今日は図書館で絵本お話し会。
今日はボランティア側が私入れて二人だったのでがんばりました。
リコーダー演奏、絵本読んで、久しぶりに手遊びもやりました。
ポテトチップス。
畑でジャガイモをとってきて、洗って、切って、揚げてを手遊び。
みんなでおいしいポテトチップスできました☆
それにしても・・・
垂れこめてきた暗黒面を振り払うことがなかなかできません…。
正直…
ちょっとばかし、生きてく気力はなくなってきてます…。
というか、
あの時のような、死にたい!という気持ちはないけれど、逆に、
リコーダーの音色を届けたい、メッセージを伝えたい、語りたい、
企画も次々に頭に浮かぶのだけど、決して不幸ではないのだけど、
だけど、
だけど、
私が生きてることは社会の迷惑であって、生きてるだけで罪つくりなんじゃないかと
思ってしまう私がいるの…。
いのちのメッセージを語る私がこんなじゃ駄目だと言うのは分かってるんだけど。
活動が暇になると、去年さんざん叩かれたことが浮かび上がってくるの。
結局、バッシングした人の言う通りなのかな・・って。
いかん、いかん、暗黒面でげす。
障害とジェンダー。ずっしりとのしかかってきます。
性転換手術までは考えられないのだけど、かなり限界点に来てるのかな…。
近頃、公衆トイレを使うこともまるで銃を突きつけられてるような脅迫感に駆られ、
トイレを我慢することも多くなってきました。身体によくないですよね…。
多くの人はトイレの前に立って、自分は男子トイレ?女子トイレ?なんて考える人は
いないでしょうからね・・。苦しい。
温泉好きだけど、男湯女湯の問題が出てくる。それでも温泉は毎日行くわけじゃない、
でも、公衆トイレは日常避けて通れない…。
自分が何者なのかわからなくなる。
去年倒れたし、一人の限界も感じ、もしパートナーと出会えたら…って思うけど…。
「私は私」だけど、どちらが私らしいかと言えば「女性らしく生きる」ことが私らしい。
でも、そのための障壁はいくつも…。
その上、自分で障害者なんて言いたくはないけど、背負ってる…。
今日、札幌で姉妹が死亡したと言うニュースがあった。
妹には知的障害があり、不況の折、姉も仕事が見つからず、妹の障害年金で
生活、ガスも止められ、姉が病死、妹は凍死・・・。
正直、身につまされます。
私も福祉の支援を受けているけど、活動が暇な今、収入源はそれだけ。
発作もおきる、ジェンダーも抱えている…。
不幸だなんて言わない。自分だけがきついと思うなと言うのもよくわかるし、
さんざんその言葉は浴びせられた。応援して下さる人もいらっしゃる。
だから、不幸じゃない。
でもね、苦しいの。身が引き裂かれそうなほど。
今は妹と暮らしてるけど、妹に面倒もかけられない。
パートナーと巡り合って二人三脚で生きていければそれが一番だけど、
一人で生きていくとなった時、札幌のニュースは決して他人ごとではない…。
演奏活動は営利目的でも、ビジネスでもない。
予定が空っぽだったらなおさら、無償でも演奏のチャンスがあれば飛んでいきたい。
だけど、これで生活していかないといけないの。
ギャラ、というよりは、私にとっては給与、生活費なの。
何のとりえもない私は、リコーダー演奏と、これまでの体験から語れることが私の
スキル、すべてなの。
いじめのこと、ひきこもりのこと、教育について、障害について、子育てについて、
ジェンダーについて、高等教育の知識はないけど、体験から訴えたいこと、
知ってほしいこと、いっぱいあります。
企業研修や教職員研修でもバシッと話ができるほど伝えたいこといっぱいあります。
リコーダー教室もできますし、投げ銭ライブ、ポストカードの個展、折り紙や土の絵の
ワークショップなど遊びもいろいろ。
TPOにあわせていろんなことができます。
それを独学で、引き出し増やしてきました。
微力ながら社会を動かしていきたい。そう思っています。
そうやりながら、自分の生活も軌道に乗っていく。そうして初めて生業になる。
でも、思いばかりが先行し、どうアプローチしていいかも模索、手探りです。
なので、思い切って本も書きました。手作りですけどね。
つたないかもしれません。だけど、道徳の教材にも使ってほしいほど、
ありのまますべてを書きつづりました。
ぜひ読んで頂きたいと思っています。
発作とも上手く付き合って、たとえゆっくりでもペースを壊さずに、
きらっと輝く女性として生きていきたい。めざせ、女子力アップ!(笑)
だけどね・・・。
だけどね・・・。
ごめんなさい。
生きていく気力がちょっとばかり欠けてます。
私さえいなければ…そう別の私がささやく。
私そのものが社会の罪なんだって。
それをまるで煙たい煙を振り払うかのように、懸命に振り払う。
もくもく、もくもく。
助けて…。
ごめんなさい。
しばらく立ち直れないかもしれません。
