今日は祝日でしたが、毎月恒例、
勝山子どもと母のとしょかんで絵本お話し会。
秋分の日。秋!ということで、
リコーダー演奏は『里の秋』。
絵本は五味太郎さんの「秋はいろいろ」を読みました。
秋晴れの話をちょっとしてみました。
大気中の塵などを雨が洗い流してくれ、
その後やってくる秋の高気圧は澄んだ空気を運んでくるため、
一年の中でもとってもきれいな空が広がる。
それが「秋晴れ」。
まだ物心つく前の赤ちゃんに、
「秋晴れ」と言っても意味は分からないかもしれないけど、
お母さんの独り言のように感じるかもしれないけど、
お散歩しながら、
「秋の真っ青な空のことを秋晴れっていうんだよ」、
「彼岸花がたくさん咲いてるよ」と声をかけてあげると、
大きくなってふっと思い出すことがあるんです。
勿論その時のことは覚えてなくても、
彼岸花を見るとなぜだか懐かしい気持ちになったり、
秋晴れの空がすごくいとおしく思えたり。
それはもしかすると、
物ごころつく前にお母さんが話しかけてくれたことが、
どこかにしみついているからかも。
そんな、言葉ではうまく説明できないようなことってあるんです。
絵本がそうですものね。
お母さんがお話ししてくれたことをはっきり覚えてなくても、
ある絵本にすごく心ひかれたり。
まだおしゃべりできないから、なーんて思わずに、
いっぱいいっぱいおしゃべりしてあげてほしいなあって思います。
私の母がそうだったので今すっごく感謝しているし。
さて、お話し会終わって、西小倉駅へ。
お昼からはミクシィの「お着物サークルin北九州」コミュ企画、
小倉の呉服屋さん巡りツアー。
まずはみんなでタイ料理のランチに舌鼓。
竪町二近くの大門界隈ってあまり歩くことがないので、
こんなところにタイ料理のお店があったとは。
タイカレーランチを頂きました。

そして、まずは老舗の呉服屋さん「うめね」さんへ。
普段だとすごく敷居の高さを感じるのですが、
みんなで行けば怖くない(笑)
ご丁寧にもお茶室に通され、
着物についてのお話をいろいろ伺いました。
印象に残るお話をたくさん伺いました。
周りに負けないようにコーディネートしなきゃ、
なんて洋服でもあることかもしれないけど、
和服はけんかするために着るんじゃない、
「和やかにする服」と書いて和服。
全てに意味があるということ。
いい着物に安いものはないけれど、
高い着物がいい着物と言うのも違うのだ、と。
生活環境とかじっくり聞いて、
ライフスタイルのアドバイザー的役割がそもそもの呉服屋さん。
高いものを勧められる、入りにくいと思っていたけど、
とても誠実で、深みのあるお話をお聞きできました。
私は母が着付け講師で、子どもの頃から着物が身近な存在で、
学校から帰ると3時のおやつに母が点てたお抹茶を頂き、
結構な御点前でしたと言って外に遊びに行く、
そんな小学生でしたし、お茶や着物がほんとに身近な存在でした。
不登校だったし、
母によくつれられたお買い物には呉服屋さんもありました。
母が着物を着つけてるとき、
どの帯締めが似合うと思う?とよく私に聴いてました。
全然分からないと思ってたけど、あなたの直感でいいのよ、と。
繰り返すうちに、見る目が出てきたね、色のセンスがいいよ、と。
思えばいい勉強だったなぁ。
だけど、今思えば、あの頃から、男物には目もくれず、
振袖とか、女性物の華やかな着物、
浴衣に目をらんらんとさせてたのね。
洋服は今、ボーダレスで自由な着こなしができる。
だけど、着物にはちゃんと男物、女物があり、白無垢とか、
ウェディングドレスはどう逆立ちしても、私は着ることができない。
でもすごく憧れ、飾られているのを見るたびにテンションあがって、
うっとりしてしまう。かなわぬ夢だけど、着てみたいって思うの。
それはただ女装したいなんかで片付けられないものがそこにはあるの。
そして、つくづく思う。
誰がどこから見ても分かる、女の子、女性になりたかった。って。
私は私と言う性といつも思っているけど、ドレスとか、
着物を見ると、それに関しては心から思う。
私は女性になりたいんだって。
結婚は家と家とのつながり。
