日曜日からのことを書きますね。

土曜に続き、着物をきちゃいました。

博多織の展示会に行きたかったけど、
結局行けずじまい…。

帯に手間取り、ちょっと緩みもできてきて、
サポセン終わりに着物屋さんにあわてて駆け込み…。

さっと巻けるけどおしゃれな兵児帯をGet!

兵児帯は本当に気付かなかったです。


そのあと、リバーウォークを歩いていると、
美術館分館での「橋口五葉展」が最終日と言うことで、
行ってきました。明治から大正時代の近代木版画。
まさに着物着て鑑賞したい作品でした。

そのあと、スピタルへ。
夕飯食べようかなーと思ったけど、この日はカレーはなく…。
ラーメン食べたいよね、とか、食べ物談義に終始(笑)

二階では「折り紙」展が。
和づくしです。


さて、その日曜日、ある番組が幕を閉じました。
サンデーフロントライン。

日曜に報道を根付かせた改革的番組「サンプロ」の後を受け、
Jチャンを卒業した小宮さんが担当した、
「サンデーフロントライン」。
しかし、2年持たずしての終了。

私は、Jチャンネル卒業の時にも書いたように、
小宮悦子さんにずっとあこがれて生きてきました。
好きな女性として、というよりも、
そういう次元を超えた、「生き方」として。
小宮悦子さんのような価値観、物の見方のできる人間になりたい。

8歳の時からニュースステーションに出演している小宮さんの原稿読み、
インタビュー、アナウンスメントをずっと聴き、憧れていました。
愛嬌があり、だけど、媚を売らない。
引き立てるけど、よいしょするわけではない。
頑張っている人には心から寄り添ってあげて、
責めるべき人には言葉で厳しく追及する。
でもその追求も、深みのある価値観に基づいたものでした。
魅力ある低音も、華がない、女子アナらしくない、でしゃばり。
ずいぶん叩かれたものです。

でも私はずっと小宮さんにあこがれ、多くのことを学びました。

ひきこもっている時に著書で目にした小宮さんの言葉。

「他の人にとっては価値がないかもしれないことに一生懸命打ち込めるのも、
一つの大きな才能。こんなことを言うと身も蓋もないかもしれないけど、
人生って壮大な時間つぶしとも言えませんか?
自分なりの、他人の評価じゃない、
他人の価値じゃない自分の価値をどうやって見つけてそこで幸せになれるか
っていうのは人生のテーマだと思います」
この言葉を目にした時、涙があふれたのを覚えています。

自分は自分って、思えるようになった気がします。
私はいじめやひきこもりで学校にはほとんどいってなかったですが、
8歳から毎日ニュースを見続けてきたことで、小宮さんはじめ、
久和ひとみさん、久米さん、古館さん、鳥越さんらが私にとっては先生でした。
小中学生時代の、私の朝の目覚ましはアメリカCNNの番組をほぼ流してくれる、
朝のニュース「CNNデイブレイク」でした。
学校から帰ってニュースを見ることは家に居ながらの夜間学校のようでした。
「ニュースって、面白い!」
そう思わせてくれました。
クラスメイトがアイドルやドラマの話で盛り上がるとと同じくらい、
私は好きなニュースキャスターを見つけるのが大好きで、
各局の論調の比較をしてひいきまで作ってました。
私にとって、好きな曲の論調は、好きな芸能人、
好きなドラマと言うのと全く同じ感覚でした。
自分の価値観に合うニュース番組を見つける。
すると報道が面白くなります。
来週からは「報道ステーションSUNDAY」。
日曜にも報道ステーション。
ニュースステーション時代にはなかった試み。楽しみ。
速報でポンポンと送りだされる、だけど、
じっくりやるところはじっくりやるスタンスの「スーパーJチャンネル」。
今日一日をじっくり振り返る「報道ステーション」。
その週一バージョンの「報道ステーションSUNDAY」。

さて、今日は友人からお昼のお誘いを受け、ランチへ。
産業医大の近くにあったハーブティーカフェ。
スープ、プレート、デザートにハーブティーがついて1050円。
すてきだわ。

そして、さんざん迷ってた来年の手帳をついに買いました。
来年はこの子と一緒。

$リコーダー・アース・ブリッジゆったり日記


そして帰りにスピタルで昨日食べられなかったカレーを頂きました。
サプライズでハッピーバースデーもあって盛り上がりました。
それにしても、昨日は感謝状に拍手で祝福してくれて、いつも、
「ちひろちゃん」と可愛がってくれて、無理しちゃだめよ、
みんなちひろちゃんが好きだからね、とか、色々声かけてくれて、
ほんとにしあわせものです。
不安もいっぱいあるけど、みんなに支えられて、ぼちぼちがんばります。