ごめんなさい。
今日はボランティア側が私入れて二人だったのでがんばりました。
リコーダー演奏、絵本読んで、久しぶりに手遊びもやりました。
ポテトチップス。
畑でジャガイモをとってきて、洗って、切って、揚げてを手遊び。
みんなでおいしいポテトチップスできました☆
それにしても・・・
垂れこめてきた暗黒面を振り払うことがなかなかできません…。
正直…
ちょっとばかし、生きてく気力はなくなってきてます…。
というか、
あの時のような、死にたい!という気持ちはないけれど、逆に、
リコーダーの音色を届けたい、メッセージを伝えたい、語りたい、
企画も次々に頭に浮かぶのだけど、決して不幸ではないのだけど、
だけど、
だけど、
私が生きてることは社会の迷惑であって、生きてるだけで罪つくりなんじゃないかと
思ってしまう私がいるの…。
いのちのメッセージを語る私がこんなじゃ駄目だと言うのは分かってるんだけど。
活動が暇になると、去年さんざん叩かれたことが浮かび上がってくるの。
結局、バッシングした人の言う通りなのかな・・って。
いかん、いかん、暗黒面でげす。
障害とジェンダー。ずっしりとのしかかってきます。
性転換手術までは考えられないのだけど、かなり限界点に来てるのかな…。
近頃、公衆トイレを使うこともまるで銃を突きつけられてるような脅迫感に駆られ、
トイレを我慢することも多くなってきました。身体によくないですよね…。
多くの人はトイレの前に立って、自分は男子トイレ?女子トイレ?なんて考える人は
いないでしょうからね・・。苦しい。
温泉好きだけど、男湯女湯の問題が出てくる。それでも温泉は毎日行くわけじゃない、
でも、公衆トイレは日常避けて通れない…。
自分が何者なのかわからなくなる。
去年倒れたし、一人の限界も感じ、もしパートナーと出会えたら…って思うけど…。
「私は私」だけど、どちらが私らしいかと言えば「女性らしく生きる」ことが私らしい。
でも、そのための障壁はいくつも…。
その上、自分で障害者なんて言いたくはないけど、背負ってる…。
今日、札幌で姉妹が死亡したと言うニュースがあった。
妹には知的障害があり、不況の折、姉も仕事が見つからず、妹の障害年金で
生活、ガスも止められ、姉が病死、妹は凍死・・・。
正直、身につまされます。
私も福祉の支援を受けているけど、活動が暇な今、収入源はそれだけ。
発作もおきる、ジェンダーも抱えている…。
不幸だなんて言わない。自分だけがきついと思うなと言うのもよくわかるし、
さんざんその言葉は浴びせられた。応援して下さる人もいらっしゃる。
だから、不幸じゃない。
でもね、苦しいの。身が引き裂かれそうなほど。
今は妹と暮らしてるけど、妹に面倒もかけられない。
パートナーと巡り合って二人三脚で生きていければそれが一番だけど、
一人で生きていくとなった時、札幌のニュースは決して他人ごとではない…。
演奏活動は営利目的でも、ビジネスでもない。
予定が空っぽだったらなおさら、無償でも演奏のチャンスがあれば飛んでいきたい。
だけど、これで生活していかないといけないの。
ギャラ、というよりは、私にとっては給与、生活費なの。
何のとりえもない私は、リコーダー演奏と、これまでの体験から語れることが私の
スキル、すべてなの。
いじめのこと、ひきこもりのこと、教育について、障害について、子育てについて、
ジェンダーについて、高等教育の知識はないけど、体験から訴えたいこと、
知ってほしいこと、いっぱいあります。
企業研修や教職員研修でもバシッと話ができるほど伝えたいこといっぱいあります。
リコーダー教室もできますし、投げ銭ライブ、ポストカードの個展、折り紙や土の絵の
ワークショップなど遊びもいろいろ。
TPOにあわせていろんなことができます。
それを独学で、引き出し増やしてきました。
微力ながら社会を動かしていきたい。そう思っています。
そうやりながら、自分の生活も軌道に乗っていく。そうして初めて生業になる。
でも、思いばかりが先行し、どうアプローチしていいかも模索、手探りです。
なので、思い切って本も書きました。手作りですけどね。
つたないかもしれません。だけど、道徳の教材にも使ってほしいほど、
ありのまますべてを書きつづりました。
ぜひ読んで頂きたいと思っています。
発作とも上手く付き合って、たとえゆっくりでもペースを壊さずに、
きらっと輝く女性として生きていきたい。めざせ、女子力アップ!(笑)
だけどね・・・。
だけどね・・・。
ごめんなさい。
生きていく気力がちょっとばかり欠けてます。
私さえいなければ…そう別の私がささやく。
私そのものが社会の罪なんだって。
それをまるで煙たい煙を振り払うかのように、懸命に振り払う。
もくもく、もくもく。
助けて…。
ごめんなさい。
しばらく立ち直れないかもしれません。
ごめんなさい。