帯祝、七五三、成人式、お嫁入り…といったしきたり、
そこにある、着物を取り巻く和の伝統。
その話を聞いて改めて私はちょっと心が苦しくなった。
女性になりたいのになれない。
和の伝統は、はっきりと男性、女性と分けられる。
そこに私は入り込めない。
私のような人間は着物きちゃいけないのかなって悩む。
趣味趣向なんかじゃない、
多くの人が私を見たら男性と判断するけど、
それは身体のパーツ的に、もっと突き詰めれば、
子どもを産める性ではない身体のパーツをしている、
ということ。
仮の姿でしかない、まるで私の体のパーツは借りもの。
体質、価値観、物の見方…
私はどちらかと言えば女性的なんだけど、
着物に関しては、はっきりと確信したんです。
私は女性なんだ、と。
成人式で振袖着たかった。
お婿さんになるより、花嫁さんになりたかった。
先日も基礎体温のことできついコメントが来たので、
馬鹿な戯言だと思われるかもしれないけど、
このせつない思い。
洋服は「私は女性よ」というメッセージを着こなしによっては発信できる。
だけど着物は…。
だからこそせめて可能な範囲で女性物の着物を身にまといたいの。
真の女性になれないことがこんなに苦しいとは思わなかった…。
呉服屋さんに身を置いて、
そんな風に感じる自分に自分でも驚くくらいだった。
こんなこと、
呉服屋さんに話しても分かってもらえないだろうなぁ。
全てには意味があるから、男物、女物と分けられてる。
それは重々承知だけど、私はね、女性でありたいの…。
わがままとかかなわぬ夢とかそれは分かってる。
でも、体質面も含めて私は、少なくとも私は男性とは思えないし、
そう見られることがどれほど苦しいか。
「私、女の子として生まれたかった」ってずいぶん母に泣きついたっけ。
下ネタ的な話しになって本当に申し訳ないけど、
私にとっては「外性器が男性」。
私にとって男性ってただそれだけのことなの。
ごめんなさい。
もうこうとでしか表現しようがなくって。
ごめんなさい。
女性の悩みとされる体質の悩みを私も抱えているし、
価値観とか感性とか共感できることとか、
男性のくくりにはめ込まれると私は窒息死してしまうの。
女性らしいとされることに身を置くとき、
本当に自分らしくいられ、心穏やかなの。
そんな理屈あるか、と言われても、心穏やかで、
生き生きできるのはまぐれもない事実で、
だから私にとってただ女の子の格好をしたいという次元ではないの。
だけどこれだけのことをどう説明したらいいのかわからない。
呉服屋さんにどう話していいのか分からない。
男物を着たくない、男性とみられるのが嫌という次元を通り越して、
もう生理的に受け付けないの。
こんなことを思う自分を自分で責めたりなんかしてね…。
悪循環だわ。
こんなだから世間並みの結婚ができないんだろうなぁ…。
ほんとにつまらない事ばかり書いてごめんなさい。
呉服屋さんでちょっと着物羽織ってみました。

えへ。これは背丈のある人にも対応した着物だそうで、
兵児帯をしめると言うのも新鮮で、
こういう着こなしがあるのかぁといい勉強に。
着物を買うのはちょっと勇気がいるけど、
ちょっと帯締めや帯を変えてみるだけで違うんですよね。
下手でもいいから、とりあえず着物着てお店においでと言われました。
手直しはちょちょっとできるから、と。
やはり着物を実際に着てないと、
どういう帯が似合いそうよとか分かりづらいそうで。
ちなみに、私が母から譲り受けたのはカジュアル着物と言われる、
さっと着られる着物。
ご丁寧ににも母が着付けメモを書いてくれてます。

着物パスポートという、
着物を着て来店すると割引特典が得られるお店もあるそうなので、
着物着てみようかな。
うめねさんで明日から博多織の展示会もあるそうですし、
のぞいてみようかな。
着物着てリコーダー吹いてみたい。
それにしても・・・・
はぁ・・・
かなわぬ夢かもしれないけど、
何をばかなことを言うか!と思われても、
邪道かもしれないけど、
私、きもの女子になりたい。
お料理もある程度できるし、お嫁さんになりたいわ。
