男のくせにとか、
そんなことないよ。
ずっと抱えている苦しさなの。
ふと結婚って想像した時、新郎としての自分を全く想像できない
自分がいた。やっぱり私は男性として生きることはできない。
やっぱり私には結婚は許されないことなのかもね。
こんな私でも、寄り添えるパートナーに出会いたい…。
今日、みのもんたさんが奥さんを亡くされた心境を語っていました。
「こんなにもいとおしい人だったと気づいた」
私もそう言われたいし、言いたい。そんな人に出会いたい。
たとえ、普通の結婚ができなくてもそんなパートナーに出会いたい。
一緒に歩いていきたい。
VOICESは私を映し出してくれた。
さりげなくてもいい。
私は大したこと出来ないから、
私はその人をそっと揺らすそよ風になりたい。
そっと吹くそよ風で笑顔になってくれたら私は幸せです。
寄り添って、分かち合って、手を取り合って。
一緒に空を眺めて。笑いあって、泣き合って。
それすら不可能かもしれないけど、私のささやかな、ささやかな夢です。
人としての幸せ、女性としての幸せ、そもそも性って、ジェンダーって??
生きるって?
いつも問いかけながら歩く私。
いろんなことが「普通」じゃない私だけど、だけど、私は信じてる。
生きていけないと思っていても、それでも、悪いと思いながらも生きたいと
思ってる私の心を。
きっと手を取り合って、寄り添っていけるパートナーに出会える日を。
人との出会いを。
いい年した大人だけど、きれい事って言われようと、
純粋に信じ続けていいよね。
涙で枕をぬらす日は続いたとしても。
やっぱり私は人に恋をしていて、人が大好きです。
手術しない限りは完全な女性にはなれないけど、でもこれらの思いを
若い人、お母さんたちに伝えられたらいいな…。
*性やジェンダーはデリケートな問題で、ほんとはいろんな方の声を
お聞きしたいけど、去年ブログが炎上しかけたので、この記事への
コメント欄は閉じてます。ごめんなさい。