博多もだいぶ変わったね~
ばってん、かわっとらんもんもあるったい。
かわっとらんもんって何?
ま、・・・・
おっと、某お菓子が出てくるところでした[汗]
博多阪急に初めて行きました。駅ビルを見た率直な感想です。
博多もだいぶ変わったね~
ばってん、かわっとらんもんもあるったい。
・・・。
あ、やっぱりこれが思い浮かんでしまう。
そもそもの目的は、陶磁器フェアでした。毎年この時期楽しみにしている
イベント。正直、中止も覚悟してました。
よく開催してくれたと思います。
こんな時だからこそ器と花に癒される時間は大切です。
リコーダー・アース・ブリッジでは勝手ながら「キープ・スマイル、
ポジティブ・アクションプロジェクト」推進中です。
大学の卒業式の中止が相次いでいるのだとか。
物理的に集まれない場合はいたしかたないですが、この時期だからこそ
伝えられるメッセージもあると思います。
あえて言わせてください。
元気で過ごせている人たちは元気にいつもの日常を送るようにしま
しょうよ。募金も大切ですが、それだけで立派な支援になることを忘れて
ませんか?
ツィッターで、東北のひとからこんなツィートがあったそうです。
「何かしなくちゃと思っても1万円を寄付するのは躊躇われる若い皆さんへ。
ばってん、かわっとらんもんもあるったい。
かわっとらんもんって何?
ま、・・・・
おっと、某お菓子が出てくるところでした[汗]
博多阪急に初めて行きました。駅ビルを見た率直な感想です。
博多もだいぶ変わったね~
ばってん、かわっとらんもんもあるったい。
・・・。
あ、やっぱりこれが思い浮かんでしまう。
そもそもの目的は、陶磁器フェアでした。毎年この時期楽しみにしている
イベント。正直、中止も覚悟してました。
よく開催してくれたと思います。
こんな時だからこそ器と花に癒される時間は大切です。
リコーダー・アース・ブリッジでは勝手ながら「キープ・スマイル、
ポジティブ・アクションプロジェクト」推進中です。
大学の卒業式の中止が相次いでいるのだとか。
物理的に集まれない場合はいたしかたないですが、この時期だからこそ
伝えられるメッセージもあると思います。
あえて言わせてください。
元気で過ごせている人たちは元気にいつもの日常を送るようにしま
しょうよ。募金も大切ですが、それだけで立派な支援になることを忘れて
ませんか?
ツィッターで、東北のひとからこんなツィートがあったそうです。
「何かしなくちゃと思っても1万円を寄付するのは躊躇われる若い皆さんへ。
その1万円は貯めるなり学業にあてるなりして下さい、そのかわり
数年後にでも東北旅行をして、特産物たらふく食べて旅館に泊まって
遊んでください。東北産の農産物をスーパーで買ってくれるだけでも
嬉しい」
と。
テレビ報道で心を痛めている方は多いと思います。
そんな方はぜひラジオを聴いてください。
Radikoがエリアフリーになっているので、首都圏のラジオを聴いて
みてください。
どれだけ手を取り合っているか、こんな時だからこそ楽しく歌おうと
言っているか、アンパンマンの歌などが被災地に喜ばれていることを。
今日、博多阪急ですごいドラマチックな事がありました。
博多阪急はただぶらぶらするだけだったのに、やっぱり私は筋書きのない
旅がつきものなのでしょうか、ドキドキなことがありました。
FM福岡のスタジオが博多阪急に入っていました。
テラスに出ると、ガラス越しに生放送中でした。
メッセージの呼びかけがあったので、メールを出しました。
リコーダー演奏していること、ゆっくりしか生きられないうえに今回の
震災で落ち込んだこと、でもこんな時こそ笑顔を絶やさないでいたい、
募金も大切だけど、被災地のことを思っていようねと演奏しながら語る
こともできるし、元気でいられる私たちが笑顔でいることもりっぱな、
できることだということ。
すると5分後、すぐにメッセージが読まれました。
北九州のリコーダーの坊っちゃんからです~で始まり、メッセージ読み
終わった後、こちらにいらしてるんですね~と言われたのできづくか
どうか、とりあえず手を振ってみました。
パーソナリティが私に気づきました。
「あ、今のメッセージくださった、リコーダーの坊っちゃん。
あなたがリコーダーの坊っちゃん?今、目の前にいらっしゃいます。」
こんなやりとりが県内中を駆け巡りました。
そうですよ、こんな時こそ元気出さないとですよね。のスタジオからの
問いかけに、声を出しても聞こえないので大きくうなづく私。
その後、しばらく見学してましたが、そろそろ離れようと思うものの、
タイミングを見計らってました。
私もラジオをしゃべっているのでよく分かります。
CMが明けるなぁ~、カフに手を伸ばした、カフがあがる~。
とりあえず曲に行くと、私が手を振るのを見る余裕が出てくるなぁ。
そして、曲をかけた時、よし、今!