秋ってせつないわね。
勝山子どもと母のとしょかんで絵本お話し会。
秋分の日。秋!ということで、
リコーダー演奏は『里の秋』。
絵本は五味太郎さんの「秋はいろいろ」を読みました。
秋晴れの話をちょっとしてみました。
大気中の塵などを雨が洗い流してくれ、
その後やってくる秋の高気圧は澄んだ空気を運んでくるため、
一年の中でもとってもきれいな空が広がる。
それが「秋晴れ」。
まだ物心つく前の赤ちゃんに、
「秋晴れ」と言っても意味は分からないかもしれないけど、
お母さんの独り言のように感じるかもしれないけど、
お散歩しながら、
「秋の真っ青な空のことを秋晴れっていうんだよ」、
「彼岸花がたくさん咲いてるよ」と声をかけてあげると、
大きくなってふっと思い出すことがあるんです。
勿論その時のことは覚えてなくても、
彼岸花を見るとなぜだか懐かしい気持ちになったり、
秋晴れの空がすごくいとおしく思えたり。
それはもしかすると、
物ごころつく前にお母さんが話しかけてくれたことが、
どこかにしみついているからかも。
そんな、言葉ではうまく説明できないようなことってあるんです。
絵本がそうですものね。
お母さんがお話ししてくれたことをはっきり覚えてなくても、
ある絵本にすごく心ひかれたり。
まだおしゃべりできないから、なーんて思わずに、
いっぱいいっぱいおしゃべりしてあげてほしいなあって思います。
私の母がそうだったので今すっごく感謝しているし。
さて、お話し会終わって、西小倉駅へ。
お昼からはミクシィの「お着物サークルin北九州」コミュ企画、
小倉の呉服屋さん巡りツアー。
まずはみんなでタイ料理のランチに舌鼓。
竪町二近くの大門界隈ってあまり歩くことがないので、
こんなところにタイ料理のお店があったとは。
タイカレーランチを頂きました。

そして、まずは老舗の呉服屋さん「うめね」さんへ。
普段だとすごく敷居の高さを感じるのですが、
みんなで行けば怖くない(笑)
ご丁寧にもお茶室に通され、
着物についてのお話をいろいろ伺いました。
印象に残るお話をたくさん伺いました。
周りに負けないようにコーディネートしなきゃ、
なんて洋服でもあることかもしれないけど、
和服はけんかするために着るんじゃない、
「和やかにする服」と書いて和服。
全てに意味があるということ。
いい着物に安いものはないけれど、
高い着物がいい着物と言うのも違うのだ、と。
生活環境とかじっくり聞いて、
ライフスタイルのアドバイザー的役割がそもそもの呉服屋さん。
高いものを勧められる、入りにくいと思っていたけど、
とても誠実で、深みのあるお話をお聞きできました。
私は母が着付け講師で、子どもの頃から着物が身近な存在で、
学校から帰ると3時のおやつに母が点てたお抹茶を頂き、
結構な御点前でしたと言って外に遊びに行く、
そんな小学生でしたし、お茶や着物がほんとに身近な存在でした。
不登校だったし、
母によくつれられたお買い物には呉服屋さんもありました。
母が着物を着つけてるとき、
どの帯締めが似合うと思う?とよく私に聴いてました。
全然分からないと思ってたけど、あなたの直感でいいのよ、と。
繰り返すうちに、見る目が出てきたね、色のセンスがいいよ、と。
思えばいい勉強だったなぁ。
だけど、今思えば、あの頃から、男物には目もくれず、
振袖とか、女性物の華やかな着物、
浴衣に目をらんらんとさせてたのね。
洋服は今、ボーダレスで自由な着こなしができる。
だけど、着物にはちゃんと男物、女物があり、白無垢とか、
ウェディングドレスはどう逆立ちしても、私は着ることができない。
でもすごく憧れ、飾られているのを見るたびにテンションあがって、
うっとりしてしまう。かなわぬ夢だけど、着てみたいって思うの。
それはただ女装したいなんかで片付けられないものがそこにはあるの。
そして、つくづく思う。
誰がどこから見ても分かる、女の子、女性になりたかった。って。
私は私と言う性といつも思っているけど、ドレスとか、
着物を見ると、それに関しては心から思う。
私は女性になりたいんだって。
結婚は家と家とのつながり。