さて、これから私は福岡の街を歩くのが本当に怖い。
何度も書いてますように、
私はいわゆる「非国民」ならぬ「非県民」なんだそうです。

胸ぐらをつかまれ、福岡から出ていけ!
と何度罵声を浴びせられたか知れません。

だからアンチ巨人のように、アンチホークスかと言われますが、
アンチと言うより、恐怖でしかないんです。
私の命を脅かすくらい、「ホークス」という言葉を耳にするたび、
体全身の震えと、胃の痛みを感じるくらい怖いのです。

威勢がいいと好評らしい「いざゆけ若鷹軍団」も、
私にとっては恐怖でしかありません。
「無敵の若鷹軍団」の「敵」は私に向けられ、
私に牙をむいているのだ、と。
「勝ちどきあげろ」と私に向かって拳をあげる。

実際、いじめはそうして行われました。

「若鷹軍団」を勇ましく歌いながら、「勝ちどきあげろ」、
「無敵の」と言って私は叩かれ、叩かれ、叩かれ続けたのです。
にっくきライオンズファンめが、と言い放ついじめっ子の憎々しげな顔。
中学卒業とともにやっと解放されると思っていました。

なのに大人になって、最近だとつい2年前のこと。
まさかヤフードームや市民球場でつかみかかられることになろうとは。
罵声を浴びせ、憎々しげな表情を見せた顔は、
あのいじめっ子が見せた表情とまるで同じ。

そんなことが1度ならず、3度もありました。

何がなくつけたテレビ、ラジオも、
ホークスの応援実況の域を超えていました。

あまりのひどさに一度、放送局に抗議文を出しました。

活躍する松坂大輔投手に言い放った実況。

「今後彼が立ち上がれなくなるくらい、
彼の今後の人生にトラウマが残るくらい、
ぼっこぼこにしてもらいたいですね」

「ライオンズをぼこぼこに潰してほしいですね」

これらの経験はトラウマという言葉で簡単に片づけられないものです。
いじめは過去のことですが、胸ぐらつかまれる、
襲いかかられないまでも罵声は現在進行形。

福岡に住んでるくせにホークス応援せんのか?
それにこたえようとすると、
これだけの説明をしなければなりません。

選手に関係ないこととはいえ、
ホークスにどれだけ私は人生を壊されたか。

そしてそれ以上に私はライオンズが好きなのです。
華やかな黄金時代も、そして未熟のあまりに今もがいている姿も。
「あんな強かったライオンズがこうも落ちぶれるかね~」。
他球団ファンからのそのけなしが自分の生き様と重なります。

派手さもない、無敵の若鷹軍団からしたら「お前たちがやってるのは草野球か」と、
高みから、ライオンズを冷笑しているのかもしれませんが、
選手たちは今、もがいてます。

答えを探しています。
そりゃ歯車が狂う時だってあるでしょう。
でもそのひたむきさが好きなんです。

そんなライオンズですが、今日も勝ち、9連勝。
最大15もあった借金があす、ついに完済できるかもしれません。

まだ順位は分からないけど、最下位に沈んでたライオンズがここまで取り戻し、
絶望しなければなんでもできることを教えてくれました。

だから福岡の人から迫害されようとも、
私はライオンズファッションもまといます。
ライオンズが好きだから。
そしてキャラクターの主、手塚治虫さんが好きだから。

秋冬ワンピ探し中で、秋色に染まる天神、
博多のお店をぶらぶらするのも一番楽しい季節。

だけど私は「若鷹軍団」の大音量にさらされ、
鷹の町に放り込まれるのが、
まるで市中引き回しにあっているみたいで怖い。

ホークスファン以外は天神、福岡の街に足を踏み入れるな。
福岡から出ていけ!
そう言われている気がします。

「異端」の人間、「非県民」な私が福岡に住み続けることをどうか、
どうか許して下さい。

この迫害にどれほど耐えられるか分からないけど、
福岡のこの町でスピタルはじめ、さまざまつながりが出てきているので、
離れたくはありませんが、この迫害に耐えられなくなったら、
もしかしたら福岡を出ていくことにあるかもしれません。

もう、ホークスが福岡から出ていくことはないでしょうから、
もしかしたらやはり襲いかかってきた鷹ファンが言うように、
私の方が出ていくべきなのかもしれません。

だけど、だけど、私は福岡の街が、私を応援して下さる皆さんが、大好きです…☆