スタジオに向かって手を振りました。顔をあげてくれました。
ここで、ipadが役立ちました。
いつもなら手を振って会釈くらいしかできませんが、ipadの黒板のアプリ
に、
「メッセージ読んでくださってありがとう。元気出ました!」
と大きく書いて掲げると、身を乗り出してみてくれて、曲がかかっている
時なので、オンエアに乗らないマイクで私に呼びかけが。
「今日はありがとうございます。素敵な演奏をしてくださいね。
元気出して、笑顔でいきましょうね」
と。
その場に居合わせた方もびっくりするようにやり取りを見ていました。
読んでいるメッセージを送った人が目の前にいて、ガラス越しとはいえ、
しゃべり手と私がかけあいをして、それが公共の電波にのってるのです
から。おまけに私がipadを大きく掲げ、身を乗り出してみてたしゃべり
手が大きくうなずき、別れ際にまた私とかけあいをしたのですから。
出演したわけでもなく、演奏したわけでもなく、こちらの声は聞こえない
のですから、会話を交わしたわけではありませんが、はっきりとした
やり取りがありました。
オープンの日にあれだけごった返した博多阪急に、とりあえずいければ
いいと思っていたのに、こんな思い出の場になるとは。
思わず震災のことを思わずにはいられませんでした。
直接被災地の方に演奏を届けられるわけではありません。
今日のやり取りは少なくとも顔を合わせましたが、震災に対してそれが
できるわけでもありません。
でも、思えば、思いはきっと通じる。
言葉では表せない何かがきっとある。
ほんのいっときでも心安らかに眠りにつけますように、と、祈るだけでも
りっぱな、できることです。
ツィッターにも書かれてましたが、今、配慮が行き過ぎて、不謹慎を人に
強要し、友人と会うと言えば非国民、募金してないと非国民と言われた、
など、もちろん、募金することは私たちができるアクションです。
でも、それは、自粛もですが、あくまで自発的なもので、押し付けるもの
では決してないのです。
絵をかいたら、こんな時にのんきに絵をかける神経が分からんと叩かれた
人もいるそうですが、その人は今の思い、祈りの思いなどを絵で表現した
のです。人によってそう受け取れない人も悲しいかな中にはいるでしょう。
でもそれで人をなじっては行けないんです。
こうして元気でいられる人たちまでもが下を向き、外に出ることを
やめたらどうなるでしょう。
今日のラジオのドキドキ体験、やはり、人と会わなきゃ、つながらなきゃ。
こんな時だからこそ人とつながって行きましょうよ。
元気でいられる私たちが笑顔でいましょうよ。
私は震災前、自分を本当に責めてました。
もしかすると、去年と同じ波が私を襲っていたかもしれません。
私は、世の中からしたら落伍者で結局は迷惑な存在なんだ、と。
そして、自分らしくと言ってるけど結局みんなが言うように逃げ
なのか、と。
何もかも奪い去った震災。
でも人間のすばらしいところは、絶望的であればあるほど何かひとつ
くらいはと、そこから何かを得ようとするのです。できるのです。
それは、ゆっくり歩いていいんだということに気づけたことだと思い
ます。
実際、首都圏のラジオでそんな話をしていました。
「ついこの前まで1分1秒にカリカリしてた自分がいた。今、本当に大変な
状況だけど、みんなで助け合ってるじゃない、これまで、せかせかしすぎ
ていたのかもしれないね」と。
こんな時にそれこそ不謹慎かもしれず、思いあがりかもしれませんが、
今、私はすごく私がやらなきゃという気持ちでいます。
とるに足りない砂粒みたいな人間であることはよく分かっています。
ずいぶん社会の足手まといになってるかもしれないことも分かっています。
でも、これまで私が語ってきた、ゆっくり生きて良いんだよ、と言うこと