帯祝、七五三、成人式、お嫁入り…といったしきたり、
そこにある、着物を取り巻く和の伝統。
その話を聞いて改めて私はちょっと心が苦しくなった。
女性になりたいのになれない。
和の伝統は、はっきりと男性、女性と分けられる。
そこに私は入り込めない。
私のような人間は着物きちゃいけないのかなって悩む。
趣味趣向なんかじゃない、
多くの人が私を見たら男性と判断するけど、
それは身体のパーツ的に、もっと突き詰めれば、
子どもを産める性ではない身体のパーツをしている、
ということ。
仮の姿でしかない、まるで私の体のパーツは借りもの。
体質、価値観、物の見方…
私はどちらかと言えば女性的なんだけど、
着物に関しては、はっきりと確信したんです。
私は女性なんだ、と。
成人式で振袖着たかった。
お婿さんになるより、花嫁さんになりたかった。
先日も基礎体温のことできついコメントが来たので、
馬鹿な戯言だと思われるかもしれないけど、
このせつない思い。
洋服は「私は女性よ」というメッセージを着こなしによっては発信できる。
だけど着物は…。
だからこそせめて可能な範囲で女性物の着物を身にまといたいの。
真の女性になれないことがこんなに苦しいとは思わなかった…。
呉服屋さんに身を置いて、
そんな風に感じる自分に自分でも驚くくらいだった。
こんなこと、
呉服屋さんに話しても分かってもらえないだろうなぁ。
全てには意味があるから、男物、女物と分けられてる。
それは重々承知だけど、私はね、女性でありたいの…。
わがままとかかなわぬ夢とかそれは分かってる。
でも、体質面も含めて私は、少なくとも私は男性とは思えないし、
そう見られることがどれほど苦しいか。
「私、女の子として生まれたかった」ってずいぶん母に泣きついたっけ。
下ネタ的な話しになって本当に申し訳ないけど、
私にとっては「外性器が男性」。
私にとって男性ってただそれだけのことなの。
ごめんなさい。
もうこうとでしか表現しようがなくって。
ごめんなさい。
女性の悩みとされる体質の悩みを私も抱えているし、
価値観とか感性とか共感できることとか、
男性のくくりにはめ込まれると私は窒息死してしまうの。
女性らしいとされることに身を置くとき、
本当に自分らしくいられ、心穏やかなの。
そんな理屈あるか、と言われても、心穏やかで、
生き生きできるのはまぐれもない事実で、
だから私にとってただ女の子の格好をしたいという次元ではないの。
だけどこれだけのことをどう説明したらいいのかわからない。
呉服屋さんにどう話していいのか分からない。
男物を着たくない、男性とみられるのが嫌という次元を通り越して、
もう生理的に受け付けないの。
こんなことを思う自分を自分で責めたりなんかしてね…。
悪循環だわ。
こんなだから世間並みの結婚ができないんだろうなぁ…。
ほんとにつまらない事ばかり書いてごめんなさい。
呉服屋さんでちょっと着物羽織ってみました。

えへ。これは背丈のある人にも対応した着物だそうで、
兵児帯をしめると言うのも新鮮で、
こういう着こなしがあるのかぁといい勉強に。
着物を買うのはちょっと勇気がいるけど、
ちょっと帯締めや帯を変えてみるだけで違うんですよね。
下手でもいいから、とりあえず着物着てお店においでと言われました。
手直しはちょちょっとできるから、と。
やはり着物を実際に着てないと、
どういう帯が似合いそうよとか分かりづらいそうで。
ちなみに、私が母から譲り受けたのはカジュアル着物と言われる、
さっと着られる着物。
ご丁寧ににも母が着付けメモを書いてくれてます。

着物パスポートという、
着物を着て来店すると割引特典が得られるお店もあるそうなので、
着物着てみようかな。
うめねさんで明日から博多織の展示会もあるそうですし、
のぞいてみようかな。
着物着てリコーダー吹いてみたい。
それにしても・・・・
はぁ・・・
かなわぬ夢かもしれないけど、
何をばかなことを言うか!と思われても、
邪道かもしれないけど、
私、きもの女子になりたい。
お料理もある程度できるし、お嫁さんになりたいわ。
秋ってせつないわね。