連日どよよーんとしてごめんなさい。
今日は母にもぐちぐちとこぼしてしまいましてん。

今は妹と二人だし、私が明るくしなきゃ家に帰りたくなくなる。

本当にそうです。

人の言うことをいちいち気にしていては…

それもよく分かっているのです。

じたばたしても始まらない。

暗い顔してたらみんなを暗くする。


でも、そのあと母の方から再び電話がかかってきて、
あなたの活動をあまり応援できなくてね~っと。

なかなか本人でさえ、分からないかもしれないけど、
点頭てんかん、ウエスト症候群にかかって、成人して、ご飯を自分で食べ
たりすらできてる人はなかなかいない、本当に奇跡的な事なんだから、と。


年齢が自分をあせらせ、つい周囲を見渡し、私は全然自立できてないと
へこむのだけど、自分が演奏する時、口癖のように5歳までの命と言われるほどの大病だったことは、決して過去、もう済んだことではなく、今も
ずしっと私の肩にのっかってて、生きることができてる喜びをかみしめ
つつも、ハンディと闘い続けているんです。
大の大人が自分でご飯を食べられたり、着がえができることは、子ども
じゃないんだからって思うかもしれないけど、それすら信じられない
くらい、とにかく一つ一つが奇跡なんです。
だから開き直った言い方をしちゃうと、そりゃハンデがあるのは仕方ない
よ~、生きてるだけでもすごいことなんだから~ってことなのです。

私はこんなにすごいなんて言いたいわけじゃないんですよ。
でも、あなたは頑張ってないと言われたら、それを伝えたい。

一日、一日、ありふれた日常でさえその一つ一つが奇跡。
だからこそ生きている証、喜びを刻みたい。
リコーダーの音色と共に、メッセージを伝えたい。
そして、抱えているハンディは今も続いている、その苦しさも伝えたい。
乗り越えたことだけでなく、今も続いていることがある。
それでも生きる喜びを感じている。
それを伝えたいのです。

私の活動はまさに語り部。自らの体験を語り続けていくこと。
それは私ってすごいって言いたいわけじゃない。
奇跡的に助かった命だから、生きている証を刻みたいのです。
そして、今、苦しんでいるかもしれない人に、生きてりゃなんとか
なるったいって思ってほしい。



きちんと説明できてないとあやふやだとか、説得力がないと言われ、
きちんと説明すると、自画自賛なのかとか、自分をすごいと思っている
のか、あなたより頑張っている人はなんぼでもいる、甘えるなと言われる。
まさに板挟みです。

苦しむことはいっぱいあるけど、それでも私は信じる気持ちを持ち続
けたい。

人間が大好き。

人とつながりたい。

少しでも心開ける人に出会うと、テンションが上がって、幸せ幸せ~
になってしまう、やっぱり、子供みたいな大人です(笑)



この人と一緒にいつまでも寄り添って二人三脚で励まし合って、
生きていきたいという、そんな出会いができたらどんなに心強く、
どんなに嬉しいことか、そんな日がきっと来ると信じてます。
いい大人のきれいごとですけどね。

一緒に寄り添って生きていけたら素敵だろうなあと言う出会いをしても、
それが世間一般のパートナー観、それこそかっこよさとか男らしさとか
の点でこればかりはね…相手の価値観ですものねぇ。
「彼氏」にならなきゃパートナーには巡り合えないのかな…。
なかなかハードル高いわねぇ…。

前は、一人で生きていくと思ってたし、家族以外に口をきける人は
だれ一人いないって悲観してた。

でも今はどんなに純すぎると言われても、人との出会いを信じてる。
たとえ人間不信に陥ることがあったとしても。

人のぬくもりを知ったからこそ、そう思うのかもしれませんね。

人に出会いたい。寄り添いたい。手を取り合ってぬくもりを感じて、
前に進みたい。
あの雲おいしそうだね~なんてことすら分かち合える小さな幸せを
見つけたい。巡り合いたい。

ある意味、私は「人」に恋したい。うん、「人」に恋したい。