を今こそ伝えられるときであり、意味をより一層持つとき。
被災の経験をしてないのでおこがましいにもほどがあると思いますが、
経験は違っても、苦しい時こそ笑顔!というのは痛いほどこれまで感じて
きました。一部の人はそんな私を見て能天気と揶揄しました。
バイトの面接に行けば、こんなのじゃ役に立たないね、話にならんねと
私の目の前でひそひそ話(ひそひそになってない)、活動を始めれば、
落伍者、親不孝者とまで言われました。ここまで言われればある意味怖い
ものはありません。
ただ、悲しさで胸がつぶれるのですが…。
だからこそ、だからこそ、今、笑顔の灯を消しちゃいけないんです。
元気に生きることができてる私たちが日常を止めたらだめなんです。
私は以前、広島原爆の日に北九州で夏祭りをしててショックと書きました。
それとこれとは話が違います。
原爆のことはほとんど経験者が生存してなくて、風化しつつあります。
思い起こさなきゃいけないんです。思い起こすべき日にどんちゃんやる
ことには違和感があります。それに原爆は手に負えない自然災害では
ありません。人間が引き起こしたものです。
日本は被害を受けた立場だけど、人として戦争を2度としないという誓い
をあらたにしなきゃいけないのです。
でも、今回は自然災害です。それに今、みんなが傷ついています。
本当にこのままでは日本全部が沈んでしまいます。
だから、被災を免れた私たちが、だから笑顔でいなきゃいけないんです。
明日が皆さんにとって素敵な1日になりますように☆
数年後にでも東北旅行をして、特産物たらふく食べて旅館に泊まって
遊んでください。東北産の農産物をスーパーで買ってくれるだけでも
嬉しい」
と。
テレビ報道で心を痛めている方は多いと思います。
そんな方はぜひラジオを聴いてください。
Radikoがエリアフリーになっているので、首都圏のラジオを聴いて
みてください。
どれだけ手を取り合っているか、こんな時だからこそ楽しく歌おうと
言っているか、アンパンマンの歌などが被災地に喜ばれていることを。
今日、博多阪急ですごいドラマチックな事がありました。
博多阪急はただぶらぶらするだけだったのに、やっぱり私は筋書きのない
旅がつきものなのでしょうか、ドキドキなことがありました。
FM福岡のスタジオが博多阪急に入っていました。
テラスに出ると、ガラス越しに生放送中でした。
メッセージの呼びかけがあったので、メールを出しました。
リコーダー演奏していること、ゆっくりしか生きられないうえに今回の
震災で落ち込んだこと、でもこんな時こそ笑顔を絶やさないでいたい、
募金も大切だけど、被災地のことを思っていようねと演奏しながら語る
こともできるし、元気でいられる私たちが笑顔でいることもりっぱな、
できることだということ。
すると5分後、すぐにメッセージが読まれました。
北九州のリコーダーの坊っちゃんからです~で始まり、メッセージ読み
終わった後、こちらにいらしてるんですね~と言われたのできづくか
どうか、とりあえず手を振ってみました。
パーソナリティが私に気づきました。
「あ、今のメッセージくださった、リコーダーの坊っちゃん。
あなたがリコーダーの坊っちゃん?今、目の前にいらっしゃいます。」
こんなやりとりが県内中を駆け巡りました。
そうですよ、こんな時こそ元気出さないとですよね。のスタジオからの
問いかけに、声を出しても聞こえないので大きくうなづく私。
その後、しばらく見学してましたが、そろそろ離れようと思うものの、
タイミングを見計らってました。
私もラジオをしゃべっているのでよく分かります。
CMが明けるなぁ~、カフに手を伸ばした、カフがあがる~。
とりあえず曲に行くと、私が手を振るのを見る余裕が出てくるなぁ。
そして、曲をかけた時、よし、今!
スタジオに向かって手を振りました。顔をあげてくれました。
ここで、ipadが役立ちました。
いつもなら手を振って会釈くらいしかできませんが、ipadの黒板のアプリ
に、
「メッセージ読んでくださってありがとう。元気出ました!」
と大きく書いて掲げると、身を乗り出してみてくれて、曲がかかっている
時なので、オンエアに乗らないマイクで私に呼びかけが。
「今日はありがとうございます。素敵な演奏をしてくださいね。
元気出して、笑顔でいきましょうね」
と。
その場に居合わせた方もびっくりするようにやり取りを見ていました。
読んでいるメッセージを送った人が目の前にいて、ガラス越しとはいえ、
しゃべり手と私がかけあいをして、それが公共の電波にのってるのです
から。おまけに私がipadを大きく掲げ、身を乗り出してみてたしゃべり
手が大きくうなずき、別れ際にまた私とかけあいをしたのですから。
出演したわけでもなく、演奏したわけでもなく、こちらの声は聞こえない
のですから、会話を交わしたわけではありませんが、はっきりとした
やり取りがありました。
オープンの日にあれだけごった返した博多阪急に、とりあえずいければ
いいと思っていたのに、こんな思い出の場になるとは。
思わず震災のことを思わずにはいられませんでした。
直接被災地の方に演奏を届けられるわけではありません。
今日のやり取りは少なくとも顔を合わせましたが、震災に対してそれが
できるわけでもありません。
でも、思えば、思いはきっと通じる。
言葉では表せない何かがきっとある。
ほんのいっときでも心安らかに眠りにつけますように、と、祈るだけでも
りっぱな、できることです。
ツィッターにも書かれてましたが、今、配慮が行き過ぎて、不謹慎を人に
強要し、友人と会うと言えば非国民、募金してないと非国民と言われた、
など、もちろん、募金することは私たちができるアクションです。
でも、それは、自粛もですが、あくまで自発的なもので、押し付けるもの
では決してないのです。
絵をかいたら、こんな時にのんきに絵をかける神経が分からんと叩かれた
人もいるそうですが、その人は今の思い、祈りの思いなどを絵で表現した
のです。人によってそう受け取れない人も悲しいかな中にはいるでしょう。
でもそれで人をなじっては行けないんです。
こうして元気でいられる人たちまでもが下を向き、外に出ることを
やめたらどうなるでしょう。
今日のラジオのドキドキ体験、やはり、人と会わなきゃ、つながらなきゃ。
こんな時だからこそ人とつながって行きましょうよ。
元気でいられる私たちが笑顔でいましょうよ。
私は震災前、自分を本当に責めてました。
もしかすると、去年と同じ波が私を襲っていたかもしれません。
私は、世の中からしたら落伍者で結局は迷惑な存在なんだ、と。
そして、自分らしくと言ってるけど結局みんなが言うように逃げ
なのか、と。
何もかも奪い去った震災。
でも人間のすばらしいところは、絶望的であればあるほど何かひとつ
くらいはと、そこから何かを得ようとするのです。できるのです。
それは、ゆっくり歩いていいんだということに気づけたことだと思い
ます。
実際、首都圏のラジオでそんな話をしていました。
「ついこの前まで1分1秒にカリカリしてた自分がいた。今、本当に大変な
状況だけど、みんなで助け合ってるじゃない、これまで、せかせかしすぎ
ていたのかもしれないね」と。
こんな時にそれこそ不謹慎かもしれず、思いあがりかもしれませんが、
今、私はすごく私がやらなきゃという気持ちでいます。
とるに足りない砂粒みたいな人間であることはよく分かっています。
ずいぶん社会の足手まといになってるかもしれないことも分かっています。
でも、これまで私が語ってきた、ゆっくり生きて良いんだよ、と言うこと
を今こそ伝えられるときであり、意味をより一層持つとき。
被災の経験をしてないのでおこがましいにもほどがあると思いますが、
経験は違っても、苦しい時こそ笑顔!というのは痛いほどこれまで感じて
きました。一部の人はそんな私を見て能天気と揶揄しました。
バイトの面接に行けば、こんなのじゃ役に立たないね、話にならんねと
私の目の前でひそひそ話(ひそひそになってない)、活動を始めれば、
落伍者、親不孝者とまで言われました。ここまで言われればある意味怖い
ものはありません。
ただ、悲しさで胸がつぶれるのですが…。
だからこそ、だからこそ、今、笑顔の灯を消しちゃいけないんです。
元気に生きることができてる私たちが日常を止めたらだめなんです。
私は以前、広島原爆の日に北九州で夏祭りをしててショックと書きました。
それとこれとは話が違います。
原爆のことはほとんど経験者が生存してなくて、風化しつつあります。
思い起こさなきゃいけないんです。思い起こすべき日にどんちゃんやる
ことには違和感があります。それに原爆は手に負えない自然災害では
ありません。人間が引き起こしたものです。
日本は被害を受けた立場だけど、人として戦争を2度としないという誓い
をあらたにしなきゃいけないのです。
でも、今回は自然災害です。それに今、みんなが傷ついています。
本当にこのままでは日本全部が沈んでしまいます。
だから、被災を免れた私たちが、だから笑顔でいなきゃいけないんです。
明日が皆さんにとって素敵な1日になりますように☆